第22話 三人プラス一人

 


「月見さん、一人だったんだ……」

『気になる事があって後ろ見てたら、気付いたら皆いなくて……。スタッフさんにこのゴンドラにって言われて乗ったら私一人で……』

「目まぐるしい速さだったもんな。あの速さに月見が追い付けないのは仕方ない」

『言い返せない……追いつけなかったのは認めざるを得ない事実……!』

「これがフラグ回収っていうものですね。お見事です!」

『珊瑚ちゃん、それ褒められても嬉しくないよぉ……』


 俺達の話に月見が一つ一つ返す。悲しそうに、切なそうに。むしろ今泣いているかもしれない。

 どうやらゴンドラ内の音楽はどこも同じようで、月見の声の合間にオルゴールの音楽が聞こえてくる。それがまた筆舌に尽くしがたい物悲しさを漂わせているのだが、それは言うまい。


『イルミネーション綺麗……綺麗だけど今は辛い……。綺麗なぶんだけ寂しさがより募る……』


 窓の外の景色を眺めているのだろう、月見が切なげに訴える。

 その声は悲壮感が漂っているのだが……、この状況下、そして先程のしんみりとした空気からの一転が、俺達になんとも言えない感情を抱かせていた。


 いや、でも流石に笑うのは月見に失礼だよな、と思わず三人で顔を見合わせる。


 もっとも、それに耐えていられたのも僅かの間。


『私、ゴンドラがてっぺんに到着したら寂しさで消えちゃうかも……。あ、あぁ! 私のあとのゴンドラ、みんなカップル……!!』


 という月見の寂しさをより極めた発言に、俺達はもう耐えられないと笑いだした。



 オルゴールの音楽が穏やかに流れる中、その空気を壊すように俺達の笑い声が続く。

 だってこれは笑うなという方が無理だろう。この間にも電話口からは月見の『笑わないでよぉ』という訴えが聞こえてくるのだが、その悲しそうな声がまた俺達の笑いを誘うのだ。


「い、いや、悪い月見。そうだな、笑うなんて失礼だよな……くっ……」

『謝罪の声が笑ってるよ!』


 もう! と月見が怒りを訴えてくる。電話の向こうではさぞやご立腹な表情を浮かべているのだろう。……美しい夜景を背に、一人で。と考えるとまた笑いそうになる。

 それをなんとか堪え、月見を宥め、誰からともなく一息吐いた。呼吸が笑いすぎて若干乱れているのは仕方あるまい。

 そうしてようやく落ち着きを取り戻し、改めるように珊瑚の携帯電話へと視線を向けた。

 彼女は己の手元にある携帯電話をどうするかと周囲を見回し、そうだ、と言いたげに表情を明るくさせると、木戸の隣、空いた一人分の背もたれと窓枠の間に立てかけるように置いた。


