第27話 順風満帆……?
教室の扉を出るや、男二人とぶつかりそうになった。
年は俺と同じぐらい。制服ではなく私服なあたり、遊びにきた他校の生徒だろう。
驚く俺に対して彼等は平然としており、それどころか俺には興味が無いと言いたげに首を伸ばして教室内を覗きだした。
「……ここ、何もやってませんけど」
怪訝な色を押し隠しながら教えるも、男達はいまだ教室内を覗き続けている。
何かを探しているであろうことは分かるが、こんな空き教室で一般来場者がいったい何を探すというのか。
俺が様子を窺っていると、目当てのものはないと判断したのか「行こうぜ」と一人が声を掛けて歩き出してしまった。俺には一切用は無いと言いたげな、見向きもしない失礼な態度。
もしやこのクラスの生徒の友人で、何も知らずに教室に来てしまったのだろうか?
態度は悪いが、その可能性は無いとは言い切れない。
「このクラスの奴なら、今は体育館に居ると思いますよ」
立ち去ろうとする二人組に声を掛ける。
だが彼等は振り返ると「なんの話だ?」とでも言いたげな顔で俺を見てきた。次いで俺の言わんとすることを理解したのか「あー、そうなんだ」と軽い口調で返してきた。
興味の無さそうな声色だ。そのうえ「ご丁寧にどうも」という言葉には感謝というよりも皮肉めいた色合いを感じさせる。
「……なんだあれ」
去っていく二人組の後ろ姿に、俺が怪訝に呟いてしまうのも仕方あるまい。
「なんだか嫌な予感がするな……。頼むから今年こそ問題なく終わってくれよ」
そう誰にともなく呟き、ダンボールを抱えながら教室へと戻った。
教室に戻ると相変わらず穏やかな賑わいを見せており、赤ん坊を抱えて出て来た女性に「ゆっくりできたわ、ありがとう」とお礼を言われてしまった。
なんだか気恥ずかしく、こちらこそとお礼を返す。こういう時に気の利いた言葉の一つも出てこないのが情けない。
「あ、育児大臣おかえり」
教室に入るや迎えてくれたのは委員長だ。といっても彼女は仕事中でたまたま扉付近に居合わせただけで、労いの言葉もお座成りにダンボールから目当てのものを抜き取っていく。
次いで俺を見上げると首を傾げ「何かあったの?」と尋ねてきた。どうやら顔に出ていたようだ。
「どうしたの?」
「なんか教室覗いてくる奴がいて……」
といっても、教室を出ようとしたら一般来場者らしき男二人組が扉の前に居て、彼等と一言二言交わしただけだ。
態度こそ不審ではあったものの、何をされたわけでも言われたわけでもない。気にし過ぎかもしれない。
だけど……、
「嫌な予感がするんだ。……こう、長年と言えるほどではないが宗佐と出会ってからの数年で培われた勘がざわつくような」
「や、やめてよ敷島君、縁起でもない事を言わないで。それに、その二人組だってたんに迷子になっただけじゃないの?」
「だと思いたいんだけど、なんか引っ掛かるというか、見た事ある気がするんだよなぁ……」
先程見たばかりの二人組を思い出す。
彼等のことが引っ掛かる理由は不審な態度だけではない。どこかで見かけた気がするのだ。
だがどこで見たのかが思い出せない。それもあって余計に気になってしまう。
「卒業生が遊びに来て、自分達の教室を覗いてたとか? それなら敷島君が見覚えがあってもおかしくないでしょ」
「いや、卒業生ってほど昔の記憶じゃないんだよな……。むしろつい最近な気がする。俺、塾も行ってないし習い事もしてないから、同年代っていうと学校ぐらいしかないんだけど。でもうちの生徒じゃないとなると、どっかで擦れ違ったか……」
「気になるけど、気にしててもしょうがないわね。とにかく何も起こらないことを祈りましょう。……それと、」
委員長がポンと俺の肩を叩いてきた。
「芝浦君を見張って……、いえ、見守っていてね」
「委員長もやっぱり嫌な予感してるんだな」
「そんな事はないわ。ないけど、一応ね……」
委員長が露骨に他所を向いて話す。次いでそそくさと自分の仕事に戻るのだが、なんて白々しいのか……。
