第43話 幕間(1)



 秋と冬の合間、どちらの季節とも言えない時期。祝日と土日が続いた三連休。

 テレビでは観光地の特集やオープンしたばかりの店が取り上げられ、天気予報士が嬉しそうに三連休の快晴を伝えてくる。雨の心配は無く、この三連休は遊びに出かけるには最適とのこと。

 だが受験を控えた高校三年生はそこまで浮かれるわけにもいかない。

 中には連休なんてなにそれ状態で、朝から晩まで塾で勉強漬け。学校の方がまだ休む時間があると愚痴る者もいる。


 そんな連休の初日、俺は出された宿題をやろうかと自室の机に向かい……、


「しまった、教科書置いてきた」


 と、誰にというわけでもなく呟いた。


 連休前に出された宿題は教科書から出題されている。

 つまり教科書必須。無いと何一つ出来ない。そもそもこの連休中に受験生らしく勉強もしようと考えていたわけで、教科書が無いのは痛手だ。


 あぁ、連休前に先生から「教科書忘れずに持って帰れよ」と言われていたのに。

 それを聞きながら教科書を机にしまい、そのままだ。


「まさかこんな宗佐みたいなヘマをするなんて」


 俺としたことが、とさり気無く宗佐を貶しつつ、仕方ないと立ち上がった。



 ◆◆◆



 連休であっても学校は開いている。

 休日返上で活動している部活は少なくない。俺が学校に着くと運動部の掛け声が聞こえ、校舎からは吹奏楽部が奏でる音楽が聞こえてきた。

 時間帯で言えばまだ一限目が始まった頃だろう。活動的な部活は大変だ……と、なんとも帰宅部らしいことを思いながら校内へと入ろうとしたところ、「敷島!」と声を掛けられた。

 振り返れば、ジャージ姿の西園がこちらに片手をあげて近付いてくる。


「西園、部活か? あれ、でもバレー部ってもう引退したんじゃなかったっけ?」

「今日は助っ人。ところで敷島は……」


 ふと西園が言葉を止め、次いで俺の肩をポンと叩いてきた。

 眉尻を下げ、困ったように、それでいてどこか慰めるように柔らかく微笑んでいる。

 中性的な彼女のその表情は凛々しさの中に儚さを漂わせ、女子生徒が見れば胸を焦がし吐息を漏らしていただろう。男だって見惚れ、彼女の儚げな一面に胸を高鳴らせたかもしれない。


