第21話 一縷の望み

 


 イルミネーションを一望出来るという純粋な理由と、そして例の名物スタッフが居るという理由から、この時間帯の観覧車は一番人気である。

 実際に乗り場に辿り着くまでに今日一番の列が出来ていたのだが、それを見越すかのように列周辺もイルミネーションで飾られていた。それを眺めながら、文化祭や学校についての他愛もない会話を……あとここの名物スタッフについて話している間にも乗り場が近付いてきた。


「なるほど、あれは有無を言わさぬ手腕」


 思わず俺が呟いてしまうのは、件のスタッフを目の当たりにしたからだ。


 観覧車はその性質上、ゆっくりではあるが常に動いている。

 そのためスタッフは、ゴンドラが到着すると扉を開け、乗客を降ろし、忘れ物や不備は無いかを確認し、次の客を乗せ、扉を閉め……という一連の作業を短時間で行わなければならない。それが終わったと思えばすぐ次のゴンドラが迫ってくるのだ。

 その作業の目まぐるしさと言ったらない。


 だから多少手荒になっても仕方ない……のかもしれない。多分。そういう事にしておこう。

 目の前でまた新たなグループが手荒にゴンドラに詰め込まれていくのを眺めながらそう思う。


「本当に荒々しいわね……。でもだからこそ、運よく二人きりの素敵な時間、なんて事も有り得るのね」

「うぅ、でも一人になっちゃう可能性もあるんですよね。あ、また一人の子が……一人の観覧車は寂しいから嫌だなぁ……」

「月見先輩、それ『フラグ』って言うんですよ」


 女性陣が荒々しいスタッフを眺めながら話す。

 そんな楽しそうな女性達に対して、俺達は携帯電話をいじりながら、チラと互いを横目で見合った。


 誰が誰と二人きりで乗りたいか、なんて今更な話だ。


 宗佐は月見と、木戸は桐生先輩と。そして俺は……言わずもがな、珊瑚と。

 だが女性陣は総じて宗佐と乗りたいと思っているだろう。

 つまり混乱は免れない。誰と一緒にゴンドラに乗り込むのかは神のみぞ知る、もとい、スタッフのみぞ知る、と言ったところか。


「どうなろうと恨みっこなしだな」


 結論付ければ、宗佐と木戸が苦笑と共に頷く。

 それとほぼ同時に、スタッフの客捌きによりゴンドラに詰め込まれた客達の楽しそうな悲鳴が聞こえてきた。



 そうして、いざ俺達の番となったのだが、スタッフの客捌きは予想以上のものだった。

 案内の途中で「足元に気を付けてください」と言われた気がするが、もはや足元どころではない。それでいて強く背を押されたり強引に腕を引かれるというわけではないのだから不思議だ。

