第16話 広い水族館のどこか
水族館内は広く、幾つものエリアに分かれている。
色鮮やかな魚を飾ったエリアや、少しグロテスクな深海の生き物を集めたエリア。魚に限らず水辺に棲む両生類の水槽も展示され、実際に餌やりが出来る体験コーナーもある。
その先にはイルカやペンギンが見られる大掛かりな水槽があり、順路通りに進むとショーが行われるステージに続く。そこを抜けて土産物屋を通り抜けるとようやく出口に着く。
だが今の俺にはその一つ一つを見ていられる余裕など無く、水槽よりもそれを覗き込む客達を眺めながら足早に進んでいった。
「ここにもいない……」
水族館の半分近くを見て回り、それでも月見の姿が見つからないことに焦りを覚える。
一応の順路があるとはいえ、必ずしもそれに従わなければならないわけではない。目当てのエリアを先にまわるも、ショーや餌やりの時間を考えて順路を変えるも客の自由だ。
興味の無いエリアを飛ばしたって良いし、中には混雑を避けて先に買物をする者もいるだろう。この水族館は再入場が可能で、出入口はほぼ同じ場所にあるのだ。
そもそも館内は一本道というわけではなく、時には道が二手に分かれている。もしかしたら二手に分かれたタイミングで月見を追い越してしまったかもしれない。
もしくはショーを良い席で見るために早々とステージの客席で待っているかもしれない。この水族館の売りの一つにレストランのデザートがあるので、甘いものが好きな彼女はそこに居る可能性も高い。
もしくは、疲れたからと外に出ているか。思い返せば水族館には小さな公園が隣接されており、そこにも海の生き物をモチーフにした遊具やオブジェがあった。
外で売っている軽食も水族館限定だったりと珍しいもので、休憩がてら外で食事をしているかもしれない。
それとも、月見もまた宗佐を探して館内を彷徨っているのか……。
「駄目だ、どこに居るか絞れない」
メインの一つである巨大水槽、幻想的だと有名なクラゲエリア、人気のあるイルカとペンギン、土産屋。外、飲食店、途中にあった休憩スペース……。
館内のマップを広げて目で追っても、クラスメイトでしかない俺には月見がどこに居るかなど分かるわけがない。だからこそこうやって順路に従うしかないのだ。
だがどこにも月見は居らず、彼女が同行していそうなグループにもその姿はなかった。あの月見が卒業旅行を一人で過ごしているとは考えられず、かといって下手に聞きだすことも出来ない。
俺が迂闊に動いて他の男達に感付かれでもしたら、宗佐どころか月見さえも徹底マークされかねないのだ。
結局のところ俺に出来ることなど館内を歩いて探すだけで、その無力さに溜息を吐いて壁に背を預けた。
水槽を眺めながら通り過ぎていく人達を眺め、その中にも月見の姿がないことに焦りを通り越して不甲斐なさすら覚えてしまう。
三年間騒動に振り回されて、友人として協力してやろうと決めて、そのくせ最後の最後で
そんな己への苛立ちすら感じ始めていると、ぐいと袖を引っ張られた。
見れば珊瑚が少し息を切らせながら俺を見上げ、そのまま引っ張ろうとしてくる。
「妹、どうした」
「健吾先輩、こっちです」
「こっちって? 宗佐はどうした?」
「私が戻った時にはもう宗にぃは居なかったんです」
歩きながら珊瑚が話す。
曰く、いざ宗佐を助け出そうと向かったところ、先程までの騒々しい光景は無く、宗佐を囲っていた男達は既に解散していたという。まるで何事も無かったかのように水槽を眺めていたらしい。
てっきりまだ騒いでいると思っていた珊瑚もこれには目を丸くさせ、いったい宗佐をどこに連れて行ったのかと一人に問えば、返ってきたのは「さぁ、どこか行ったんじゃないか」という一言。
「最初は『サメの消化器官のどこか』って意味かと思いました」
「さらっと恐ろしいことを言うなよ……。でもそうか、あいつら宗佐を解放したのか」
もしかしたら宗佐の決意を知らず、いつものノリで憂さ晴らしが済んだのかもしれない。もしくは卒業旅行でまでこんな事をしなくてもと我に返ったか。
そう考えて話すも、隣を歩いていた珊瑚がふるふると首を横に振った。
「その話を聞いて、宗にぃがどこに行ったのか分からなくどうしようか悩んでたんです。それで、いったん入館ゲートに戻って、順路の最初から見て回ろうとしたら……。そうしたら、話をしてた先輩が私のこと引き留めて……」
『芝浦がどこに行ったかは知らないけど、月見さんが特別展示の方に行くのは見た。……そういえば、芝浦もそっちの方に歩いていってたかもな』
「そう、教えてくれたんです」
少しばかり声色を落とし、珊瑚がその時の事を語る。
彼女の話に俺は一瞬言葉を詰まらせ、「……そうか」とだけ返した。自分の声が掠れているのが分かる。
彼等もまた卒業旅行を最後だと考え、だからこそ一度騒いで、諦めた。
自分達の元を離れた宗佐がどこに向かうのか、誰に会おうとしているのか、そこでどんな会話をしようとしているのか……、全てを察して身を引いたのだ。
「……あいつらも気付いて、決めたんだな」
「卒業旅行ですもんね」
苦笑と共に話す珊瑚の口調はやはりどこか切なげで、彼等の気持ちが分かると訴えているようにも聞こえる。だが足を止めることはせず、迷う事もなく通路を進む。
その先に特別展示の看板を見つけ、俺は僅かに目を細めた。
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