「敷島、残念だけど……。今日、学校休みだよ」

「知ってるよ。教科書忘れて取りに来ただけだ」


 そんなへまするかと西園の要らん気遣いを一刀両断返せば――教科書を忘れるというヘマはしたが――、西園の表情がパッと一瞬で明るくなった。

 儚げな一面は消え失せ「あ、そうなんだ」とあっけらかんと笑い、今度は俺の怒りを鎮めるためか軽く肩を叩いてくる。


「でもわざわざ連休初日に教科書取りに来るなんて、敷島も真面目だよね」

「そうか? 俺としては休日返上で助っ人に出る西園の方が真面目だと思うけどな」


 西園は元々女子バレーボール部に所属していた。ピンからキリまでな蒼坂高校の部活群において、活動・実績共に上位に君臨する部活だ。

 日々練習に明け暮れ、引退前の大会でも好成績を残したと聞く。中でも西園はバレーボール部のエースで、後輩に慕われ、惜しまれながらの引退だったらしい。

 その後も定期的に部活に顔を出し、そのうえ今日は他所の部活の助っ人だという。根からの帰宅部の俺は頭が上がらない。


 それを褒めれば西園が照れくさそうに笑った。「動くのが好きなだけだよ」と謙遜する姿は爽やかで眩しい。

 そんな西園を呼ぶ声が聞こえ、今度は誰だと声のする方へと向けば……、


「あれ、木戸?」


 こちらに歩いてくるのは木戸だ。

 こいつもまたジャージを着ており、俺に気付くと一瞬不思議そうな顔をし……、


「敷島、残念だけど今日は休みだからな」


 優しく俺の肩を叩いてきた。

 その手を叩き落としたのは言うまでもない。


「別に休みだと知らずに登校したわけじゃねぇよ。宿題に必要な教科書を取りに来たんだ」

「あぁ、なんだそうか。わざわざ連休初日なのにご苦労なことで」

「それで、お前は? お前もどこかの助っ人か?」


 西園同様、木戸も運動神経抜群である。

 元々小学校からサッカーを続けており、高校では部活にこそ所属していないが体育の授業で活躍している様をたまに見かける。――ちなみに帰宅部の理由は言わずもがな。「ボールよりも追いかけたい存在が出来た」と熱く語られたことを思い出す。聞いてもいないのに勝手に話し出したのだ――

 どうやら木戸も今日は助っ人に呼ばれたらしい。それどころか西園と同じく野球部の助っ人だという。

 その話を聞いて、俺は首を傾げると同時に西園に視線をやった。


「うちって女子野球部ってあったっけ?」

「ないよ。私、男子野球部の助っ人に呼ばれてるの」

「男子の?」


 あっさりと話す西園の言葉に、思わず驚いてオウム返ししてしまう。

 それに対して西園は気持ちは分かると言いたげに苦笑を浮かべた。木戸も理由を知っているらしく肩を竦めている。


「うちの野球部、人数少ないし実力も……ねぇ」

「あぁ、弱いんだろ」

「敷島、そこはせめて言葉を濁してあげようよ。とにかく、そういうことで、今回はどうしても勝ちたいからって私が呼ばれたの」


 聞けば今日の試合は公式なものではなく、他校の野球部を招いての練習試合。女子生徒である西園が参加しても問題無いという。

 彼女の運動神経は言わずもがなで、腕力勝負や体力勝負なら話は別だが、球技となれば並の男子生徒を助っ人に呼ぶよりも戦力になるだろう。

 本人もバッティングセンターにはよく遊びに行くと話すぐらいなのだから、男顔負けの活躍が期待できる。


 なるほど、と頷いてしまう。

 そんな俺に三度目の声が掛かった。それも「健吾先輩?」という、この呼び方、この声は……。



「妹?」


 そこには珊瑚の姿。

 俺が居ることに疑問を抱いているのだろう不思議そうにじっと見つめ、それでも「こんにちは」と軽く頭を下げてきた。


「なんだ、妹も居たのか」

「健吾先輩の妹じゃありません。それで、健吾先輩はどうして」

「宿題のための教科書を取りに来ただけだ!」


 挨拶をそこそこに先手を打って告げれば、珊瑚がきょとんと目を丸くさせた。

 数度パチパチと瞬きを繰り返し、唖然としたまま「そうですか」と呟く。どうやら驚かせてしまったらしい。


「あー、悪い。西園と木戸に、間違えて登校してきたと思われたんだ」

「そんな、宗にぃじゃあるまいし」


 兄をたとえに出して珊瑚が笑う。妹として、そして恋慕う少女として、その扱いはどうなんだ……と思いつつ、あいつならやりかねないと聞き流す事にした。

 なにより今は、どうして珊瑚まで休日の学校に居るのかだ。

 見れば彼女もジャージを着ており、一見すれば彼女もまた部活か助っ人かと思うだろう。


 だけど……、


「ベルマーク部だからです!」

「問う前に宣言したな」

「先輩の妹じゃありません!」

「畳みかけるような勢い」


 先程の俺の真似か珊瑚が先手を打ってくるが、おかげで会話が噛み合わなくなっている。

 だがこれも含めて言葉遊びのようなものだ。それに珊瑚の言わんとしている事も聞くまでもなく分かり、俺は「休みなのにご苦労さん」と労ってやった。


「野球部はお得意様ですからね。練習試合のお手伝いは慣れたものです」

「そういえば、よく依頼がくるんだっけ」


 人数が少ない部活ほどベルマーク部の世話になる。となれば、助っ人に西園まで呼ぶ野球部はほぼベルマーク部と共同運営と言えるかもしれない。

 そんな事を話していると、「珊瑚ちゃーん、珊瑚ちゃーん!!」と珊瑚を呼ぶやたらとやかましい声が聞こえてきた。



 

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