第25話 文化祭のお化け屋敷
校内アナウンスが一般開放開始を知らせる。
それと同時に軽快な音楽が流れ、窓の外を見れば来場者達が飾り付けされた門を潜って校舎やグラウンドへと向かうのが見えた。――残念ながら今年も検問所は設けられなかった――
校内にも人が増え、あちこちの教室から楽しそうな声が聞こえ、まさに文化祭といった賑わいだ。
そんな中を、俺と宗佐は校内パンフレットを片手に歩いていた。
目指すは珊瑚のクラス。隣の教室も借りてギリギリまで作り込んだというお化け屋敷である。
そこを見た後は校内を適当に回り、自分達のクラスに戻って仕事をこなす。それを終えたらまた自由時間になるので、珊瑚が給仕に着く時間に合わせてベルマーク部の飲食店へと向かう予定だ。
「お化け屋敷、珊瑚はダンボールの裏で明かりを着けたり消したりしてるらしい」
「なんだ、表の仕事じゃないのか」
「表に出る役だと血のりとか化粧しないといけないだろ。あれ落とすのに時間掛かるらしくて、クラスとベルマーク部の往復のたびに付けて落としてだと手間だからって。だから部活も委員会も無い子が化粧して大枠で仕事して、他は裏方で細かく役割と時間を割り振ってるらしい」
「部活も委員会も無い……。つまり俺達だな」
俺も宗佐も揃って帰宅部。委員会も所属せず、今日の文化祭もさしてやることは少ない。
店番の時間配分を決める際にも『珊瑚のクラスとベルマーク部に、彼女が居る時間帯に行ければ良い』という希望だけだった。
ちなみに、時間配分を決める際に宗佐が「珊瑚に会いたいから!他は自由に組んでくれて良いから!」と熱意的に語っていた。その隣で俺もしれっと「俺も宗佐と同じで」と希望を伝えてうまく便乗出来たのだが、あの時一部のクラスメイトからの視線が妙に生暖かった気が……。
「勘付かれたか……。いや、でも普通に勘付かれるよな」
「どうした健吾? 何の話だ?」
「いいや、なんでもない。それより、妹のクラスってあの一角じゃないか?」
廊下の先に目当ての教室を見つけて指させば、既に数人の列が出来ていた。
「おぉ、盛況だな。それに結構本格的だ」
「これは確かに準備期間ギリギリになるのも仕方ないか」
目の前の光景に、宗佐と揃えて関心してしまう。
廊下はここ一角だけ陰鬱とした空気を醸し出していた。
窓は黒いカーテンで覆い日の光を遮っており、壁にも同様に黒い布が貼られている。壁には血を模した赤い文字で描かれたお札や古びて黄ばんだ掲示物が飾られ、壁沿いに並べられた椅子にもお札が貼られている。
まるで呪われた廃校に迷い込んだような気分だ。
ただ廊下を通るだけでも不安な気持ちになるのか、年若い女性が二人、「凄いね」だの「怖いね」だのと囁き合いながら足早に通り過ぎていった。
「二つ教室使って迷路仕立てにして、よく廊下まで飾り付け出来たな」
「相当大変だったんだろなぁ。珊瑚がよく『黒と赤は当分見たくない』ってぼやいてた」
話しながら列の最後尾に並べば、案内板を持っていた女子生徒がこちらに近付いてきた。
着ているシャツは血のりで赤く染まり、俯いた顔は随分と青ざめ幾筋も血が垂れている。化粧と分かっていても一瞬ギョッとしてしまう様相だ。
ボソボソと抑揚のない声で告げてくるのは、待ち時間と、中の説明や迷路を歩く際の注意事項。話している間も目を合わせず、それがまた不気味な雰囲気を漂わせている。
呪われた廃校に現れる悲惨な死を遂げた女子生徒の幽霊、といったところか。
どうやら既に演出は始まっているようだ。
……もっとも、
「……珊瑚ちゃんは、出口近くの……青いライト担当です……」
そう去り際にボソボソとした声ながらに教えてくれた。
次いでゆっくりと踵を返すと、受付表のある机へと歩いていく。やたらと遅く歩いているのは雰囲気づくりだろうか。背中にも血のりがついており、後ろ姿はやはり不気味だ。
