第24話 文化祭当日、朝
遊園地に遊びに行った翌週、ついに蒼坂高校の文化祭である。
登校すれば既にクラスメイトの半分近くが教室で準備に取り掛かっており、皆クラスTシャツに着替えていた。
早めの登校ゆえに芝浦家に寄って宗佐を回収していた俺も、彼等に続くように着替える。もっとも、今回もワイシャツの下に着ているので着替える程ではないが。
「なんだかんだ言ってあっという間だったな」
徐々に飾られていく内装を前に既に達成感を感じ始めていると、隣に立つ宗佐がこっくりこっくりと船を漕ぎながら「そう、だな……」と同意を示してきた。
まだ半分どころか四分の三は夢の中といったところか。この様子を見るにやはり今年も回収して良かった。
一人で登校出来るという宗佐の話を信じていたら、今頃通学路の途中で眠りこけるこいつを探しに行く羽目になっていただろう。
この役割ももう慣れた。
登校時刻を決めた後、満面の笑みで近付いてくる委員長に対して「言わなくても分かる」と返したほどである。
「しかし、妹はもっと早く登校してるんだろ? 大変だな」
「……お化け屋敷……おわ……ない……ベルマー……」
「あぁ、そうらしいな。でも後は最終調整で終わるって言ってたから大丈夫だろ。ベルマーク部の方も壁の飾り付けだけだってさ」
「料理……うまい……」
「あぁ、俺もこのあいだ休み時間に食わせてもらった。やっぱり調理部が作ると本格的だよな」
「……衣装、にあっ……て……」
「そ、そうか。俺は衣装はまだ見てないけど、そうか……似合ってたのか……。うん、楽しみだな……」
夢現な宗佐と会話をすれば、クラスメイト達が「よくあれで通じるな」と感心するように眺めてくる。
……それと、「やっぱり敷島って」と勘繰るように俺を見てくる者もいるが、その視線は無視しておく。
「俺達も準備に混ざるか。宗佐、お前もいい加減に起きろ。くらえ、おはよう!!」
目覚めの一撃、と宗佐を蹴っ飛ばせば、「ぐぇ!」と間の抜けた悲鳴があがった。
俺の一撃を批判する者はいない。むしろ周囲から「ナイスモーニングキック」と称賛の声があがる。
「いたた……。なんだよ健吾、蹴る事は……。健吾!? なぜおまえがここにっ……! はっ、ここは学校!? 俺はいつの間にクラスTシャツに!?」
「それ去年もやっただろ」
「あ、覚えてたか」
あっけらかんと笑う宗佐に肩を竦めて返せば、段ボール箱を抱えた月見が教室に入ってきた。
文化祭で高揚しているのか元より楽しそうな表情が、宗佐を見つけてより一層輝く。
「宗佐君、敷島君、おはよう! ついに当日だね!」
「弥生ちゃん、おはよう。今日は頑張ろうね! それ運ぶのなら俺が持とうか?」
「これは軽いから大丈夫だよ。でも机を向こうの教室に運ぶから、それを手伝ってもらって良い?」
「もちろんだよ!」
月見に頼られたからか、宗佐の返事はやたらと気合が入って嬉しそうだ。今なら机二つ三つ同時に運べるかもしれない。
月見と共に机が寄せられた一角へと向かうが、その足取りも軽い。先程までうつらうつらと船を漕いでいたのが嘘のよう。
これでは、宗佐を必死に起こしたおばさんや、自分は先に家を出るからと宗佐の部屋に家中の目覚まし時計を隠しセットしておいた珊瑚、そしてここまで引っ張ってきた俺の努力はなんだったのか……。
「……そういえば、こんなこと去年も考えたな」
「なんだよ、せっかくの文化祭なのに去年の思い出に浸ってるのか? 若いんだから今を生きろよ」
「木戸か。失礼だな、ひとを枯れたようにっ……!」
枯れたように言うな、と言い掛けた俺の言葉が途中で止まった。
振り返った先には確かに木戸がいる。
……木戸が。
バニー姿で。
去年は黒一色のシンプルなバニー衣装だったが、今年は胸から腹にかけてが白シャツ仕立てになっている。下半身を隠すのはレースの重ねられたスカート。
去年と比べると随分と洒落たデザインになっているが、これが二年目の成せるわざか。なるほど確かに極めている。……まったくもって褒められたものではないが。
思わず「うっ……」と低い声を出して仰け反った。
見るに堪えない光景だ。周りに居たクラスメイト達もこれには絶句し、女子生徒は楽しそうに笑い、男子生徒達は必死に頭を振って記憶を消そうとしている。
「……木戸、なんでわざわざ俺のクラスに来た」
