第29話 思い出の瞬間を一緒に

 


 当ても無く彷徨い、どこに行こうかと周囲を見回す。

 屋内はどの教室も混んでおり、飲食店は殆どが満席かそれに近い。だらだらと過ごすには適していない。


「飲み物でも買ってグラウンドに出るか。それとも体育館か……」

「そうだな。……ところで宗佐」

「ん?」

「月見とは一緒に過ごさなくて良いのか?」


 話の流れで問えば、宗佐が一瞬言葉を詰まらせ……、次の瞬間、わかりやすいほどに顔を赤くさせた。

「なにを突然」と訴えてくるが、正確に言うのなら「な、なな、なにをっ」という具合で、動揺しているのがよく分かる。

 それに対して俺はもう少し揶揄おうかと考え、さも平然と、当然のことを言ったまでだという雰囲気で肩を竦めた。

 暇な時は宗佐を揶揄うに限る。

 きっと俺が宗佐の立場なら、下世話な奴めと睨んでいただろう。


「なにをって言われても、去年は一緒にベルマーク部に行っただろ。月見も珊瑚のクラスのお化け屋敷に行くって言ってたし、ベルマーク部は一緒に行かないのかって疑問に思っただけだ」

「……それだけか?」

「それだけだ。他には全く他意はない。暇だから宗佐の反応を見て楽しもうなんて、そんなこと考えすらしない」

「この野郎……」


 宗佐が恨みがましそうな目で睨みつけてくるが、今の俺にはそれさえも良い暇潰しだ。

 

「……実を言うと、誘ったんだけど時間が合わなかったんだ」

「なんだ、そうだったのか」


 それは残念だったな、と宗佐の肩を叩く。

 話題に出した切っ掛けこそ冷やかしと暇潰しではあるが、俺だって残念がる宗佐を慰めるぐらいの情は持ち合わせている。

 それに、高校最後の文化祭を好きな子と過ごしたいという気持ちは俺にだってあるのだ。残念ながら、珊瑚はベルマーク部の裏方に入るというので俺もそれは叶わないのだが。


 お互い最後の文化祭なのに残念だ、と心の中で己と宗佐を労わる。

 ……のだが、次の瞬間、どういうわけか宗佐がヘラリと緩んだ笑みを浮かべた。締まりのない表情だ。思わず身構えてしまう。


「なんだよその顔、気持ち悪い」

「気持ち悪いとは失礼だな。でも聞いてくれよ、弥生ちゃんと『時間が合わなくて残念』って話をしてたんだ。そうしたらさ……」


 曰く、一度はそこで話が途切れたという。

 だがそこで月見が宗佐の予定を改めて聞き出した。文化祭の終わりはどうしているのかと。

 宗佐は自由時間だからどこに居るかは分からないと答えたのだが、それに対して月見が一緒に過ごそうと言い出したらしい。


『私、最後までお店番だからクラスに居るの。宗佐君、もし良かったら少し早めに教室に戻って来てくれないかな? ……文化祭の終わりのアナウンス、一緒に聞こう』


 と、そう告げたらしい。

 その話に思わず「おぉ」と声を漏らしてしまったのは、第三者ながらに月見の頑張りを感じたからだ。

 この言葉を告げるのにどれだけ勇気がいっただろうか。

 今すぐに月見のもとへ走って、彼女の肩を叩いて「よく言った!」と褒めたいぐらいだ。


「それで、もちろんその誘いには応じたんだよな?」

「当然だろ。だから、文化祭が終わる前に教室に戻ろうぜ」

「俺も?」

「別に行くところも無いし、健吾も戻れば良いじゃん。せっかくだからアナウンスを教室で聞くのも良いだろ?」


 問われ、その通りだと頷く。


 蒼坂高校の文化祭では、終了時にアナウンスが流れる。といっても特別なものではなく、『ただいまを持ちまして……』といういかにもな文言だ。

 だがそれを聞いた瞬間、爽快感と達成感が胸を締める。全ての努力が報われる瞬間だ。準備期間の思い出やら開催中の慌ただしさやら、そういったものが思い出され、中には涙する者もいる。