不気味だが親切だ。
しかも軽くこちらに会釈をするあたり、不気味だが親切で礼儀正しい。
「こういうところは文化祭って感じだよな」
見れば、説明係の女子生徒が受付表になにやら書き込み、携帯電話を操作しだした。
中にいるクラスメイトへ混雑具合の連絡か。もしかしたら珊瑚に俺達が来た事を教えてくれたのかもしれない。
古びた廃校を彷徨う血濡れの女子生徒。それが可愛いケースに入った携帯電話を操作する光景はなんとも言えないギャップを感じさせ、そのちぐはぐさがなんとも文化祭らしい。その横を鈴カステラの歩き売りが通り過ぎていくから猶更だ。
そうして俺達の番を待ち、先程の血濡れの女子生徒に案内されて教室内へと入る。
室内は廊下以上に暗くなっており、机とダンボールで迷路仕立てになっている。渡された小さな明かりを頼りに進んでいくと、このお化け屋敷に隠されたストーリーが分かる……というものらしい。
足元は見えにくく、目を凝らしてようやく周囲が見えるほど。
陰惨な事件を記した古びた貼り紙、解決の糸口なのか血文字の走り書き。もちろん全て架空の事件で貼り紙も偽物なのだが、暗い中で見ると言い知れぬ迫力がある。
「よし、行くか宗佐。妹がどこで見てるか分からないんだから、ビビって情けない姿なんて見せるなよ」
「分かってる。それにいざという時には健吾が担いでくれるからな!」
「……お前、もうその発言が情けないんだが」
それで良いのか? と尋ねるも、宗佐は俺の腕に抱き着くように身を寄せやたらと猫撫で声で、
「頼りにしてるからな」
と気味の悪い冗談を言って寄越してきた。
嫌悪感で眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。まだお化け屋敷の入り口なのにもう寒気がしてぶるりと体が震えた。
◆◆◆
手元の明かりを頼りに教室内を巡り、ようやく出口へと辿り着いた。
といっても出た先の廊下も薄暗くなっており、いまだ陰鬱とした雰囲気からは抜け出せていない。
それでも視界の悪い教室から出れば多少は眩しく感じられ、息苦しかった空気が晴れるのを感じた。
「……まさかここまでやって、全ての始まりが人間の愛憎と欲望とはな。救いもなにもあったもんじゃない。三日間はへこみそうだ」
「高校のお化け屋敷で人間不信に陥りかけるとは思わなかった。これを作ったのが己の妹と考えると家に帰るのが怖くなってくる……」
「色々と言いたいところだが、一つ確実な事があるな……」
「あぁ俺も同じ気持ちだ」
薄暗い廊下を足早に歩き、お化け屋敷のエリアを抜ける。
陰鬱としていた空気が一瞬にして失せ、賑やかな文化祭の廊下に切り替わった。まるで別世界に迷い込んでようやく抜け出たかのような感覚だ。
それを実感しつつ、どちらともなく足をとめて振り返る。
俺達が並んだ時よりも廊下の列は長くなっており、いつの間にか案内役の女子生徒が二人に増えている。どちらもシャツを血糊で汚し、陰鬱とした空気を纏っているのは言うまでもない。
その光景を眺めていると、一組の客が出口から出て来た。一般来場者の男女三人組だ。
彼等はなんとも言えない表情をしており、「人間って怖いね……」だの「まさかあんな事になるなんて……」と話し合っている。
微妙に距離を取っているのは互いに疑心暗鬼に陥りかけているのか。
それを眺め、次いで俺と宗佐は顔を見合わせた。
「来年、文化祭委員に追いかけられるのは間違いなくあのクラスだな」
そう俺が結論付ければ、宗佐がなんとも言えない表情でそれでも頷いた。
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