「お前達のクラスの出し物を考えれば、文化祭始まってからじゃ顔出せないだろ。それでもせめて一目見せてやろうという友情だよ」
「……ひとにトラウマを残すのが友情か」
出来るだけ木戸を直視しないように顔を背けて話すも、対して木戸は堂々としたものだ。
……と思ったがよく見ると目が濁っているので、やはり精神的な無理が祟っているのかもしれない。限界は近そうだ。
「そういえば、前に『皆に見せて笑ってもらわないとやってられない』って言ってたな……」
「あぁ、だからこうやって見せられる友人には片っ端から見せて回ってる。一人でも多くトラウマを残せば俺の業も薄まるかもしれないだろ」
「もはや呪いの領域だな」
「そういうわけで、これから芝浦と月見さんにも見せて、あと芝浦の妹にも見せてくる!」
じゃあな! と木戸が走り去っていく。
その後ろ姿を俺はしばらく黙って見届け……、
「これも文化祭だな」
そう結論付けた。
きっと木戸の襲撃を受けて、珊瑚のクラスは騒然とするだろう。だがその賑やかさも文化祭の醍醐味だ。……と思ったが、あのクラスならば木戸の方が飲み込まれるかもしれない。
どちらが強いか。なんて考えるのは無駄だと割り切り、大掛かりな荷物を運ぼうとするクラスメイトを手伝うべく教室に戻っていった。
教室の中央に柔らかなクッションシートを敷き、そこにぬいぐるみや積み木といった玩具を用意し、一角にはボールプールも設置する。低めの仕切りで区切れば、簡易的とはいえキッズスペースらしくなった。
それを囲みどの席からでも遊ぶ子供の様子を見られるように、テーブルセット代わりの机と椅子を配置。
教室の前方には大きめの画面、そこでは五分程度の無音でも楽しめるアニメが常に流されている。こちらもまたどの席からでも観られるようにしてあり、尚且つテレビの前に子供用の椅子も並べておいた。
「結構いい感じになったな」
入り口に立ち内装を確認してみると、これがいつも授業を受けている教室なのかと思えてしまう。
教室全体もパステルカラーを基調にしており、壁には手芸が得意な生徒達が作った飾りが付けられている。
ガーランド、というものらしい。他にも子供が好きそうなキャラクターのイラストやぬいぐるみが置かれており、教室の一角では同じものを販売している。
「これで一日だけってのは勿体ないな」
「そうね。それにこれが最後って考えると、今から取り壊すのが惜しくなってくるわ」
「委員長」
「今年も芝浦君を連れてきてくれてありがとう、育児大臣」
「その呼び方もだいぶ慣れたな」
もはや育児大臣と呼ばれることについては気にならなくなった。
さすがに宗佐や友人達が冷やかし目的で呼んでくる時は反論するが。
「店内の雰囲気も良いし、変な客も来そうにないし。これなら今年は何も起こらずに済みそうだ。……多分、きっと」
「やめてよ敷島君。そういうことを言うと何か起こるのよ……」
縁起でもないと委員長が咎めてくるが、その声は若干だが繕っているような色がある。
彼女もまた予感めいたものを感じているのだろう。
次いでふるふると首を雑に振るのは嫌な予感を掻き消すためか。彼女らしからぬ仕草だ。
「とにかく、こんなところで暗い事を言ってても始まらないわ! というか文化祭が始まっちゃう!」
「あぁ、本当だ。そろそろだな」
「一般開放まであと少しよ。必要なもの以外は全部片づけて、最終チェックと、釣銭の確認。向こうの教室の施錠も見ておかないと」
「大変だな。何か手伝うか?」
「その言葉、去年も聞いた気がするわね」
ふと委員長が考え込む。きっと去年の事を思い出しているのだろう。
確かに、ちょうど一年前の文化祭で同じやりとりをした。あちこちから呼ばれる多忙な彼女を気遣い、手伝いを申し出たのだ。
それに対しての彼女の返答は『手伝って欲しいことを説明する時間が惜しい』だった。
「でも今年は色々と手伝って貰うわよ。なんていったって育児大臣なんだから! とりあえず育児大臣は子供用の飲食物の確認をお願い!」
「その呼び名も今日までと考えれば働く気になるな。……今日までだよな。頼むから今日までであってくれよ」
卒業まで呼ばれるのは勘弁だ。そう呟きながら飲食物を担当しているクラスメイト達の元へと向かえば、
「育児大臣、良いところに!」
とさっそく声を掛けられた。
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