第40話 楽しい時間の余韻

 


 文化祭から一週間。いまだ余韻の残る放課後。俺と宗佐は空き教室を訪れていた。

 教室の壁一帯に貼られた写真、それを購入用紙片手に眺める生徒達。俺達の手にも一枚ずつ用紙がある。

 毎年恒例、写真部による文化祭の写真の展示販売だ。これも含めて文化祭と言えるだろう。


「さすがに去年程は無いな」


 そんな事を話しながら宗佐と壁の写真を眺める。


 去年の文化祭で俺達のクラスは劇をやった。

 この日のためにと用意した衣装と舞台背景、とりわけ男子生徒の憧れの的である月見がシンデレラ役を演じ、女子生徒からの人気も高い西園もまた見栄えする衣装を着ていたのだ。写真部がこれに意気込まないわけがない。

 結果、去年の俺達のクラスを撮影した写真はかなり多く、一角コーナーが作れそうな程だった。


 それに対して今年はキッズスペース。確かに店内の様子は子供向けを意識して可愛らしいものだったが、さすがに去年程の華やかさはない。

 写真部も何度か覗きに来て写真を撮っていったようだが、去年のような、事前に内容を把握し最前列でスタンバっているような熱は無かったらしい。


 そんな事を思い出しながら、教室内に飾られている写真を一通り見て回り……、


「無いな、俺達の写真」

「あぁ、見事に一枚も無かったな」


 と、改めて教室内に視線をやった。


 展示されている写真は数え切れないほどだったが、残念ながら俺も宗佐も一枚も写っていなかった。

 仕方あるまい。ずっと教室に居たわけではなく、自由時間になるとあちこち歩き回っていたし、店番の最中も在庫補充やゴミ捨てで教室を出る事もあった。そのうえ俺は後半から技術用具室に閉じ込められ、宗佐は俺と珊瑚を救うために走り回っていたのだ。

 タイミングが合わず写真が無いのも仕方ない。


「それでも月見や西園の写真は何枚かあるあたり、写真部の執念を感じるな」


 話す俺の視線の先には、月見と西園が写っている写真。

 これは一般開放前だろうか。飾り付けを背景に二人がメニュー表を手にして笑っている。

 元より見目の良い二人が揃いのクラスTシャツを着て笑うその一枚は清々しく、いかにも青春といった美しさだ。

 きっと月見と西園以外も買うだろう。たとえば宗佐とか。


 だが月見と西園の写真もこの一枚を含めて数枚程度しかない。二人もまた俺と珊瑚を救うために文化祭後半はあちこち走り回ってくれていたのだ。

 写真部もさぞや惜しんでいるだろう。……いや、惜しんでいるのは写真部だけではないか。


「俺のせいじゃないとはいえ、なんだか悪いな、宗佐」


 すまなかった、と詫びれば、意図を察したのか宗佐が言葉を詰まらせた。

「んぐっ」というくぐもった声はとても分かりやすい。途端に頬を赤くさせ、記入し終えた購入用紙をぎゅっと握りしめる。

 ……自分の写真は一枚も無いのに、記入された購入用紙。


 何の、いや、誰の写真かなど尋ねるまでもない。

 そして尋ねるまでもなく分かるからこそ、先程の俺の言葉だ。


「……べ、別に誰の写真を買ったって良いだろ」

「そうだな、宗佐の自由だ。そういや写真と言えば」

「ところで健吾も番号書いてたよな? お前も一枚も写って無いのにどの写真買うんだ?」

「むぐっ……!」


 宗佐の言葉に、俺もまたくぐもった声を出してしまう。

 しまった、いつも通り宗佐を揶揄ったつもりだったが、完璧な墓穴だった。盛大にヘマを踏んでしまった。なんて見事なカウンター。

 手元の購入用紙を手早く折り畳んでポケットに突っ込み「べつに」と誤魔化すも、宗佐からの視線はいまだ疑惑の色を含んでいる。

 声にこそ出しはしないが、眉根を寄せた表情が無言ながらに怪しいと訴えてくる。


 宗佐の言う通り、俺も購入用紙に番号を書いていた。

 もちろん珊瑚が写っている写真だ。どうやら写真部は早い時間帯に彼女のクラスやベルマーク部を訪れていたようで、珊瑚の写真は何枚かあった。クラスティーシャツを着た写真と、ベルマーク部の衣装である袴姿の写真、どちらも友人と楽しそうに笑っており、これを買わないわけがない。