 同じ顔の高さとまではいかないが、それでも背もたれに置かれたことで、『どうしたの?』という電話越しの月見の声は、まるで彼女がそこにいるかのように聞こえてくる。


「月見先輩、空いてる席に携帯を置いたから大丈夫ですよ。ここに座ってる気分で話しましょう」

『珊瑚ちゃん、ありがとう。珊瑚ちゃんは敷島君と木戸君と一緒なの?』

「はい、そうです」

『そっか、それなら……』


 一瞬、月見が言葉を詰まらせる。

 彼女も、もう一台のゴンドラに誰が乗っているか、誰と誰がいま二人きりで過ごしているかを察したのだろう。電話越しでさえ月見が困惑と不安を抱いたのが分かる。

 何か言おうとし、言葉を選んでいるのか。

 だが彼女が話し出すより先に、木戸が「月見さん」と呼びかけた。


「俺達と一緒に話そう。俺、土地勘あるから景色の案内するよ」


 木戸の声色は落ち着いており、そしてどこか月見に頼んでいるようでもある。

 きっと宗佐と桐生先輩を二人きりにさせてやりたいのだろう。……どんな会話が交わされるか、誰よりも分かっているくせに。


『……うん、そうだね。もう少し高くなったら高校も見えるかな』


 返す月見の声にも先程の動揺はなく、こちらもまた落ちついているように聞こえた。



 ◆◆◆



 眼下に広がるイルミネーションは綺麗で、男の俺でも見惚れるほどだ。輝く海を見下ろしている気分で、なるほどこれは人気があるのも頷ける。

 これを珊瑚と二人きりで眺められたな、とも思ってしまうのだが、それは心の隅に追いやっておく。木戸に罪は無い。


 もっとも、俺がイルミネーションに見惚れていたのは僅かな時間。

 ゆっくりと動く観覧車では景色もそう変わらず、てっぺんに差し掛かる頃には早々に飽きてしまった。

 対して珊瑚はいまだ窓辺に張り付き瞳を輝かせて地上を見下ろしており、電話越しの月見も同様、うっとりとした声色で話をしている。

 ちなみに木戸は俺とほぼ同じ頃合いに飽きて、今では「あの工場は」だの「あの建物は」だのとイルミネーションとは全く無関係な説明をしている。


「暗くなっても結構見えるものなんだな」

「深夜になれば別だろうけど、この時間帯じゃまだどこの施設も建物も明かりついてるからな。それにここ同様に早いところじゃイルミネーション始めてるし、駅回りは余計に目立つから分かりやすい。ほら、あの一角見てみろよ」

「ん? ……うわ、なんだあれ」


 促されるまま視線をやれば、駅回りなのだろう明々と輝くイルミネーションが……。あるのだが、いかんせん色合いが酷い。

 観覧車という高台から見下ろしてもわかるほどの強すぎる主張。使える色すべてを使ったと言わんばかりでごちゃごちゃとしている。

 イルミネーションに対してやかましいと思ったのは初めてだ。


「凄いな、あれどこだ?」

「俺が住んでるところの駅。想像を絶するセンスの無さだろ」

「……なぜそれを得意げに言える。ほら妹、こっち見てみろよ」


 面白いものがある、と話せば、反対側の景色を眺めていた珊瑚がこちらを向き、身を寄せて俺達側の窓を覗き込んだ。

 近付いた距離に一瞬ドキリとしてしまったのは言わないでおく。


「なんですか? ……うわぁ」


 これは酷い、と珊瑚が眉を顰める。

 どうやら電話越しの月見も促されて同じ方向を眺めたようで、電話口から『わぁ……』と引き気味の彼女の声が聞こえてきた。


「色をたくさん使えば綺麗ってわけじゃないのに……。キラキラじゃなくてギラギラ、もはやギトギトの領域ですね」

「俺達住民は敬意を評して『ガソリンの表面』って呼んでる。でも一応頑張って個々のモニュメント置いたり結構豪華なんだぜ。……まぁどれ一つとってもセンス無いんだけど。今度見に来いよ」


 どうして地元の悲惨なセンスを語った口で堂々と誘えるのか。

 それを言おうとするも、先に木戸が「二人で」と俺の方へと視線を向けてきた。

 先程の落ち着き払った表情はいつの間にか消え失せ、意地の悪いものへと変わっている。見慣れた表情ではあるものの、かといって視線を受けて気持ちの良いものではない。


「……なんだよ」

「せっかくだから見に来いよ。二人で。今度は俺も邪魔しないからさ」


 ニヤニヤと笑って告げてくる木戸を、唸りながら睨みつける。


「妹、ゴンドラを降りるときに協力して木戸を残そう。こいつ一人でもう一周だ」

「健吾先輩の妹じゃありませんが、その案には全面的に賛成です。木戸先輩なんて一人寂しく観覧車の旅を楽しめば良いんです」

「悪かった、悪かったって。一人で観覧車は勘弁してくれ」


 木戸が苦笑しながら謝罪してくる。

 それを聞き、俺と珊瑚は揃えたように「そこまで謝るなら」と大袈裟に頷くことで許してやった。


「さすがに一人で観覧車は酷だからな。今回は許してやる」

「仕方ないですね。でも確かに一人で観覧車は仕返しでもやりすぎですね」


 俺と珊瑚が仕方ないと話す。

 そんな会話の最後を締めるのが……、


『私、今その状況だよぉ……!』


 という、月見の情けない声だった。


 俺達が揃えて笑いだしたのは言うまでもない。



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