第34話 誰より必死に
今日まで幾度となく騒動に巻き込まれ、それどころか今も用具室に閉じ込められるという騒動の真っただ中に居て、珊瑚の発言を心配しすぎだと笑い飛ばすことは出来ない。
大なり小なり確実に問題は起こるだろう。
そしてその最たる原因は、やはり宗佐だ。宗佐はトラブルメーカーであり、尚且つ、宗佐が直接的な原因ではなくとも間接的に問題を引き起こす。今がまさに。
「いっそ宗佐をどこかに閉じ込めておくか」
「閉じ込める段階で問題が起こるか、閉じ込めた先で問題が起こるか、ですよ。もしくは宗にぃの代わりに私達が閉じ込められるか」
今みたいに、と珊瑚が断言する。まるで分かりきった事だと言いたげな、はっきりとした口調。
さすが誰より長く宗佐のそばにいるだけあり、もはや達観とさえ言えるレベルだ。「ご苦労さん」と労えば「宗にぃを兄に持った宿命です」と肩を竦めて返してきた。
次いで今度は俺に対して「健吾先輩もご苦労様です」と労ってくるので、これには「宗佐を友人に持った宿命だな」と返しておく。もちろん先程の珊瑚を真似て肩を竦める仕草も忘れない。
焼き直しのようなやりとりに珊瑚が楽しそうに笑った。
「……でも、確かに今回も宗佐絡みの問題だけど、きっと助けに来るのも宗佐だろうな」
開かない扉へ視線をやって呟けば、珊瑚も同じ考えなのか「そうですね」と同意してくる。
扉を見つめる瞳は、まるでそこに宗佐が居るかのようだ。
「きっと宗にぃが助けに来てくれます」
珊瑚の口調は先程と同様にはっきりとしていて、断言に近い。
そこには恋心による期待と、加えて妹としての兄への信頼もあるだろう。
だがそういった要素のない俺にも、助けにくるのは宗佐だという思いがあった。皆が探し回ってくれていると分かっていてもなお、不思議と確信めいたものがあるのだ。
扉はまだ開きそうにないが、その時がくればきっと宗佐が姿を現すのだろう。息をきらせ、必死に探し回ったと誰もが一目で分かるほどの様相で、「大丈夫だったか!」と声を荒らげて飛び込んでくるのだ。
その姿は容易に想像できる。
宗佐はここぞという時に決める男だ。
運を味方に着けているし、きっとそういう星のもとに生まれてきたのだろう。ゆえに女の子にモテる……と考えると癪ではあるが。
だがけして、運が良いだの星のもとに生まれただの、そういった要素だけではない。
「宗にぃ、無茶してないと良いけど……」
小さく呟かれた珊瑚の声は弱々しく、不安が隠しきれていない。
それに対して俺は肩を竦めるだけで返した。本来ならば「大丈夫だろう」と彼女を宥めてやるべきなのだが、その言葉を告げる気にはどうしてもなれない。
今頃宗佐は校内を走り回り、鍵を盗んだ二人組を探している事だろう。
誰よりも必死に、自分のことなど一切考えず、焦燥感を隠す余裕もなく、周りが俺達よりも宗佐を心配してしまうぐらいに。
大事な妹のため。俺という友人のため。
宗佐が無茶をしないわけがない。
そしてそんな必死さが、宗佐のいざという時の決め手に繋がるのだ。
確かに運も味方に着けているだろうし、そういう星のもとに生まれているかもしれない。
だが実際のところはもっと簡単で『宗佐が他人のために誰より必死になって行動できる男だから』これだけである。
「でもなんだか癪だな」
「何がですか?」
「助けに来るのが宗佐ってところだ。別にこれが月見や桐生先輩なら構わないけど……」
もしも一緒に閉じ込められているのが彼女達だったなら、俺はさして気にもせず助けを待ち、現れた宗佐を見て「これぞ宗佐だ」と頷いただろう。
……だけど、とチラと珊瑚に視線をやった。
「閉じ込められてるのが妹なら、俺が助けに来たい」
だってそうだろう。
