第24話 順調な大学生活とあらぬ疑い

 



 大学生活が始まり三ヵ月、春らしい過ごしやすい日は既に過ぎ去り、暖かさを通り越して暑さを感じ始める頃。

 授業が終わり食堂で軽食をとっていると、向かいに座っていた友人が俺を呼んできた。


「なぁ敷島、合コン行かない?」

「合コン?」


 大学生らしくそれでいて聞き慣れぬ単語をオウム返しすれば、友人が「それがな」と話し出した。


 といっても、長々とした説明でもない。

 バイト先に女子大に通っている者が居り、互いに出会いがないという話をしていたところ、友人を数人集めて紹介し合うことになった……という流れらしい。

 その手のものには縁のなかった俺でも有り触れた話だと分かる。


「合コンっていっても、集まってご飯食べて軽く遊ぼうって程度だからさ。なぁ、どうよ」

「俺はいいや」


 遠慮しておく、と断れば、友人は「そっかぁ」とあっさりと引いた。そこまで必死で頭数を搔き集めているわけでもないようだ。

 ちなみにこの場には他にも二人ほど友人が居るのだが、片方は俺とほぼ同時に誘われて即決で行くことにしたらしく、もう一人は恋人が居るので断ったという。

 彼等の話を聞いていると、合コンに誘ってきた一人がじっと俺を見つめてきた。


「敷島って彼女いたっけ?」

「いや、居ないけど」

「なんだよ、なら良いじゃん。やっぱり大学生活には恋人が居なくちゃ」

「……返事待ちなんだよ」


 コーヒーを飲みながら簡素に答えれば、「返事?」と今度はこちらがオウム返しで尋ねられた。

 この話に興味を持ったのか、他の友人達も俺を見てくる。


 この手の話題は苦手だ。

 高校時代は散々振り回されていたが、俺が中心になることはなかった。いつだって騒動は宗佐や月見達を中心としていたのだ。


 だから己の事を語るのはどうにも居心地が悪い。

 かといってこうも興味を持たれると有耶無耶に誤魔化すのも無理だと判断し、俺はあっさりと「返事待ちだ」とだけ答えた。


「返事って、もう告白したのか。どんな子? どこで知り合った子? いつ告白したんだ?」

「高校の後輩。それで……告白したのは春」

「春? あぁ卒業のタイミングか」


 なるほどな、と友人達が勝手に納得する。

 彼等が言っている『春』とは今年の春の事だろう。卒業となればちょうど三ヵ月前のことだ。


 確かに俺が告白したのは春だ。

 桜が舞う中、珊瑚に想いを告げた。あの時の事はいまも鮮明に思いだせる。

 ……だけど、あの春は今年の春ではない。


 それを説明するべきか、それともこのまま勘違いさせたまま有耶無耶にすべきか。

 出来れば俺としては早めに話題を終えたいところだが、出来立ての友人に対して偽るのは不義理にも思える。

 そう考え「違う」と話を否定した。


「告白したのは去年の春だ」


 はっきりと告げれば、友人達は一瞬静まり返り……、


「……よ、世の中は必ずしも返事があるわけじゃないからな。こういうのは、なんとなくで感じ取らなきゃいけないものであって……」

「そうそう。ほら、よく抽選とかで『当選者の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます』ってあるだろ。あれって外れた人には連絡も何もないってことだからさ……」

