第41話 白封筒あらため茶封筒

 


 教室に戻れば既に珊瑚と月見が待っており、彼女達は机を数個くっつけて俺達全員が座れるように用意してくれていた。

 それに感謝をしながら椅子に座り、机に置いたカメラのモニターを全員で覗く。

 ちなみに今日のカメラはお馴染みの一眼ではなく、いかにも家庭用といったコンパクトカメラだ。

 曰く、こちらの方が画面が見やすく、尚且つ「あんな大きなの学校に持ってきたら邪魔だろ」との事。カメラへの情熱があるのか無いのかよく分からない男だ。


「ついこの間の事なのに、なんだか懐かしいねぇ」


 とは、画面に映るイルミネーションをうっとりと眺める月見。

 珊瑚も見惚れるように目を細めて画面を見つめている。

 二人の意識は画面を通り越してイルミネーション輝く遊園地にいってしまったようで、写真を一枚進めるたびに「綺麗」と口々に褒めて思い出話に花を咲かせる。


「似たような写真とか、ぶれてるのもあるし、全部のデータを携帯に送るわけにもいかないだろ。ここで見て気にいった写真があったらデータ送るから」


 木戸が俺達に話す。……というより、珊瑚と月見は写真に見入っているため、俺達にというより俺と宗佐に話しているに近い。

 現に木戸が説明し終えても二人は返事一つせず、うっとりと画面に見入っている。悪意で無視しているわけではない、意識が戻ってこないだけだ。


「一通り見ないと二人の意識は戻らないだろうな」


 俺が肩を竦めながら話せば、宗佐と木戸が揃えて頷いた。

 この会話にも珊瑚と月見は反応しないのだからよっぽどだ。その熱中の度合いに、宗佐が苦笑交じりに俺に話しかけてきた。


「一通りで済むと思うか?」

「……二巡ぐらいするかも」


 それほどまでに見入っている。

 だがこれも想定内だ。ゆえに彼女達を急かすことなく、俺達も画面を横目に覗きながら雑談をし始めた。




 珊瑚と月見の意識が戻ってきたのは、写真巡りの二巡目を終えてからだった。

「綺麗だったねぇ」「また行きたいですね」という締めの言葉に、携帯電話を弄ったり転寝をしたりと好きに過ごしていた俺達もはたと我に返る。


「ごめんね、私達だけ写真見てて」


 待たせた事を詫びる月見に構わないと返し、さて本題の写真選びに入ろうかと再び画面を覗き……、

 そこで木戸が宗佐を呼んだ。


「芝浦、悪いんだけど飲み物買ってきてくれないか?」

「俺?」

「あぁ、さっき飲み切っちゃってさ。だから」

「良いよ、俺もちょうど何か飲みたいと思ってたし」


 写真のお礼だと宗佐があっさりと快諾する。

 それを見て、次いで木戸は俺に対して「お前も何か頼めよ」と告げてきた。


「そうだな、じゃあ俺も買ってきてくれ」


 便乗して宗佐に注文する。――「お前には買ってきてやる義理は無い」と一度は断ってくるものの、無視して飲み物を指定すれば舌打ちで了承してくるあたりが宗佐である――

 次いで宗佐は珊瑚と月見に視線を向け、何か買ってくるかと尋ねた。珊瑚は問われるのとほぼ同時に「私、緑茶ね!」と頼んでおり、相変わらず兄を使うことに躊躇の無い妹だ。

 対して月見は申し訳なく思ったのか「重くなっちゃうから」と遠慮した。月見らしい対応である。


 ……ところで、俺の隣で木戸が妙な笑みを浮かべているのはどういう事だろうか。

 この展開に対して満足そうな笑み。とても怪しい。怪しさしかない。

 そんな怪しさを携えたまま、わざとらしく大袈裟に頷きだした。


「確かに全員分の飲み物だと重くなるな。芝浦一人に持たせるのは酷だ。そういうわけで、月見さんにもお願いして良いかな?」


 わざとらしい口振りで木戸が月見に声を掛ける。

 告げられた彼女は「私?」と自分を指さして首を傾げた。

 だが月見の性格を考えれば断るわけがない。現に彼女はすぐさまうんと一度頷いて返し、宗佐に続くように立ち上がった。


 そうして二人が教室を出ていく。

 それを見届け……、次に俺は木戸へと視線をやった。あえて宗佐と月見を教室から出て行かせたのは分かるが、その意図が掴めない。

 珊瑚も木戸の不審な態度には気付いていたようで怪訝な表情をしている。分かりやすい警戒の表情は、まるで耳を伏せた猫のごとく。


「それで、何を企んでるんだ?」

「企むとは失礼だな。ただ写真を渡すだけだ」

「写真?」


 いったい写真が何なのか。

 そう問うよりも先に木戸は鞄を漁り、二通の茶色い封筒を取り出した。

 それを俺と珊瑚それぞれに手渡してくる。


「これ、何ですか?」


 珊瑚が不思議そうに尋ねるも、それに対しての木戸の返事はまたも「写真」だけだ。

 説明が足りない。というより、あえて説明をはぐらかして俺達の反応を楽しんでいるのだろう。なんて質の悪い男だ。


「ほら、写真部がたまに渡してるだろ。名物の『白封筒』。といっても家にあったの封筒は茶色だけど」


 それに倣ったと話す木戸に、俺と珊瑚はますます分からないと疑問を抱いた。


 蒼坂高校の名物の一つ『白封筒』

 写真部が撮影した中で展示販売出来ないもの、彼等や教師の事前チェックにて弾かれた写真が入っている。

 主に個人が写っているものや男女のツーショット。それを白封筒に入れ、当人にだけひっそりと渡してくれる。プライバシーを考慮したシステムだ。


 どうやら木戸はそれを真似たらしい。

 だが遊園地に行った面子だけで見る写真に、いったいどんなプライバシーがあるのか。

 たとえツーショットであっても、丸一日行動を共にしていたのだから二人きりで写っていてもなんらおかしくはない。流石に俺だって、たとえば珊瑚と木戸が二人で写っていても、嫉妬は――少ししか――しないだろう。


「とりあえず写真見てみろって。データも別に取ってあるから後で送るな。あ、もちろん俺の手元では消しておくから。いやぁ、俺って気が利くなぁ!」  

「楽しそうだな、お前」

「そりゃあ楽しいに決まってるだろ!」


 木戸の楽しそうな笑みと力強い断言。それらはどことなく桐生先輩を思い出させる。

 仮に木戸の長年の想いが実って二人が付き合ったら、厄介さが相乗効果する手に負えないカップルになるんじゃ……と、そんな嫌な予感さえ抱かせる。

 だが今は嫌な予感よりも写真だ。

 そう考え、俺は封筒を開け……、


 中から出てきた写真に、


 そこに写る、輝くイルミネーションを背後に穏やかに微笑む珊瑚の美しく愛らしい表情に、


 彼女を起点に世界が輝いたあの瞬間の胸の高鳴りを思い出し、言葉を詰まらせた。



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