第45話 幕間(3)



「頑張ってー!」


 珊瑚の明るい声が野球部員達に送られ、それに東雲や他のベルマーク部の部員達も続く。

 己の役割を理解しているからか、それともベルマーク部として駆り出された責任感か、皆やたらと野球部を応援している。普段から部活動に熱心な珊瑚はともかく、東雲はどう考えても割増料金――この場合は割増ベルマークというべきか――を貰っているからだろう。


 そんなベルマーク部の働きがあってか、相手校のメンタルは素人の俺が見ても分かる程に乱れていた。

 ミスを連発。集中力なんて無いに等しい。普段の彼等の動きがどれほどのものかは知らないが、それでも『普段の力が発揮できていない』という事だけは分かる。それ程なのだ。

 監督の「女の子が居るからって!」という叱咤の声が哀愁を誘う。


「予想以上にダメージを与えるんだな、ベルマーク砲」


 凄いな、と感心すれば、隣に座る木戸が「男なんて所詮こんなもんだ」と達観した声色で返してきた。


 ちなみに今の俺の現在地は、練習試合が行われているグラウンド。そこの蒼坂高校側のベンチ。

 助っ人でもないから離れた場所で観戦しようと思っていたのだが、事情を聞いた野球部が歓迎してくれた。曰く「助っ人を入れても席は余ってるから」とのこと。しかも部員用のお茶までくれた。

 この緩さ、さすが同好会レベルである。むしろ詳しく聞けば野球部と言っても観戦と研究が主な活動というではないか。野球部改め野球研究部である。


 そんな野球研究部が、二軍未満とはいえ強豪校を相手に試合などできるわけがない。

 ……のだが、


「よし、もう慣れてきたよ!」


 とは、バッターボックスに立つ西園。

 どうやら相手ピッチャーの球威に目が慣れてきたらしく、その宣言通りに次の一球で見事な長打を見せた。晴天のもと、高く心地良い打球音が響く。

 その後の走りも早く、いつの間にやら集まっていた他所の部活の女子生徒達から黄色い声があがった。


 見事な一撃に相手校の選手達も面食らっている。

 弱小と侮っていた高校の、部員ですらない助っ人。それも女子生徒。おおかた西園のことを頭数合わせに搔き集めた一人とでも思っていたのだろう。

 なんて甘い。甘すぎる。

 西園は確かに女子生徒だ。いくら中性的とはいえやはり男子生徒の中に混ざれば線の細さや女性らしいしなやかさが目立つ。あくまで彼女の凛々しさは中性的ゆえのもので、そして女性だからこその『理想的な王子様』でもある。


 そしてそんな王子様は、男の見せ場を悉く奪っていくのだ。


「月見や桐生先輩の魅力を恐ろしいと思ってたが、こうやって目の当たりにすると西園も恐ろしいな……。むしろこちらの土俵に上がったうえで活躍を独り占めするあたり、西園が一番恐ろしいかもしれない」

「凄いよな。あれだけ動けば男なら汗臭くなるのに、西園ってどんだけ動いても爽やかなんだぜ。何度か部活の助っ人で一緒に試合やってるんだけど、俺達がドロドロになってる中、西園一人だけ輝いてるんだ」


 あれは勝てない、と木戸が話す。俺も同感だと頷いた。

 その間にも周囲から西園を応援する女子生徒の黄色い声が聞こえてくるのだ。片手を上げて返す彼女のなんと眩い事か……。それに対してもまたキャァと歓声が上がるのだから、俺と木戸が白旗を挙げるのも無理はない。


 といっても、木戸も運動神経抜群。見た目も良い。

 西園に続いてバッターボックスに立てば様になっており、負けず劣らずな快打を見せた。真っ青な空と白い雲、この季節特有の澄み渡った空気の中、響き渡る打球音はなんと気持ち良いのか。

