第42話 俺ときみだけの写真

 


「これ……、私?」


 写真をじっと見つめ、珊瑚が呟いた。彼女の手元には俺が今持っている写真と同じものがある。

 不思議そうな彼女の言葉に俺は返事が出来ず、対して木戸は更に笑みを深めて頷いて返した。


「綺麗に撮れてるよな」

「そうですね……。嬉しい、こんなに綺麗に撮ってもらったの初めてです」

「これは性能だの技術だのじゃない、撮る側の想いってやつだ。こんな風に見えてるんだなってのが伝わってくるだろ。なぁ、敷島?」


 やたらと演技臭い口調で語り、木戸が俺に同意を求めてくる。

 それを聞いた珊瑚が「健吾先輩が」と呟き、俺を見て……、再び写真に視線を落としてしまった。

 彼女の頬が赤くなっているのは、写真に写る珊瑚が綺麗で、そしてそれを撮ったのが俺で……、そして木戸の言う『撮る側の想い』というのが伝わってくるからだろうか。

 そんな珊瑚を直視出来ず、俺の視線が不自然に泳ぐ。なんて気まずい。きっと俺の顔も赤くなっているだろう。


「……これが目的か」


 苦し紛れに木戸に対して唸るような声を出す。

 だがそれすらも木戸を楽しませるだけなのは言うまでもない。これでもかと笑っている。


「さて、芝浦と月見さんにも封筒を渡してくるか!」

「……お前、この状況で俺達を残して席を立つのか」

「カメラ代って事でおおいに楽しませて貰った。じゃ、しばらくしたらまた戻ってくるから!」


 じゃあな! と威勢の良い言葉と共に、木戸が席を立って教室を去っていく。

 その手には封筒が二通。あの封筒にはきっと宗佐が撮った月見の写真が入っていて、それはやはり、撮る側の想いが込められていて綺麗なのだろう。

 だが今の俺にはどんな写真かを考えている余裕はない。


 なにせ、珊瑚と二人きり……。

 いや、他にも教室に残っているクラスメイトは居るには居るのだが、離れた場所で雑談をしており、彼等がこちらに加わってくる様子はない。それどころか一人また一人と帰っていく。

 つまり、殆ど二人きりだ。


「えっと……、木戸のやつ言いたいだけ言って居なくなって、本当、厄介な奴だよな」

「そ、そうですね。……ところで、健吾先輩」

「ん?」

「この写真、凄く綺麗に撮ってくれてありがとうございます……」


 嬉しい、と珊瑚が小さく呟いて微笑んだ。頬を赤くさせ、嬉しそうに、普段の小生意気な表情とは違った純粋な微笑み。

 俺の視界が輝く。イルミネーションも何もないのに、それどころか見慣れた教室なのに世界が眩しい。


「い、いやまぁ、喜んでくれたなら良かった……。でも出来れば宗佐には見せないでほしい」

「宗にぃには見せちゃダメなんですか?」

「……見せたら欲しがるだろ」


 そこに恋心は無いとはいえ、宗佐は珊瑚を妹として溺愛している。

 可愛い妹が綺麗に映る一枚となれば欲しがらないわけがない。下手すれば額縁に入れて家に飾ろうと騒ぎ出すかもしれない。


 ……それはなんとなく不服だ。

 俺が撮った、俺の視界に映った珊瑚の写真は、俺と珊瑚だけのものにしたい。


 そんな訴えに、珊瑚は一瞬きょとんと目を丸くさせた。

 次いで写真を大事そうに両手で持ち「分かりました」と小さく呟いた。その頬はまだ赤いが、俺の意地のような訴えに苦笑している。


「去年に続いて、この時期は宗佐に見せられない写真が増えるな」

「去年……。そ、そうですね」


 去年の写真。劇の最中の、舞台上が暗くなった瞬間の写真の事だ。

 思い出したのだろう、元より赤かった珊瑚の頬がより赤くなっていく。


「あの写真、俺の机の引き出しにしまってある。敷島家において唯一俺のプライバシーが守られてる場所だ」

「プライバシーって、大袈裟な……。いえ、大袈裟じゃないんですね」


 俺の話に珊瑚が笑みを零し、自分もあの写真は誰にも見られないようにしまってあると話してくれた。

 渡された時のまま、真っ白な封筒に入れたまま……。

 万年騒がしく人が溢れかえり自分の部屋なんてあって無いような敷島家と違い、芝浦家は落ち着いており、プライバシーも守られている。とりわけ彼女は旧芝浦邸で祖母と暮らしているのだ、そっと隠してしまえば誰にも見られることはないだろう。


「芝浦家はみんなガラス細工のように繊細なので、プライバシーを大事にするんです」

「宗佐もガラス細工か?」

「……宗にぃだけ防弾ガラスですね」


 そんな冗談を、まだ少し頬を赤くしながら笑って話す。 

 だが実際のところは、彼女の話を聞いて、俺の心臓は緊張やら気恥ずかしさで落ち着きを無くしていた。動揺を悟られまいと必死に冷静を取り繕っているのだ。


 あの瞬間の写真を、捨てないでいてくれた。


 そんな考えが俺の思考を占める。

 

 もしかしたら、捨てようにも誰かに見られるかもと不安で捨てられなかったのかもしれない。どうすべきか分からずしまったままなのかもしれない。

 それでも、嫌な出来事だったと、二度と思い出したくないと彼女の記憶に刻まれていたら、隠してしまっておくなんてしないはずだ。見たくも無いと恨みを晴らすように破いて捨てただろう。ましてや当人である俺に話すなんてもってのほか。

 だが珊瑚はそうはせず、写真を取っておいてくれている。そしてそれを俺に話してくれた。


 その事実は、俺の中で期待と希望に変わる。


 この写真も、去年の写真も、いつか二人で寄り添って眺められたらいいな。


 ……なんて事を思いながら、宗佐達が戻ってくるのを待った。





 ちなみに、一通り写真を選んだあとに珊瑚と月見から、


「宗にぃ達の写真が一枚も無い」

「皆でカメラを使ってたのに、撮り合わなかったの?」


 と言われたのだが、これに対して俺達は声を揃えて、


「男を撮って何が楽しい」


 そうはっきりと返した。




 ……第七章:了……




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