第37話 打ち上げ中のお客様

 


 文化祭が終わるのは四時だが、最終下校時刻は六時だ。

 それまでは一応片付けの時間となっているが、実際に片付け作業をする団体は殆ど居ない。

 誰もが文化祭を終えた高揚感で話し込み、売れ残りの飲食物やこの時のためにと買い込んだお菓子で打ち上げをする。


 俺達のクラスも同様。机や椅子を教室の端に寄せ、床に座り込んで売れ残りのお菓子とジュースで打ち上げをしていた。

 周囲に居たクラスメイト達と乾杯するが、紙コップなのはご愛嬌。ここでカチンとグラスの音を響かせれば様になるのだが、柔らかな紙コップではなんともいえない手応えしかない。いっそこれも趣があると考えるべきか。


「いやー、今回もなんとか終わったな」


 大変だったな、とあっけらかんと宗佐が笑う。

 どうやら宗佐の中では解決して既に笑い話に変わっているらしい。その切り替えの早さは流石で、話を聞いていた俺達までもが肩を竦めて「そうだな」と同意を示した。


 ……もっとも、事件解決直後、先生達にナンパ男達の処分を言及する宗佐は相変わらず冷ややかだった。

 静かに怒りを抱き、徹底して容赦の無い処分を求める、普段からは考えれない態度。担任の斉藤先生までもがぎょっとしていた。

 宗佐の性格を考えるにこの変貌はあまり周りに知られたくないものだろう。そう考え、俺は宗佐を離れた場所に連れていき、落ち着くよう宥めてやったのだ。

 それが嘘のように今はあっさりと話題に出して笑っている。


「誰も怪我とかしなくて良かったよ」

「そうだな。……と思ったけど、宗佐、お前階段から落ちたんだろ。平気なのか?」

「あぁ、どうってことない」


 痛みも何もないという訴えか、宗佐がひらひらと右手を振って見せる。無理をしている様子も無いので、本当に擦り傷程度だったのだろう。

 その腕には絆創膏が一枚。月見に貼って貰ったというものだ。


「珊瑚を助けるために俺が怪我したら珊瑚が悲しむって、弥生ちゃんに言われちゃったよ」


 照れ臭そうに宗佐が笑う。

 それに対して月見も苦笑を浮かべ……、そして、宗佐と月見がふと顔を見合わせた。

 二人が何か物言いたげに見つめ合った気がする。

 だがそれも一瞬の事で、「お疲れ様」と他所から声が掛かると、二人揃えてそちらへと視線をやった。

 委員長だ。紙コップを片手に空いたスペースに座る彼女に、俺達も労いの言葉を返して紙コップで乾杯をする。


「結局今年も大変だったわね」

「だな。でもクラスの方は問題なく終わったみたいで良かった。結構好評だったんだろ。最後まで客が途切れなかったって聞いたぞ」

「えぇ、売り上げも客入りも上々よ。午前中に来たお客さんが終わり前に来てくれたりしたの」

「鍵を探すのに結構な人数抜けたんだろ、大丈夫だったのか?」


 問えば、委員長が得意げに「問題無かったわ」と断言した。己の手腕を誇る表情だ。

 ナンパ男を探していたのは宗佐や月見だけではなく、クラスメイト達も協力してくれた。結果クラスの出し物に割ける人数は減ってしまったが、そこは委員長が上手く切り盛りして回してくれたらしい。