 木戸の活躍に、西園目当てに集まっていた女子生徒達も沸き上がり……、


「芝浦の妹! 今の写真撮ったか!? 桐生先輩に送っといて! 『木戸先輩大活躍』ってコメントも添えて!!」


 一塁に向かって走りながら告げてくる木戸の格好悪さに、沸き上がりかけた彼女達の熱がサァと引いていった。

 必死だ。あまりに必死だ。だがこの必死さこそ木戸だ。そして必死に訴えながらも足は速い。


「あの性格さえ無ければ木戸もモテただろうに……。でもあいつの事だから桐生先輩以外にモテても意味無いのか」


 そんな事を考えながら、ホームベースに戻ってきてハイタッチをする西園と木戸を眺める。

 二人の見事な活躍に他の助っ人達も負けてなるものかと気合いを入れ、蒼坂高校側のベンチが湧きたつ。

 珊瑚もこの空気に当てられて応援に力を入れ、東雲や他のベルマーク部の部員も同様。気付けば観戦の女子生徒達も人数が増えており、目当ての西園以外にも声援を送っている。


 いかにも共学校といった盛り上がりを前に、相手校の選手達の精神はかなり削られているようだ。

 見て分かるほどに嫉妬の炎を燃え上がらせている。……のだが、こと蒼坂高校において、あの程度の嫉妬の炎は見慣れたもの。羨ましそうにこちらを見て嫉妬と不満を呟いているが、呪詛未満なんてBGMにすらならない。


 それもどうかと思うけど。


「そう考えると、宗佐を中心にした狂った生態系のおかげで、うちの高校の男達のメンタルは他校より鍛えられてるのかも」

「兄を中心に狂った生態系が築かれていると分かったうえで、同じ高校に入学する。そんな私のメンタルこそ最強です!」

「妹、相変わらずの客観性だな」

「健吾先輩の妹じゃありません、狂った生態系の中心にいる男の妹です。ところで、レモン食べますか?」


 どうぞ、と珊瑚がタッパーを差し出してきた。

 中には薄くスライスされたレモンが透明な液体に漬けられている。


「おぉ、これがレモンのはちみつ漬けか。定番だけど初めて見た」

「ベルマーク部の特製です。疲労回復にはこれが一番ですよ」

「疲労……。俺も食べて良いのか? 何もしてないけど」


 他の助っ人達と違い、俺はただベンチに座って観戦してるだけだ。当然ながら疲れてもいない。

 それなのに食べても良いものなのか、と問うも、珊瑚は「いっぱい作ってきたし良いんじゃないですか?」とあっさりと答えてピックを差し出してきた。

 その隣にいる野球部――野球研究部――もどうぞどうぞと薦めてくる。なんて緩いのか。


 だが良いと言ってくれるなら頂こう。

 ピックを受け取りレモンを一枚とって口に入れれば、レモンの酸味とはちみつの甘さが同時に口の中に広がった。酸っぱくて甘い、そして程よく冷えている。皮ごと漬けられており、その食感が満足感も与える。

 美味しい。確かにこれは疲れている時には効きそうだ。


 ちなみに相手校が「女子からの差し入れ……!」と呻いているようだが、これもまたベルマーク砲の一つかと問えば、珊瑚がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「それはともかく、せっかくだから健吾先輩もちょっと試合に出てみたらどうですか? 疲れた方がより美味しくなりますよ」

「野球なんてまともにやったことないんだから無理言うなよ。でもより美味しく感じるなら、少しぐらい動いても良いかもな」

「健吾先輩、背も高いし体格も良いから、きっと相手の選手達も警戒しますよ。まさか秘密兵器が……!なんて思われたり」


 クスクスと笑い冗談めかして話す珊瑚に、俺も思わず笑って返す。

 だが流石に試合には出ないとはいえ、お茶とレモン代くらいは働いた方が良いだろう。そう考えて試合を応援しようと再びグラウンドに視線をやれば……、

 蒼坂高校側のピッチャーが肩を抑えてうずくまっており、それを数人が囲み……、


 そしてなぜか俺の方をじっと見つめていた。


 

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