第47話 幕間(5)



 試合を終え帰宅し、夜、あとは寝るだけとなった頃。


『キャッチボーラー、今日大活躍だったんだって?』


 ゲームをするために通話を開始するや宗佐から言われた言葉に、俺は「知ってたのか」と返した。


『夕飯、皆でこっちの家で食べたんだけど、その時に珊瑚が「代理王子は育児大臣で真の姿はプロのキャッチボーラー」って話し始めてさ』

「何一つ通じ無さそうな話し方だな」

『だよな。俺も「キャッチボーラーが凄かったんだよ」って言われて疑問しか無かった。代理王子と育児大臣って呼び名で辛うじて健吾の事だって分かったけど、内容に関しては混乱しか無かった。というか混乱させるための話し方だな、あれは』

「妹らしい話だ」


 思わず笑うも、電話口から聞こえてきた『宗にぃ!』という叱咤の声にドキリとしてしまった。

 この声、呼び方、聞き間違えるわけがない、珊瑚だ。


 ゲームをしながら通話をする時、俺も宗佐もスピーカー機能に設定している。俺は基本的には自室だが、宗佐はリビングでゲームをする事も多く、家族の声が聞こえてくるのは多々ある事だ。

 以前の、それこそ珊瑚を好きになる前なら「妹もいるのか」と珍しがる程度だったのだが、今は不意打ちで聞こえてくる声にそのたびに我ながら過剰だとおもうほど反応してしまう。


「い、妹そこに居るのか……。この時間まで新芝浦邸に居るのは珍しいな」

『さっきまで母さんとこっちで映画見てたんだ。で、今は俺が遅くまでゲームやらないように見張ってる』

「相変わらずシビアだな」

『俺が悲鳴あげてゲームから抜けたら、珊瑚に妨害されたと思ってくれ』


 宗佐が嘆くように話すが、その奥から『受験生!』という叱咤の声が聞こえてきた。これは俺の耳にも痛い。

 早々に切り上げようとどちらともなく話し、ひとまずゲームを開始した。



 そうしてしばらく遊んだ後、そろそろ終いにするかとゲームを終了させた。

 息抜きは大切とはいえ曲がりなりにも受験生。ここは言われる前に自主的に切り上げ、年上らしいところを見せておかないと。

 そう話しながら通話を切ろうとしたところ……、


『母さんそれ二階に運ぶの!? 待って俺がやるから!危ないから!!』


 という声と共に慌ただしい音が聞こえ、電話越しの宗佐の声が遠ざかっていった。

 おおかた、何かしらを持っていた母親を案じて通話そっちのけで駆けだしたのだろう。突然の事とはいえ容易に想像できる。

 宗佐らしい話だ、と考えながらひとまず宗佐が戻ってくるのを待っていると、ガチャと扉が開く音が聞こえてきた。


「宗佐、戻ってきたのか?」


 何気なく声を掛ける。

 だが返ってきたのは宗佐の声ではなく、


『……健吾先輩?』


 という珊瑚の声だった。

 どうやらもう通話は終わっていると思っていたようで、どうして宗佐がいないのか、なぜ通話したままなのかと不思議そうに尋ねてくる。

 彼女の声が徐々に大きくはっきり聞こえてくるのは携帯電話に近付いてくるからだろう。

 普段の会話とはまた違った感覚に妙な緊張感を覚え、家族に聞かれたらと慌ててスピーカー機能を解除して携帯電話を耳に当てた。


 己を落ち着かせて一部始終を説明すれば、珊瑚が納得したように「そうでしたか」と返してきた。


『宗にぃ、いま二階でお母さんと箪笥の整理してます。多分そろそろ戻ってくると思いますよ』

「そうか。あ、そうだ、もうゲームは終わらせたからな。通話を終らせようってところで宗佐がおばさんを追いかけていったんだ。ゲーム画面見れば分かると思うけど、もう繋がってないし、最後の方は勉強の話してたし」