宗佐が必死に探し回って珊瑚の窮地を救うのに対して、俺は何も出来ずここで過ごし、挙げ句に一緒になって助け出されるなんて……。
それはさすがに不服だ。
俺だって格好良いところを見せたい。
そう訴えれば、珊瑚が虚を突かれたと言いたげに目を丸くさせた。
「……そうなったら、ここで私と一緒に閉じ込められてるのはきっと宗にぃですよ」
「それはそれで嫌だな。一緒に居るのも助けに来るのも俺が良い」
我ながらおかしなことを言っている。
現に珊瑚は俺の言い分に再び目を丸くさせ、まるで幼子の我が儘を聞くかのように「なんですかそれ、変な話」と苦笑を浮かべた。
「それじゃあ健吾先輩が二人居る事になるじゃないですか」
「さすがに無理があるな。助けに来るのと一緒に居るの、どっちが良いか……」
「いっそ宗にぃと健吾先輩が閉じ込められたらどうですか?」
「俺と宗佐が?」
「はい。そして私が助けに来るんです!」
俺の発言に当てられてか、珊瑚までもがありもしない話をしだす。助け出す自分の姿を想像しているのか胸を張って妙に得意げだ。
そんな彼女の話に、俺もまたその光景を想像し……、
「俺と宗佐が閉じ込められても、あんまり緊急性は感じられないな」
「確かにそうですね。慌てるのは月見先輩ぐらいな気がします」
「……月見が慌てるのか、それはちょっと心配だ」
俺の想像の中で、月見一人があたふたと落ち着きを無くす。なんて不安になる光景だろうか。
むしろ珊瑚には俺達を助けるよりも月見を宥めてほしいぐらいだ。そう話せば珊瑚が楽しそうに笑う。
そんな彼女を眺め、良かったと俺は内心で呟いた。
閉じ込められた時こそどうなるかと思ったが、今の彼女に不安そうな様子は無い。普段通り落ち着いており、冗談交じりに雑談を交わす余裕すら感じられる。
いまだ携帯電話を手にしてはいるものの、そちらに視線を落とす回数は減った。
俺と一緒だから落ち着いていられるのかも……、
この考えは驕りというものだろうか。だけど今まさに目の前で、閉じ込められているという危機的状況にありながらも珊瑚は笑っているのだ。
その相手は俺で、俺だけで……。
と、ぼんやりと考えていると、珊瑚が何かに気付き携帯電話を操作しだした。
どうやら小坂先生から連絡が入ったらしく、画面を見つめ……、次いで困ったように眉尻を下げた。
「どうした、何かあったのか?」
「小坂先生から連絡がきたんですけど、業者が来るの、あと二時間は掛かるそうです」
「二時間!?」
珊瑚の言葉に慌てて時刻を確認すれば、いつの間にやら三時を過ぎていた。
つまり業者が来るのは五時……。
「文化祭なんてとっくに終わってるな……」
参ったと雑に頭を掻けば、珊瑚も溜息交じりに肩を落とした。
蒼坂高校の文化祭は午後四時までである。
その時間になると終了の放送が流れ、一般来場者が校外へと出ていく。といっても食事中や遊んでいる最中の客を追い出すわけにもいかないので、全員が校舎を出るのに三十分ぐらいは掛かるだろう。
その後も生徒達は残って片付けや打ち上げをするため、最終下校時刻は六時と決められている。文化祭の余韻に浮かれてギリギリまで残っているクラスがほとんどだ。
業者が来るのが五時。
すぐに扉が開いたとしても教師達に事情を説明する必要があり、それが終わればすぐに下校時刻になってしまう。せっかくの文化祭なのに、それはあまりに酷な話だ。
「少し癪ではあるが、やっぱり宗佐に頑張ってもらうしかないな」
今頃校内を走り回っているであろう宗佐の姿を思い浮かべる。
珊瑚が小さく「宗にぃ」と呟き、いまだ開く気配のない扉を見つめた。
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