第11話 誘いの言葉を

 


 俺が珊瑚を連れてクリスマスイベントに行くと決まり、宗佐が改めて「よろしくな」と託してくる。

 それに対して、俺は胸の内の憤りを押し留め、あっさりと、まるで『友人から友人の妹を託されただけ』といった体で返した。

 宗佐がそう思っているのなら、なにより珊瑚が望んでいるのなら、今はまだそんな存在で居ようと心の中で呟きながら。


 次いで宗佐と月見に視線をやり、彼等の視線を誘導するように宗佐の手元にある当選ハガキに視線を落とした。

 何が言いたいのかと宗佐が不思議そうな表情をしてくる。なので顔を上げて、わざとらしく笑みを浮かべた。きっと意地の悪い笑みになっているだろう。


「そういうわけだから、残念だったな宗佐。クリスマスは他のやつ誘えよ」

「……え?」

「一緒に行ってくれる相手がいないなら木戸でも誘ったらどうだ? ツリーの前でツーショット撮って俺に送ってくれ」

「そんなことするなら家で勉強してた方がマシだ!」


 宗佐が喚くが、俺はそれを聞き流して「じゃあな」と告げて二人の横を通り抜けた。

 もちろん珊瑚を教室まで送っていくためであり、彼女もそれを察して俺と並んで宗佐達を抜かす。「宗にぃ、またね」という去り際の彼女の声は僅かに弱々しく、本人もそれが分かってか、誤魔化すように宗佐に軽く手を振って歩く足を速めた。


 宗佐達は珊瑚の変化に気付かず俺達を見送る。別れ際の言葉は無いが、それどころではないのだろう。

 なにせ宗佐は顔を真っ赤にさせながら頭を掻き、月見もまた頬を染めて俯きながらも宗佐を上目遣いで見上げている。

 二人の間に流れる空気は緊張感を伴っているが、先程までの流れを考えれば当然か。


 宗佐としては、一度断ってしまった手前、改めて誘うのはバツが悪い。

 月見としては、二度も大胆な発言をする勇気はない。

 二人の考えはこんな所だろう。

 それでいて二人共「それでも……」と、大方こんな事を考えているに違いない。


 なんとももどかしい空気だが、それも時間の問題だ。何やら言い淀みながらも話しだそうとする宗佐の声が聞こえ、俺は小さく肩を竦めた。

 さすがにここで二人が上手くいくようお膳立てしてやる気にはなれず、頑張れよと心の中で宗佐を鼓舞するだけだ。

 なにより、俺が今気にすべきは背後の二人ではなく珊瑚だ。宗佐とのやりとりがまだ心に残っているのか彼女はどこか気落ちした表情を浮かべ、それでも俺の視線に気付くや繕うように苦笑を浮かべた。


「健吾先輩も当選したんですね。でも良かったんですか? あんな風に決めちゃって」

「うん?」

「せっかく当たったのに……」


 だから、と珊瑚が話す。どこか惜しむような、むしろ俺を気遣うような声色と口調。

 彼女の言わんとしていることが分からず、俺は一度首を傾げ、次いで「まさか」と心の中で呟いた。

 もしかして、先程の流れを『俺が珊瑚達を気遣って誘った』とでも言いたいのだろうか。



 兄妹としてしか誘われない珊瑚を憐れみ、

 宗佐と月見を二人で行かせるために、

 咄嗟に「自分が先に誘った」と言い出したに過ぎない……、と。



 それに対して俺はいったい何をと言いかけ……、ふと別の考えに思い至り「そういうことか」と一人納得して頷いた。


「そうか、ちゃんと誘って欲しかったんだな」

「え?」

「そうだな、確かにあのままじゃ話の流れで一緒に行くことになってたもんな。だからちゃんと誘って欲しいってことなんだろ。可愛いことを言ってくれる」


 うんうんと頷きながら話せば、珊瑚はきょとんと目を丸くさせ……、次いで息を飲むと顔を赤くさせた。


「べ、別に私はそんなつもりじゃ……! ただ、あの時、健吾先輩が庇ってくれたけど、でも……」

「言っただろ『他に誘いたい奴なんていない』って」

「……確かに、言ってましたけど」

「あの言葉だけは本当だ。せめてあれだけは本音で言いたかった」


 あの時俺は宗佐に真意を悟られまいと、思ってもいない事を口にした。

 一人で行こうだの男友達を誘うだの、行かないのは勿体ないだの。さもあれこれ考えた末のような物言いをしたが、事実を言えば宗佐達と話すまで一切他の事は考えもしなかった。珊瑚以外誘う気はなく、俺の中に、珊瑚と過ごす以外のクリスマスの選択肢はなかった。

 それでも珊瑚のためなら嘘も吐くし、宗佐達に対して真意を誤魔化すことも厭わない。


 ……だけど、それでも、本当の気持ちを一つだけ混ぜたかった。


 あの時口にした『他に誘いたい奴なんていない』という言葉は紛れもなく俺の本当の気持ちだ。


「他に誘いたい奴はいない、一緒に過ごしたいのはお前だけだ。結果的には宗佐達が先に着いたけど、俺だって真っすぐにここに向かってたんだからな」


 はっきりと告げれば、頬を赤くさせた珊瑚がムグと口を噤んだ。落ち着きなく視線を泳がせ、何かを言おうとして再び口を噤む。

 そんな彼女に対し、俺はポケットからハガキ取り出すと差しだした。これが何か、この流れならば言わずとも分かるだろう。


 俺と、俺が一緒にクリスマスを過ごす相手の当選ハガキ。


 それを珊瑚へと差し出せば、彼女はじっと覗き込み、次いで俺を見上げてきた。

 頬をまだ赤くさせ、少し眉尻を下げて窺ってくる表情の可愛らしさと言ったらない。


「渡しておく」

「……私に?」

「一緒に過ごせないなら俺も行かない。だから……、当日、持ってきてくれ」


 最後の最後で恥ずかしさが勝り、思わず視線をそらしてしまう。

 だが俺よりも珊瑚の方が恥ずかしいのだろう。彼女はこれ以上ないほど真っ赤になり、何かを言いかけ……、限界に達したのか逃げるように自分の教室へと飛び込んでしまった。

 追いかける隙も無い。というか今の俺に追いかける余力はない。


 そんな状況なのだから、彼女からの正式な返事も貰えていない。


 ……のだが、俺の手にあったハガキが無くなっている。


 教室に逃げ帰る際、珊瑚はハガキを受け取っていったのだ。

 クリスマス当日、俺と一緒に過ごすために持ってきてくれるのだろう。


 珊瑚が跳び込んでいった教室の扉を眺め、俺は安堵の息を吐いた。

 誘いの言葉を告げた照れ臭さと、告げられた達成感。そして珊瑚がハガキを持って行った事への期待。それらが胸の中で混ざり合い、何とも言えない感覚が沸き上がる。くすぐったくてむず痒くて、高揚感に似た、表現しきれない感覚だ。

 それを胸に抱きながら、俺も教室へと戻るべくゆっくりと廊下を歩きだし……。



「実稲の珊瑚ちゃんがいまだかつてない赤さ!」


 という誰かの――誰かなんて考えたくない――甲高い悲鳴に、慌てて廊下を進んだ。



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