第10話 一緒に過ごす相手
まさかと俺が視線を向ければ、珊瑚は切なげに眉尻を下げて俯くように足元を見つめていた。
細められた目、どこか空虚な色を宿した瞳。その横顔は今にも泣きだしそうに見える。
宗佐と月見のやりとりが彼女に聞こえていないわけがなく、聞こえたからこそ動けないのだ。食いしばるように閉ざされた唇が、そう訴えているように思えてならない。
どうすればいい。何を言ってやればいい。
必死で言葉を探す俺の耳に、宗佐の言葉が聞こえてきた。
はっきりと、屈託なく明るい声で、恥ずかしがる様子もなく……、
「珊瑚と行こうと思ってるんだ」
……と。
その言葉を聞いて、俺は心の中で小さく溜息を吐いた。
あぁ、やっぱりそうだったか……と。
「小さい頃からずっと二人で応募してたから。それに受験勉強の協力してもらってて、そのお礼に」
「そうなんだ……。珊瑚ちゃんも『当選したら』って言ってたもんね」
「あと、実はクリスマスプレゼントを兼ねて連れていってあげようと思ってるんだ。何が欲しいか聞いても『勉強して』の一点張りだったけど、これなら喜んでくれそうだし」
「勉強だなんて、珊瑚ちゃんらしいね。でもきっと話を聞いたら喜んでくれるよ」
「だから……、弥生ちゃん、せっかく声掛けてくれたのに本当にごめんね。でも弥生ちゃんが誘ってくれて嬉しかった。出来るなら俺も一緒に過ごしたいし……。だけど珊瑚にプロジェクションマッピングを見せてやりたいんだ」
申し訳なさそうに話す宗佐に、月見が「大丈夫だよ」と告げて、それどころか当選の祝いの言葉を贈った。
その声には先程までの戸惑いや緊張は消え失せ、安堵と、そして芝浦家の兄妹仲を微笑ましく思うような色合いさえある。
月見は宗佐と珊瑚の仲を兄妹としか考えていない。
仲の良い、お互いを大事に想い合う、理想的な兄妹。
一方通行の珊瑚の想いは、ひた隠しにしていただけあって月見にも悟られず、彼女の恋敵にもなれず嫉妬も生まれない。
仮に
だが宗佐にとっての珊瑚は『妹』でしかなく、だからこそ月見は安堵した。
これ以上残酷な話はない。クリスマスを共に過ごす相手に選ばれてもなお、珊瑚は月見の恋敵にすらなれないのだ。
それどころか宗佐は「俺も弥生ちゃんと一緒に過ごしたい」とまで言ってのけた。
兄として妹を優先したに過ぎず、一人の男としては月見を取っていた。
それが宗佐の言わんとしていることだ。
その結論に、俺は内心で溜息を吐いた。
宗佐の決断はけして愚かとは言えない。
芝浦兄妹の仲の良さを知っている奴に話せば、きっと宗佐らしいと笑うだろう。宗佐に惚れている女子に至っては、妹想いなところも魅力だと、クリスマスでさえ家族を優先するところが愛おしいと、そう安堵しながら言うかもしれない。
芝浦宗佐はそういう男なのだ。
だけど宗佐、おまえ馬鹿だよ。本当に、どうしようもない馬鹿だよ。
そんなの珊瑚が喜ぶわけがない。誘われないより惨めじゃないか。
内心で宗佐に対して憤りを抱きながら、隣に立つ珊瑚に視線をやった。
彼女は今にも泣き出しそうな表情で、潤んだ瞳で廊下を見つめ、小さく唇を動かすと消え入りそうな声でポツリと呟いた。
「宗にぃの馬鹿……」
その声色にも表情にも、クリスマスの期待もましてや宗佐から誘われる事への喜びもない。ただひたすらに苦しそうで、聞いている俺の胸まで痛む。
だからこそ俺は意を決すると、珊瑚の腕を掴んで月見と宗佐の前へと進み出た。
突然俺達が姿を現したことに当然だが二人が驚いたように目を丸くさせる。もっとも一番驚いているのは珊瑚で、俺と宗佐達を交互に見やり不安そうに俺の名を呼んだ。
だが俺はそんな珊瑚を横目に、いまだ驚いたと言いたげな表情の宗佐と月見にさも平然と声をかけた。
「よぉ、二人ともどうしたんだ」
「どうしたもなにも、健吾こそこんなところで何してるんだ?」
「何って、クリスマスの当たっただろ。だから妹に一緒に行こうって声かけてた」
そう俺があっさりと話せば、面白いように三人が唖然とする。頭上に疑問符やら何やら飛び交っているのが見えそうなほどだ。
とりわけ宗佐の驚きようといったらなく、俺と珊瑚の交互に視線をやってもなお告げられた言葉の意味が分からないと言いたげだ。唖然とした表情は普段通り間抜けではあるが、今だけは笑い飛ばしてやる気にはならない。
だが宗佐が意外に思うのも当然か。
他のどのイベントでもなくクリスマスなのだ。
それを自分の妹と友人が一緒に過ごすとなれば、さすがの宗佐も何かしら感じるのだろう。感じるからこそ繋がらないのだ。
いまだ唖然としているが、しばらく放っておけば真意に到達するだろうか。
俺としてはこのまま放って宗佐が察してくれるのを待っても良いのだけど……。そう考えながらも隣を見れば、珊瑚は不安げな表情で宗佐を見つめていた。
泣きそうでいてそれを必死で取り繕うとしている表情に、思わず溜息が漏れる。彼女は己の気持ちをひた隠しにしているくせに、自分が他所を向いていると勘違いされるのも辛いようだ。
なんて不器用なのか。俺も、珊瑚も。
そう呆れると共に、仕方ないと小さく呟いて肩を竦めた
「一人で行ってもつまらないし、友達誘って男二人ってのも味気ないだろ。かといって行かないのも勿体ないし。それで、前に話してた時に妹も見たそうにしてたの思い出して、だから声をかけたんだ。……それに、他に誘いたい奴なんて居ないし。だから、なぁ妹」
「……そ、そうなの。健吾先輩が……、当たったから、連れていってくれるって」
しどろもどろながらに話す珊瑚に、宗佐が数度瞬きを繰り返し……、
「なんだ、そっか」
と、酷くあっさりと納得した。
そうして笑いながら自分も当たったのにと当選ハガキをポケットから取り出すのだ。
先を越されたと屈託無く笑うその表情に、悔しげな色合いは一切無い。
あぁ、ここで仮に宗佐が俺を問い詰めたり、珊瑚を誘うのは自分だと訴えて俺の胸倉を掴んできたら、少しは彼女の気持ちも報われるのに。
だが宗佐からしてみれば、大事な妹がクリスマスイベントに行けるなら相手が自分でなくとも構わないようだ。
きっとそれは俺への信頼と友情があってのことだろう。
それを考えれば申し訳なさも募るが、それよりもやはり宗佐を殴りたくなる。
「よろしくな」と気軽に俺に言って寄越す言葉がどれだけ珊瑚を傷つけていることか。それでも彼女は気丈に振る舞い、「良い席の方を選ぼうかな」なんて冗談めかして笑う。
……宗佐の席がどんなに良くても、たとえ最前列の真ん中でも、選ぶ気なんて無いくせに。
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