第5話 受験生のクリスマス

 


 遅めの時間に集合していたため、猫カフェを出る頃には既に周囲は暗くなっていた。

 だが暗くはなっていても駅回りは明るく、今の時期はイルミネーションが輝いており夜であっても独特な明るさがある。

 駅へと続く道の木々は眩く飾られ、店頭にオブジェを置いている店もある。飲食店の出入口には小さなツリーが設けられ、一足早くクリスマスソングを流している店もあった。


 とりわけショッピングモール周辺はイルミネーションに力を入れている。

 せっかくなので少し見て行こうかと話し、モール周辺にある公園へと向かった。



「夜になると冬になったんだなぁって感じるよね」


 周囲を眺めながら月見が話す。

 空を見上げれば夜の暗闇が広がり、それでいて周囲はあざやかに人工の輝きを放つ。その光景は確かに冬らしさを感じさせるものだ。

 日も落ちて随分と寒くなり、肌に触れる空気からも冷たを感じるが、今はその寒さすらも雰囲気があって心地良い。


 そんな中、月見が何かを見つけたのか「あ、」と小さく声を漏らして一角へと近付いていった。

 何かと彼女の後を追えば、輝くイルミネーションの中、一枚のポスターが飾られていた。


「今年もクリスマスのイベントやるんだね。皆は当たったことある?」


 月見の問いに、俺達もポスターを眺めながら誰からともなく首を横に振る。


「俺のところは全滅だな。兄貴の友達に当たった人がいたって話してた気もするけど……、それもだいぶ前だったな」

「うちは今まで誰も当たってない。年々豪華になってるし、応募者も増えてるって話だしなぁ。もちろん今年も応募するけど、どうなるか……」

「蒼坂高校の生徒枠もあるんですよね? でも私の周りでも当たった人は居ないですね」


 俺達の話に、月見が少し残念そうに「そっかぁ」と話した。

 どうやら月見も当選したことがないらしい。「やっぱり難しいんだね」と話し、月見自身はおろか家族や友人にも当選した人はいないと話を続けた。


 いったい何の当落かと言えば、ショッピングモールで行われるクリスマスイベントである。

 二十四日と二十五日の二日間、公園内にあるステージではイベントが行われ、夜になるとイルミネーションの集大成としてプロジェクションマッピングのショーが行われる。もとより美しくライトアップされた公園内で見られる映像ショーはかなりの迫力があり、年々豪華になるのと比例して客が増えている。

 そんなプロジェクションマッピングを正面から見られる席。それが抽選となっているのだ。

 応募方法は様々で、ショッピングモールの会員だったり一定額の買い物で応募券を貰えたり。蒼坂高校もイベントに協力しているらしく、在校生の中から数名がランダムで招待されるらしい。


「中央エリアの席は抽選だけど、外側からは観られるんだろ?」

「立ち見なら珊瑚と二人で何回か見たけど、最近は人が多すぎてさ。最初の頃は十五分前に来れば前の方で観れたのに、最近は一時間ぐらい前にここ通るともう待ってる人が居るんだよ」

「一時間か、さすがにこの季節に外で立って待つのは辛いな。寒空の中じっと待ってて風邪なんて引こうものなら……」


 言いかけ、チラと珊瑚の様子を窺う。同じ気持ちなのか宗佐も珊瑚へと視線をやり、つられて月見も彼女を見る。

 俺達の視線を一身に受け、珊瑚はむぅと眉間に皺を寄せ……、


「受験生の皆様、随分と素敵なご予定ですね」


 普段よりも少し低い声で辛辣な言葉をくれた。


「うん、やっぱり駄目だな。そんな事になろうもんなら俺や月見さえ怒られそうだ」

「さすがに怒るのは宗にぃだけですよ。というか、なんで受験生じゃない私が一番受験生らしい考えなんですか」


 まったく、と珊瑚が息を吐く。

 年下とは思えない態度に思わず笑いを堪えれば、宗佐達も苦笑している。

 珊瑚もこのやりとりが冗談だと分かっているのだろう、わざとらしく「受験生としての心構えとは」とわざとらしい口調で話し出した。やたらと説教じみた口調は生意気で、彼女らしく、そして可愛い。


 そんな珊瑚の説教を聞き終え、俺達は顔を見合わせた。

 なるほど確かにとわざとらしく頷く。……頷きながらも、ちらちらと横目で珊瑚を見る。


「確かに妹の言う通り、さすがに今年はクリスマスに浮かれるわけにもいかないな。……でも何も無しってのも味気ない気もするけど、なぁ妹」

「そうだよね、今が一番大事な時期だって先生も言ってるもんね。……でも少しぐらいはね。ね、珊瑚ちゃん」

「いっそ受験を前にクリスマスイベントの当落で運試し、ってのもいいんじゃないか? どうだろう、珊瑚」


 クリスマスに対して諦めきれない俺と月見の話に、宗佐が明るく笑って話を続ける。運試しとは、なんとも宗佐らしい提案ではないか。

 これには先程まで厳しい態度をしていた珊瑚も苦笑を浮かべ、まるで仕方ないと言いたげに「当選したらね」と譲歩の姿勢を見せた。

 もっともその後はたと我に返り、


「そもそも、なんで健吾先輩と月見先輩まで私の反応を窺うんですか?」


 そう怪訝な声色で問うと共に首を傾げた。

 この流れに誰もが笑い、そうして話の終いに誰からともなく「当たったら」と口にした。


 当選率の低さは俺達が話していた通り。イルミネーションやプロジェクションマッピングは年々豪華になり、それに合わせて知名度も上がり、そして客数も多くなっている。となれば今年はより難しくなるのだろう。当選は望めそうにない。

 なにより俺達は受験生。今が一番大事な時期。


 それでもやはりクリスマスの空気に染まって浮かれたい。

 受験期間だと分かっていても浮ついた思いが、というよりは「浮つきたい」という思いが誰しもの心の中にあるのだ。

 ……もちろん、俺にも。


 叶うなら、珊瑚と一緒に。


 そんな事を考えながら、イルミネーションが輝く公園の通りを歩いた。


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