『そんな必死にならないでください、私だってそこまで厳しくはないですよ。あと十五分くらいなら見逃すつもりでしたし』

「……十五分か」

『何か仰いましたか、受験生の健吾先輩?』

「……いえ、なんでもありません」


 痛いところを突かれて全面降伏の姿勢を見せれば、珊瑚が満足したと言いたげに「よろしい」と返してきた。相変わらず生意気で後輩とは思えない態度だ。

 かと思えば、一息つくと今度は声色を落ち着かせて「勉強、頑張ってくださいね」と労ってきた。先程の小生意気な口調から一転して穏やかで優しい声。

 そのギャップにまたもドキリとしてしまう。耳元で聞こえてくる声が擽ったい。だがこちらの動揺を悟られまいと己を落ち着かせ、彼女の応援に感謝の言葉を返した。


「受験まであと僅かだし、ここが正念場だからな」

『それに、今日の試合もありがとうございました。野球部の皆さん、一矢報いる事が出来たって凄く喜んでて、ベルマークもいつもより多くくれたんですよ』

「俺も自分の意外な才能を知れて良かったよ」


 冗談交じりに話せば、珊瑚が「さすがプロのキャッチボーラー」と笑う。

 そんな他愛もなく心地良い会話も、残念ながら直ぐに終わりがきてしまった。

 どうやら宗佐が用事を終えて戻ってきたようで、珊瑚がそれを告げてくる。


 それならと俺も話を終わりにしようとし……、



『……今日、すごく格好良かったですよ』



 という、囁くような声に、言おうとした言葉も意識も何もかもが一瞬で吹き飛んだ。


「えっ……!?」

『おやすみなさい! 勉強頑張ってください! でも夜更かしは駄目ですよ!』

「ま、待て妹いまの……! もう一度!」


 もう一度言ってくれ! と告げるも、珊瑚はすでに携帯電話から離れてしまったのか返事はない。

 その代わりに『おまたせー』と宗佐の間の抜けた声が聞こえてきた。


『突然離れて悪いな、電話切って無いの忘れてて箪笥整理してきた』

「いや、別に……。問題はない」

『ん? 何かあったか?』

「なんでもない。それよりお互いそろそろ勉強しないとな」


 頑張ろう、と少し上擦った声で話しかければ、幸い宗佐は俺の異変に気付かなかったのか、相変わらず間延びした口調で『頑張ろうなー』と返してきた。

 そうしてお座成りに言葉を交わして通話を終らせる。


 携帯電話を枕元に放り投げ、それに続くようにベッドに倒れるように横になる。

 ボスンと体が布団に埋まり、それと同時に深く息を吐いた。


 耳に残るのは珊瑚の声。


『……今日、すごく格好良かったですよ』


 耳元で直接囁かれたような、少し緊張の色合いを含んだ優しい声。

 ただ純粋に、心からの想いを告げてくれたと分かる。


 くすぐったくて心臓が跳ねあがった。

 今思い出してももどかしく、恥ずかしく、そしてどうしようもないほど嬉しい。


「格好良い、か……」


 彼女の声は俺の耳にまだ残っていて、思い出すと胸が湧く。自然と表情が緩んでしまう。

 だからこそ、


「ここでだらけていられないな!」


 よし、と気合いを入れ直して起き上がり、机へと向かった。

 己に喝を入れるために両頬をパシンと叩き、学校から持ってきた教科書を鞄から取り出した。


 せっかく珊瑚が『格好良い』と言ってくれたのだ。

 これで浮かれてだらけて、勉強せずに寝ました……、なんて事になったら台無しだ。


「受験生だもんな、頑張らないと」


 そう誰にというわけでもなく……、

 いや、正直に言うならば、ここには居ない珊瑚に話しかけるように呟いて、さっそくと教科書のページを捲った。




 ……幕間:了……





これにて第七章終了です!お付き合い頂きありがとうございました。

次話から八章、冬のお話が始まります。冬と言えばクリスマス!

また、第六章三年生夏の幕間が抜けていたため追加しました。(六章24話、合計だと181話目になります)

夏祭りの過去のお話です。以前の章の更に過去話となりますが、こちらも併せてお読み頂けると嬉しいです。

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