第44話 幕間(2)
この声は……、と、俺の眉間に皺が寄る。
次の瞬間、「珊瑚ちゃん!」という声と共に東雲が勢いよく珊瑚に抱き着いた。
次いで俺に気付くや鋭く睨みつけてくる。
小動物のような愛らしさ、とは以前に東雲を慕うクラスメイトから聞いた評価だが、俺には小動物であっても噛みつくタイプにしか思えない。害獣指定されてしまえ。
「ごきげんよう、敷島先輩。ですが残念ながら今日は学校はお休みなんです。さようなら!」
「よぉ東雲、相変わらず煩いな。俺は教科書取りに学校に来ただけだ」
「そうですか、なるほど納得さようなら!!」
強制的に帰らせようとしてくる東雲に、さすがに見兼ねたのか珊瑚が咎める。
だが東雲に「もう到着の時間」と教えられるとはたと我に返り、今度は迎えに来たことを感謝しだした。
対戦相手である相手校の野球部が到着したらしい。それを出迎え案内するのもベルマーク部の仕事だという。
「それじゃあ失礼します。木戸先輩と麗先輩は、試合が始まるまでグラウンドで待っててください」
軽く一礼し、珊瑚と東雲が校門の方へと小走り去っていく。
その後ろ姿を見届け、俺は一息吐いて校舎へと向かおうとし……、
「せっかくだしベルマーク部の働きを見ていけよ。芝浦の妹、働きもんなんだぜ」
「そうそう。珊瑚ちゃんって気が利いてるし、ちょこちょこ動いてて可愛いんだよ」
木戸と西園に揃えて肩を掴まれた。
しまったと俺が小声で悔やむのは、去り際を見誤ったからだ。もっと早めにこの場を離れるべきだった。
なにせここに居るのは木戸と西園。東雲相手のような宣言こそしていないが、二人は俺の胸中に気付いていそうなのだ。
というか多分気付いている。確実に気付いている。そうでなければ、わざわざ珊瑚を名指しして見て行けとは言うまい。
唸りたい気分を堪え、己を落ち着かせるためにコホンと軽く咳払いをした。
「そ、そうだな。たまには部活を見て行くのも良いかもしれないな。うん。せっかく休日に来たわけだし、このまま帰るってのも勿体ない話だもんな」
「俺もひとのこと言えないけど、なんだかんだ言って敷島も相当分かりやすくて単純な男だよな」
「わぁ本当だ」
「うぐっ……! くそ、言いたい放題言いやがって、やっぱり帰る!」
じゃぁな! と自棄になって二人の手を振り払おうとするも、木戸と西園が揃えたように笑って謝罪してきた。
次いで改めるように「せっかくだから見て行け」と木戸が言ってくる。
それも……、
「今日の相手は男子校だから、ベルマーク部名物のベルマーク砲が見れるからさ」
というわけの分からない言葉と共に。
俺の頭上に特大の疑問符が浮かぶ。
ベルマーク砲……?
あの部活はいったい何を放つっていうんだ……?
わけが分からない、と疑問を抱いて立ち尽くす俺の腕を西園が掴み「そろそろ放たれるよ」と歩き出した。
蒼坂高校の男子野球部は弱い。お世辞も言えないほどに弱い。そもそも人数が少なく、試合をするにも助っ人が必要なほど。いわゆる弱小部である。
メジャーなスポーツである野球のはずがなぜ弱小なのかと言えば、近隣に強い野球部の高校があるからだ。向こうは甲子園にも何度か出ている強豪校、偏差値は蒼坂高校と同程度。ゆえに野球少年達はこぞってそちらの高校を受験してしまう。
他にも近隣には設備が整っている高校や優れたコーチのいる高校が幾つかあるため、設備も無くコーチも居ない蒼坂高校をあえて受ける者は居らず、同好会レベルの野球部になっている。
「それで、今日の練習試合の相手校がその強豪校なの」
「甲子園にも何度か出てるし有名どころだよな。練習試合とはいえそこと試合するって、人数は少ないけどうちの野球部って実は強いのか?」
「そこの高校の、二軍……に入れるかどうかの昇格テスト前の、ウォーミングアップがてらの試合なんだって」
残酷な現実に、西園が顔を背けながら話す。話を聞いていた木戸もこれには同情が勝るのか眉根を寄せている。
二軍に入れるかどうか、ということは二軍ですらない面子が来るということだ。それも二軍入りを賭けた大事な試合ですらない。
聞けば、相手校は勝つこと前提で、それも『大事なテストを前に、弱小校相手に勝利しモチベーションを上げておこう』という気持ちで来るのだという。
他にも幾度となくこの手の試合を組まされているらしい。
理由は一つ、近いから。
ただそれだけ……。
なんだそれ、と思わず悪態をついてしまう。
いくら名をはせた強豪校とはいえ失礼にも程がある。
「だから今回こそ一矢報いたいってあたしや木戸が呼ばれたの。それにベルマーク部からも東雲ちゃんを呼んでるし、本気で迎え撃つ気なんでしょ」
「東雲?」
「そう。前に珊瑚ちゃんから聞いたけど、指名は割増し料金なんだって。割増しベルマークって言うべきかな。特に東雲ちゃんは高いらしいよ。ベルマークだけど」
指名料というものだろうか。そのシステム自体は分からなくもないが、いったいどうして野球部の練習試合に東雲が指名されるのか。
たとえば西園や木戸のような運動神経抜群な生徒を指名して助っ人に……という事なら分かるが、東雲が運動神経抜群という話は聞いたことが無い。――敵を追う持久力と根性、そして俺に対しての闘争心はやたらと優れているが――
「指名って、東雲が何かするのか?」
「ベルマーク砲。東雲ちゃんがいると効果が倍増するからね。さっき木戸も言ってたけど相手校って男子校なのよ」
だから、と西園が説明するが、俺にはだから何なのかさっぱりだ。
それを問おうとするも、それより先に西園が校門の方へと視線を向けた。見ればわかるという事なのか。
校門前には一台のバスが停まっている。相手校の生徒達を乗せたバスなのだろう。さすが強豪校、二軍未満といえどもバスでの送迎だ。
その到着を待つのは珊瑚と東雲。
彼女達の前でバスの扉が開き、監督らしき男性と生徒達がおりてきて……、
「おはようございます!」
「今日はよろしくお願いします!」
珊瑚と東雲が元気よく頭を下げた。
その姿はまるでマネージャーではないか。
二人の出迎えに監督が頭を下げ、そして続く野球部員達はと言えば、
「お、女の子だ……。蒼坂高校の野球部ってマネージャーがいるのか!?」
「いや、聞いた話だと試合を手伝ってくれる部活があるとか……。ってことは、頼めば女の子が試合を応援してくれるのか!」
「おい、あの子って読者モデルの子じゃないか!? 俺前にテレビで見た事あるぞ!」
一瞬にして騒ぎ出した。
監督に落ち着けと諭されてもこそこそと何か話し合っている。その動揺ぶりといったらない。
「……そうか、男子校か」
「そう。しかも部活一筋でやってきたから女子に免疫がないみたい。だからあえてベルマーク部の女子が駆り出されてるの。ちなみに女子校相手の時にはベルマーク部の男子が来るから」
「結構効くんだよな、ベルマーク砲」
今回もお見事、と西園と木戸が感心したように頷く。
そんな二人を他所に俺は唖然としながら、野球部員達を案内する珊瑚と東雲を見送った。
案内される野球部員達は気もそぞろ。出鼻は見事に挫かれただろう。
それが試合に響くかは定かではないが、少なくとも、メンタル面では蒼坂高校に有利なようだ。
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