 宗佐には気付かれないよう記入したつもりだったが、その姿を見られていたか、もしくは勘付いたか……。

 幸いどの写真かまでは知られていないようだが、教えろとせっつかれるのは時間の問題だ。


「どれって……、適当に、文化祭らしい写真だよ。ほら、今年が最後だし記念にと思って。教室の風景とか準備中のやつとか。あと俺達が作ったポスターとか……、そういう、記念的なやつ。せっかくだし記念に買おうかなと思って」


 自分自身、己の口調が随分とあやふやだと分かる。あと『記念』という単語を出し過ぎだ。

 というか去年もこんなやりとりで誤魔化した記憶がある。悲しいかな、一年経っても相変わらず上手く取り繕えない。

 さすがに宗佐も二年連続では騙されてくれないようで、「お前が記念に?」と怪訝な声で尋ねてきた。――その物言いは失礼な気もするが――


 まずい。購入用紙を見せろと言われたらどうしよう。

 去年はどうやって回避したか……。この場を回避する術を探すべく、記憶を引っ繰り返す。

 次の瞬間、


「敷島、芝浦、今平気か?」


 と、俺達に声が掛かった。

 教室の扉から木戸がこちらを見ている。


「どうした?」

「写真持ってきた。ほら、この間の」


 遊園地で撮った写真の事だろう。そういえば、と宗佐と顔を見合わせる。

 あの後すぐに意識は文化祭へと切り替わり、準備の慌ただしさ、当日、そのうえ騒動に巻き込まれ……と、あれよと言う間で今日に至る。

 その間も木戸とは何度も顔を合わせて話をしたが――文化祭当日に至ってはわざわざバニー姿を見せにきてくれたが――、写真の話はしていなかった。


「データ持ってきたから、皆で見ようぜ。さっき月見さんが居たから声掛けたけど、芝浦、妹呼べるか?」

「珊瑚? 多分まだ残ってるはずだし、大丈夫だと思う。ちょっと待ってて」


 宗佐がズボンのポケットから携帯電話を取り出し操作する。

 通話のため廊下へと出ていくので俺もそれに続き、教室を出て……、


 そして廊下で待っていた木戸の肩を叩いた。


「ありがとう、木戸。本当に心から感謝してる」

「なんだよ、大袈裟だな。ただの写真だろ?」

「お前が居なきゃ今頃どうなってたか……。下手すりゃ殴り合いになってたかもしれない」

「写真で殴り合い!? なんだよ、何があったんだ?」

「それが色々と……。待て、宗佐と妹の会話が終わったみたいだ。これ以上この話はするな」


 木戸の登場で上手いこと話が切り替わったのだ。それなのにここで俺達が話していては宗佐が思い出してしまう。

 そう考えて話を終いにし、携帯電話をポケットにしまいこちらに来る宗佐に「どうだった?」と尋ねた。


「部活も無いし今から行くって。俺達の教室って言っちゃったけど、良かったかな」

「あぁ、月見さんにも教室で待ってて貰ってる」


 行こうぜ、と一声かけて歩き出す木戸に続き、俺と宗佐も空き教室を後にした。


 購入用紙は宗佐に見られる前に早々に提出してしまおう。

 提出してしまえばこちらのもの。番号を聞かれたって「忘れた」だの「そこまで覚えてない」だのと何とでも言い訳は出来る。



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