だがこれ以上言及する気も起きず、俺も給仕の仕事に入ろうと考えた矢先、「健吾先輩」と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。見れば、一つのテーブルセットに珊瑚達が座っている。彼女と母親と、そして祖母。
俺が気付いたことを察すると、珊瑚が教室の一角を指さす。まるでそちらを見ろとでも言いたげな仕草に促され視線をやれば、給仕用のトレイに飲み物や食べ物を乗せた宗佐の姿。
飲み物は三つ。それと食べ物も三人分。一つのトレイに詰め込んで持ち上げようとする姿は危なっかしいとしか言えない。
「宗佐を手伝えってことか。いつも生意気だけど客になると更に遠慮と容赦が無くなるな」
「敷島君が相手だからでしょ。ほら行ってあげて。三人分のメニューを引っ繰り返されたら堪ったものじゃないわ」
委員長が再び俺の肩を叩いて急かしてくる。
それに対して反論など出来るわけがなく、むぐと一瞬言葉を詰まらせたのち、気恥ずかしさを誤魔化すように宗佐のもとへと向かった。
そうして宗佐と共に注文されたメニューをテーブルへと運び、「お待たせいたしました」と一応給仕らしく振る舞って見せる。
「健吾君、お義姉さんは元気?」
「はい。むしろ元気すぎて、今日も朝一から来るって張り切ってたぐらいです」
朝方見た、まるで自分の文化祭かのようにはしゃぐ早苗さんの姿を思い出す。相変わらず敷島家は賑やかで、今もきっと校内のどこかで賑やかにやっているのだろう。
ちなみに、俺は宗佐や珊瑚のように「自分が店番をしている時間に来て」なんて事は言わなかった。
むしろ出来れば俺のいない時間に……とも思ったが、それを言えば不満があがるのは火を見るよりも明らか。それに店の方針を考えれば早苗さんが休みたい時間に休むべきだ。
なので譲歩案として『早苗さんと末の甥だけで』と頼んでおいた。
それを話せば、おばさんは楽しそうに笑った。
その向かいでは、芝浦家の祖母も穏やかに笑っている。次いで俺に「この間はありがとう」と礼を言ってくるのは、帰りの遅くなった珊瑚を家まで送り届けたことだろう。
以前に月見と委員長に事情を話してからも、二度ほど宗佐に頼まれている。その際に旧芝浦邸を尋ねて顔を合わせているし、それ以前にも、新芝浦邸で宗佐と遊んでいる時に出くわして挨拶をしたことは何度もある。
顔見知りと言えるだろう。もはや改めて名乗る必要も無く「健吾君」と呼んでくる。
「健吾君も早く帰りたいのに、わざわざうちに寄ってくれて」
「いえ、そんな。別に遠回りって程の距離じゃないんで大丈夫です」
むしろ珊瑚と二人で帰れて嬉しかった。
……とは流石に言えずに、誤魔化すように隣に立つ宗佐を肘で突っついた。
「せっかく来てもらったんだし、お前も一緒に席に着いたらどうだ」
「え、俺も? 良いの?」
「別に混雑してるわけじゃないし、平気だろ」
ちらと横目で教室の前方へと視線をやれば、児童用向けアニメを見る子供達……と、その横で体育座りをして一緒になって観賞するクラスメイトの姿。彼等が店番要員であることは言うまでもない。
もっともそれほど暇というわけではないのだが、それでも他所の飲食店よりかは穏やかで給仕も二人か三人程度で事足りるのだ。
「一緒に注文して売り上げに貢献すれば、あいつらよりはマシだろ」
「確かに。それじゃ忙しくなったら直ぐに戻るから」
「それで、注文は……。一番高いセットだな。デザートは選べるけど在庫が一番多いのが良いだろ。飲み物は適当で。よし、待ってろ今持ってきてやる」
「選べるセットなのに俺に選択権が一つも無い!」
あんまりだ! と宗佐が訴える。
ちなみにそれを聞いた珊瑚が「私のデザートと別のもので!」と言ってくるのは、きっと宗佐の分を一口貰うつもりなのだろう。選択権どころか、デザートを丸々一つ食べる権利すらないようだ。
それに対して俺は、まさに出来た給仕と言った体で「かしこまりました」と恭しく応え、教室の後方、飲食物を提供する一角へと向かっていった。
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