 その瞬間を、同じ思いを抱く者達と共に迎えたいと思うのは当然。

 部活に励んでいたのなら部員達と、そして俺や宗佐のようにクラスの出し物に専念していたならクラスメイト達と共に……。

 他にも同じことを考え、文化祭終了時に教室にいようと考えるものは多いはずだ。


「そうだな、俺もせっかくだし教室に戻るか」

「二度とない思い出の瞬間だからな。やっぱり皆と過ごした方が良いだろ。……皆と、か。と、ところで、なぁ健吾」

「分かってる。月見と一緒に居られるように協力してやるよ」

「何か飲みたいものはあるか! 食いたいものは! なんだって奢ってやろう!」


 俺の協力を得られると知り、途端に宗佐が活気付く。

 何もかもすべて分かりやすい男ではないか。それに対して俺はベルマーク部で奢って貰う約束を取り付けておいた。



◆◆◆



 顔見知りのクラスで飲み物を買い、ついでに型崩れして売り物にならない焼き菓子を買わされる。半ば押し売りに近いが、これも文化祭ならではだろう。

「食べられるんだし、お前達は見栄えなんて気にしないだろ」という言葉は御尤もである。


 そうして校舎を出て空いている場所を探す。

 グラウンドで催しが行われているのかそちらに流れる客が多く、逆らうように校門の方へと歩けば、花壇の近くに座れそうな場所を見つけた。

 そこに腰掛け、飲み物片手にだらだらと雑談をする。


「今年も人が多いな」

「年々増えてるって言ってたもんな。……変な奴が入ってこないと良いけど」


 蒼坂高校の文化祭は近隣住民や一般客も受け入れており、おかげで毎年客が多く賑わっている。

 それ自体は良いのだが、どうにも一般客に混ざって不埒な輩も入り込んでしまう。はっきり言ってしまえば『ナンパ目的』である。

 現に去年、月見が何度もナンパされ、それを救い出している。聞けば他にもナンパの被害はあったようで、話を聞くたびにやはり検問所の設置をと考えてしまう。


「そのうちどこの団体もベルマーク部ばりのナンパ対策を取るかもな」

「いっそそれぐらいした方が良いだろ。ナンパ目的の男達は二度と近付かせないぐらいにしないと!」


 俺の話に、宗佐が真剣な表情で同意を示してきた。

 来年も蒼坂高校の生徒として文化祭に参加する妹の身を案じ、そして同時に、先日行った遊園地で月見がナンパされたことを思い出しているのだろう。

 今目の前でナンパが行われれば飛んで行って掴みかかりかねない表情だ。


 そんな事を話しながら、目の前を歩いていく客や行き交う生徒達を見送る。


 そうして幾度目かの会話が途絶えたタイミングで、宗佐が「ところで」と話し出した。

 ……妙ににやついた表情で。


「健吾、投票誰にしたんだ?」

「またその話か。しつこいぞ」


 その話とは、文化祭の裏で女子生徒には秘密裏に行われている隠れミスコンの事だ。――正確に言うなら、文化祭の裏で女子生徒には秘密裏に行われている……という事になっている、女子生徒達の温情のもと行われている隠れミスコン、である――

 どうやら宗佐はよっぽど俺の投票先が気になるようで、話題に出すだけでは飽き足らず俺の方に身を寄せてきた。近付いてきた分だけ俺もずれて距離を取る。

 だが今回は逃がすまいと考えたか、空いた距離を再び詰めてきた。


 俺を見つめる瞳が期待と好奇心で輝いている。

 その瞳に、俺は少し前の自分を棚に上げ、下世話な奴めと睨んで返した。


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