第38話 純喫茶の可愛い店員
「そ、それ、ベルマーク部の、衣装か?」
「はい。皆で写真を撮ってたんです。……健吾先輩、見たかったって言ってくれたから」
だから抜け出して見せに来たのだという。
それを話す珊瑚は少し照れ臭そうで、それでもと衣装を見せるため俺の目の前でクルリと回って見せた。
彼女が動くたび、白いエプロンと着物の袖がふわりと揺れる。なんて華やかで可愛いのか。
「凄いな……。生地も選んで、家庭科部が縫って作ったんだよな?」
「はい。生地は皆で選びに行ったんですよ。どれにしようかって話してたら、実稲ちゃんが『珊瑚ちゃんは朱色の矢絣よ。絶対に朱色の矢絣に濃紺の袴よ』ってずっと言ってて、この組み合わせにしました」
「東雲、ありがとう……!!」
思わずここに居ない東雲に感謝してしまう。
王道なレトロ感を出す朱色の矢絣。はっきりとした色合いと柄は華やかで、紺色の袴がそれを引き立てている。鮮やかで古風な趣もあり、珊瑚にはこれ以上ないほどに似合っている。
東雲が推すのも納得の組み合わせ、今すぐに感謝を告げて握手したいほどだ。……手を放した瞬間に牽制し合いそうだけど。
「本当に可愛いな……」
「そうでしょう? なんていったって一年掛けた集大成ですからね!」
「いや、そうじゃなくて……。衣装もだけど、それを着てる妹が可愛い」
正直、俺には衣装の凄さはそこまで詳しくは分からない。
確かに高校の文化祭で作った衣装としてはレベルも高く凝っているし、袴にエプロンという選択も洒落ている。肩から下げた鞄もレトロなデザインをしており、細部までの拘りが感じられる。
一年掛かったのも納得だ。好評なのも当然。
だが分かってもその程度で、きっとこれが珊瑚以外の生徒だったなら「おぉ、凄いな」の一言で終わっただろう。
だが珊瑚が着ている。
それだけで俺には輝かしく特別な衣装に見えるのだ。
小道具に目がいくのもきっと珊瑚が着ているから。単純な男だと我ながら思う。
それを話せば珊瑚は恥ずかしそうな表情を浮かべ、途端に落ち着きを無くしてしまった。「ありがとうございます」という返事は上擦っており、それを聞く俺もなんだか恥ずかしくなってしまう。
「そ、そういえば、これを持ってきたんです!」
俺の言葉に気恥ずかしさが頂点を達したか、珊瑚が肩から下げていた鞄を漁りだす。
そこから取り出したのはラッピングされた小さな袋。袋の端は朱色のリボンで結ばれており、中には紙の包みが入っている。それを手渡してきた。
「なんだ?」
「喫茶店自慢のカステラです。お店で出してたんですけど、お客さんからも美味しいって評判良かったんですよ」
可愛らしい箱の中におさまっているのは美味しそうなカステラ。
普段見る色合いのものと、緑色は抹茶味、ほんのりとピンクに色付いているものはイチゴ味だという。それらが二切ずつ。
曰く、カステラは喫茶店のメニューの中でも人気が高く、文化祭が終わるより先に完売してしまったという。これは部員達が自分用にと残しておいたものらしい。
「貰っていいのか?」
「はい。健吾先輩、試食の時にカステラは食べてなかったですよね。だからぜひ食べてください。当店自慢の、そして早期完売の伝説のカステラですよ!」
カステラを語る珊瑚は随分と得意げだ。
……ところで、彼女がやたらと『カステラ』を連呼しているのは気のせいだろうか。味の違いに関しても丁寧に説明してくる。
それを考え、ふと思い立って「あぁ、そうか」と頷いた。
「洋菓子音痴もさすがにカステラは分かるのか」
珊瑚は幼い頃から祖母と生活を共にしているため、思考が和食に偏っている。デザートも同様、ムースケーキをプリンと言い続ける姿を以前に見た。ちょうど一年前のこの時期だ。
だが流石にカステラは分かるようで、祖母の友人が毎年手土産に持ってきてくれるのだという。
「それにしても、普通の味どころか抹茶とイチゴ味まで作るなんて、さすが調理部だな」
袋の中のカステラを覗く。これも衣装同様、高校の文化祭とは思えないレベルだ。さすが日頃から調理を趣味としている調理部だけある。
型崩れもしておらず綺麗で、見ただけでしっとりふっくらとしているのが分かる。
きちんと梱包されていたら一般の商品と間違えそうほど。むしろ今の状態だって、小さなカフェで手作りを謡うポップと共に売られていてもおかしくない。
「調理部とも去年の文化祭が終わってすぐに提携の契約をしたんです。お店のコンセプトやメニューも早くに決めたから、何度も試食会をしたんですよ。このカステラもまた一年間の集大成です」
「へぇ、それは楽しみだな」
去年のメイド喫茶もさすが調理部提供と言える料理のクオリティだった。他のクラスの料理も食べたが、やはり料理好きが集まる部活だけあってレベルが違う。
そんな調理部が一年を掛けて追及したカステラ。
期待が高まるのは当然。それも可愛く着飾った珊瑚から手渡しなのだから猶の事。……いや、多分後者の理由だけでも俺には絶品に感じるだろうけれど。
「せっかくだし、家に帰ってコーヒーでも淹れて食べようかな。……双子には絶対に見つからないようにしないと」
「見つかったら一瞬でなくなっちゃいそうですね」
「あいつらにはうちのクラスの子供用のお菓子でも食わせておく。そうだ、何か残ってるものを……」
わざわざ持ってきてくれたのだ、手ぶらで返すわけにはいかない。
そう考えて教室内を振り返り、何があったかと考える。
そもそもうちのクラスで出していたのは殆どが市販品だ。女子生徒達が飲み物に添えようとクッキーを焼いてきてくれたが、それも先程見たら残りは僅か、まだ残っているかも定かではない。
「市販品のお菓子ならたぶん残ってるな……。子供向けのしかないけど、食べるか?」
「それはそれで食べたいですね」
「よし、それなら持ってくる。ちょっと待っててくれ」
珊瑚を廊下に残して教室内に戻り、残っていた児童用の菓子を幾つか回収する。
妙な笑みを浮かべている一部のクラスメイト達は無視しておこう。気にしたら負けだ。
それに下手に何か言って、クラスメイトの男達が廊下に出るのも避けたい。小さい男と言うなかれ、今の珊瑚の姿を他の奴に見せたくない。
「でもさすがにこれだけだと味気ないな。他になにか……」
何かあげられるものは無いか。
そう考え教室内を見回し……、教室の端に寄せられた机の上、そこに置いてある俺の鞄に目を止めた。
そうだ、と小さく呟く。
すぐさま鞄から生徒手帳を取り出し、再び廊下へと戻った。
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