「悲しいことだけど、区切りっていうのは点けなきゃいけないんだ……。やっぱり合コン行って来いって、きっと自分を見直せるからさ、なぁ」


 三人がほぼ同時に、妙に優しく――そして若干引きながら――俺を宥めてきた。


「違う、俺はそんな悲しい状況じゃない」

「……うん。そうだな。悲しむ必要はない」

「だから違うって、妙に優しく微笑むな。肩も組まなくていいから。コーヒーのおかわりも奢ってくれなくていい! 慰めは必要ない!」


 慌てて友人達を落ち着かせる。

 きっと彼等の中での俺は、一年以上も前の告白をいまだ期待し、ずるずると引きずっている男に映ったのだろう。哀れだ。いや、哀れを通り越してちょっとヤバい奴である。

 友人達が優しく諭そうとするのも無理はない。俺もきっと彼等の立場になれば同じようにしただろう。


 だけど違う。

 ここで勘違いされるのは困る。


「別に拗らせてるわけじゃないから安心しろ。ただ……、理由があって返事を保留してるだけだ。それに相手との仲も良好だし、頻繁に連絡も取り合ってる」


 さすがに返事を保留にしている理由や会話内容を説明する気にはならない。

 それでも互いの仲は良好だから安心しろと話せば、友人達もようやく納得してくれた。

 良かったと内心で安堵する。大学生活はまだ始まったばかり、それなのに早々に拗らせ男のレッテルを貼られるのは耐えられない。


「それじゃ、俺もう行くから。また明日な」


 空いた皿とカップをトレイに乗せて立ち上がる。

 友人達はまだ食堂でのんびりと過ごすようで、「またな」だの「じゃぁな」だのと手を振ってきた。



 ◆◆◆



「水族館?」


 そう尋ねる俺に、向かいに座っていた宗佐が頷きながら一枚のチケットを見せてきた。


 さすがに高校の時ほどではないが、今も宗佐とは頻繁に連絡を取り、休日どころか暇があると顔を合わせている。

 今日も互いに時間が空いていると分かり、ならばとどちらからともなく誘って駅前の喫茶店で雑談をしていた。


 互いの大学生活、授業内容、直近に控えた俺の引っ越し……。盛り上がるわけではないが話が絶えるわけでもなく、特に頻繁に話題にあがるのが互いの家に生まれた赤ん坊についてだ。

 数週間という差こそあったものの、ほぼ同時期に芝浦家には女児が、敷島家には――案の定と言うなかれ――男児が生まれ、とりわけ家族想いの宗佐は隙あらばその話題を出しては俺に妹の写真を見せてくる。

 普通であればうんざりしそうな程の妹自慢なのだが、宗佐が見せてくる写真のほぼ全てが『珊瑚が妹を抱いている写真』なので俺としては大歓迎だ。もちろんそれを口にはしないが。


 とにかく、そんな普段通りのだらけた空気の中、宗佐が思い出したように水族館に行こうと提案して今に至る。


「このあいだ弥生ちゃんと遊んでてさ。その時に買物してたら、キャンペーンかなんかで水族館のチケットが当たったんだよ」

「なるほどそれで俺も誘ったってことか。つまりお前と月見と俺の三人……。それは俺に良好な関係を見せつけるためか? それともデートのカメラマンをやれってことか? おい、さすがに殴るぞ」

「突然殺気だって物騒なこと言うな。四人だよ、四人!」


 俺の殺気を感じ取ったのか、宗佐が慌てた様子で財布からチケットを三枚追加で取り出す。そのうえ「ほら!」と目の前に突きつけてきた。

 聞けば宗佐も月見もそれぞれペアとしてチケットがあったらしい。つまり計四枚。

 その結果、期限もあるし二回行くぐらいなら誰かを誘おうという流れになったらしい。


 けして恋人達の水族館デートを見せつけるわけでもなく、二人のデートを写真に収めるカメラマン役として呼ぶわけでもないようだ。

 もしそうだったらここが駅前の喫茶店だろうと俺は宗佐を殴っていただろう……。


 そんなことを考えつつ俺が頷いて返せば、宗佐がチケットを眺めながら「あと一人誰が良い?」と尋ねてきた。

 宗佐と月見と俺に加えて、更に一人。どうやらその決定権を俺に委ねてくれるらしい。


 それなら問われるまでもない。


「妹」

「珊瑚?」

「あぁ、あいつが来るなら俺も行く」

「分かった、家に帰ったら聞いてみる。四人って言うと夏祭りを思い出すよな」


 さして疑うこともなく思い出話に花を咲かせる宗佐を横目に、俺は既に僅かな緊張と期待を抱き始めていた。


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