「あんな不埒な輩に問題を起こされて、そのせいでクラスのお店まで失敗なんて悔しいじゃない」

「委員長らしいな」


 彼女の手腕あって、クラスの店は無事成功したのだ。それを労えばより誇らしげに頷いた。


「お店のコンセプトも良かったし、大成功ね。これも月見さんが提案してくれたおかげだわ」

「そ、そんな……。私はテレビで見たのを提案しただけで、具体的に考えてくれたのは文ちゃんだよ」


 委員長に褒められ、月見が照れ臭そうに笑う。

 そんな微笑ましい二人のやりとりに、他所から「委員長!」と声が掛かった。別のグループがこちらにと手招きをしている。

 あれは会計を担当していたグループだ。金銭面だけは後回しにするわけにはいかないと計算しているらしく、お釣りの金額が合わないと助けを求めている。


「委員長はまだ落ち着けそうにないな」

「お金のことはちゃんとしておかないと。待ってて、今行くから! あ、これ貰って行っていい?」


 向こうで食べるから、と委員長が手を伸ばすのは、打ち上げ用に買っておいたお菓子一袋とペットボトル一本。

 もちろんいまだ働く彼女に俺達が何か言えるわけがなく、揃えたように「どうぞお持ちください」と答えた。気分は献上である。

 そうして会計係が集まる一角へと去っていく背中を見送り、誰からともなく一息吐いた。


 そうしてふと、向かい合って座っているのが俺と宗佐と月見という事に気付いた。

 もちろん他のクラスメイト達も居るのだが、各々飲み物やお菓子を囲み話をしている。混ざろうと思えばいつでも混ざれるような気楽さで、同時にいつだって抜ける事も出来る。


「飲み物が足りなくなりそうだな。宗佐、ちょっと向こうの教室に行って取ってきてくれ」

「えぇ、なんで俺が?」

「良いから行ってこいって。……月見と一緒に」


 なぁ、と月見へと視線をやれば、彼女は一瞬目を丸くさせた後、ちらと横目で宗佐の様子を窺った。

 見ているこちらまで恥ずかしくなる反応だ。俯きながら「そうだね……」と上擦った声で同意を示すあたり、俺の意図を察したのだろう。ここまでくれば鈍感な宗佐も気付くというもので、月見をチラチラと見ながら「取ってこようか」と話している。


 早々と二人の世界ではないか。

 だが二人の世界に入り込むにはまだ早い。


 分かりやすい行動を取れば周囲に気付かれ、教室を出て行こうものなら追いかけられ邪魔されるのは火を見るよりも明らか。

 だというのに二人は無防備に立ち上がるのだから、慌てて制止した。


「待て、教室を出ていく時はバラバラに出ていけ。良いな。あと前後の扉から分かれて出て行くんだ」

「健吾、お前たまにこの学校に対して異様に警戒心抱くよな。閉じ込められて拗らせたのか?」

「うるせぇ、黙って従え。良いか、宗佐は前のドアから出ていけ。その二分後に月見が後ろのドアからだ。廊下の角を曲がるまで合流するなよ」

「怖いよぉ……、敷島君の中のうちの学校には何が潜んでるの……」


 俺の気迫に気圧されたのか、月見が怯えの声をあげる。

 だがこれも二人の為だ。そう考え、まずはと宗佐の肩を叩いて先に行かせた。次いで頃合いを見て月見に指示を出す。

 最初こそ「何も居ないよね? 襲われたりしないよね?」と不安そうにしていた月見だが、俺が「宗佐と二人でごゆっくり」と促せば、ポッと頬を赤くさせていそいそと教室から出ていった。


 月見が出ていくのを横目で窺い、扉が閉められた後も前後の扉に注意を向ける。もちろん凝視はせず横目で見張るだけだ。ここで俺がヘマをして他の奴等に気付かれたら意味がない。

 そんな俺の細心の注意のかいあってか、宗佐と月見が教室を出ていったことには誰も気付かなかったようだ。二人の後に続く者も居らず、教室内に呪詛や嫉妬の声も聞こえない。文化祭の打ち上げらしい賑やかな談笑が続いている。

 うまくいったと誰にも気付かれないように安堵し、俺も友人達の輪に合流した。



 あれが大変だった、どの店に行った、あの料理は美味しかった……と文化祭の思い出話に花を咲かせる。

 時折は達成感に浮かれて乾杯をするが、時間が経ってふやけた紙コップはぐにゃんと歪むだけだ。だがそれすらも今は楽しい。


「敷島、敷島!」


 と、呼ばれたのは馬鹿話で盛り上がっていた時だ。

 教室の前方、そこにある扉の近くで西園がこちらを手招きしている。それも満面の笑みで。

 中性的な魅力に溢れた西園の笑みは麗しい、……のだが、言い知れぬ空気を感じて思わず身構えてしまう。なんだろう、麗しいが何とも言えない圧がある。

 ……もっとも、いくら身構えても呼ばれている以上は無視できず、行ってくる、と友人達に一言残して立ち上がった。


「なんだ?」

「敷島、お客さん来てるよ」

「客? 俺に??」


 誰が? と問うも、西園は「良いから良いから」とわけの分からない答えで促してくるだけだ。

 誰が来たのかは言わず、自分はさっさと友人達の元へと戻ってしまう。おかげで俺の疑問は募る一方である。

 だが廊下に誰かが待っているのは確実で、ならばと廊下に出て……、


「……妹!?」


 と、そこで待ち構える珊瑚に……、


 いや、


 正確に言うのなら、和風な衣装にエプロンを纏う可愛らしい姿の珊瑚に、思わず声をあげてしまった。


 矢絣模様の朱色の着物に濃紺の袴。それにレースの着いた白いエプロン。頭には朱色の花飾り。

 レトロな雰囲気を纏うその格好は活発な彼女によく似合っている。



 凄く似合っていて、とても可愛い。



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