『気付けばゴンドラの中に居た』という感想がまさに。これぞ『あれよと言う間に』である。


 はたと我に返ればゴンドラの扉がガシャンと響く音が聞こえてきた。

 むしろゴンドラの扉が閉まる音で我に返ったというべきか。


「これは想像以上だな。でも楽しかった」

「ビックリした……ワープしたかと思った……」

「……ん?」


 ゆっくりと地上から離れていくのを扉越しに眺め、次いで聞こえてきた声にゴンドラ内に視線をやった。

 そこに居たのは椅子にちょこんと座る珊瑚。彼女もまたスタッフの客捌きに翻弄されていたようで、ふと我に返ったように俺を見上げてきた。


 狭いゴンドラ内で、珊瑚と視線が合う。彼女が小さく「健吾先輩」と俺の名前を呼んだ。

 ゴンドラ内はオルゴールの音楽が静かに流れ、眼下はイルミネーション、頭上では星が輝いている。二人きりで過ごすシチュエーションとしてはこれ以上のものはない。


 ……のだが、


「ごめん、本当にごめん……今回はマジで不可抗力だからっ……」


 と、唸るような声で謝り続ける男が一人。


 木戸である。

 どうやら客捌きによりこいつもまた同じゴンドラに詰め込まれたようだ。


「なんだ、お前も一緒に詰め込まれたのか」

「悪い。邪魔するとかそういう意思はなかったんだ。……というより、あれよという間すぎて俺の意思なんて無いに等しかった」

「だな。確かにあれは人気になるのが分かる」


 そんな事を話しながら、向かい合うように設けられたゴンドラの椅子に腰掛ける。

 俺の向かいには木戸、そして俺の隣には珊瑚。

 その座り方に、またも木戸が「ごめんな」と謝りだした。……今度は若干白々しい。


「向かい合って座りたかっただろうに、俺までゴンドラに乗り込んで……。俺は居ないものとして扱ってくれて良いから」

「お前、いい加減にしないと殴るぞ。それに無理やり詰め込まれたんだから……って、そういえば宗佐達は」


 俺がスタッフに案内――案内と言えるか微妙なところだが――されるより先に、宗佐がゴンドラに乗り込んでいたはず。後ろ姿を見た気がする。……多分。

 記憶があやふやなのは、直後にゴンドラに詰め込まれ、宗佐を見届ける余裕なんて皆無だったからだ。

 そうなると俺達の一台前のゴンドラに宗佐達が乗っているのか。そう考えて窓から頭上を覗き……、「あ、」と小さく声を漏らした。


 俺達の一台前。赤色のゴンドラ。

 鉄枠の窓からこちらを見降ろし手を振ってくるのは宗佐と桐生先輩。

 二人だけだ。二人はしばらくこちらに向かって楽しそうに手を振ると、椅子に座るためか姿を消してしまった。


「……そうか、あの二人で乗ったのか」


 誰にと言うわけでもなく呟き、次いで横目で木戸の様子を窺う。

 木戸はゆっくりと上昇していくゴンドラを眺め、それが互いの角度によって見えなくなると椅子に座り直した。落ち着き払った態度だ。

 そうして俺と珊瑚の視線に気付くと、まるで「言いたいことは分かる」とでも言いたげに肩を竦めた。どことなく辛そうで、それを誤魔化すような苦笑。


「敷島が言っただろ。恨みっこ無し、ってさ」

「まぁ、そうは言ったけど」

「桐生先輩、今回はどうしても芝浦と二人きりになりたいって言ってたんだ。いつもの調子じゃなくて、本気で」

「それって……」


 木戸の話に思わず言葉を詰まらせる。

 珊瑚も察したのか小さく息を呑み、もうゴンドラが見えなくなった窓へと視線をやった。眉尻が下がり、小さく「宗にぃ」と呟いた声が聞こえてきた。


 桐生先輩は宗佐が好きで、宗佐が月見に想いを寄せている事も察している。

 そして他でもない桐生先輩が、宗佐と月見の距離が縮まっている事に気付いていないわけがない。

 なにせ、最初こそぎこちなく『弥生ちゃん』『宗佐君』と呼び合っていた二人だが、今はもう自然に、まるで己に馴染んだかのように互いを下の名前で呼び合っているのだ。


 二人の距離は誰が見ても分かるほどに縮まった。

 明日どころか今日、それどころか観覧車を降りてすぐに告白して付き合いだしてもおかしくない。


 だからその前に、と思ったのだろうか。

 はたしてそれは一縷の望みに賭けたのか、それとももう届かないと察し、それでも己のために決意したのか……。


 だがここで俺がどれだけ考えたところで桐生先輩の気持ちが分かるわけでもない。もちろん、前をゆくゴンドラで宗佐と桐生先輩がどんな会話を交わすのかも分からない。

 そう考え、木戸へと視線をやった。

 窓の外をぼんやりと眺める木戸の表情からも何を考えているのかは分からない。

 胸中はさぞや複雑だろうが、それでもやはり落ち着いているあたり、いずれこうなる事は覚悟していたのだろう。


「ちゃんとけりを付けたいんだろ。……悔しいけど、そういうところも含めて惚れてるんだ」


 真剣みを帯びた木戸の言葉を最後に、ゴンドラ内がシンと静まる。

 緩やかにオルゴールの音楽は続いているがその音はどこか場違いに思え、なんとも言えない空気が漂う。


 そんな空気を壊したのは、珊瑚の「あれ……?」という声だった。

 見れば彼女は真剣な表情で考えを巡らせており、いったいなんだと俺と木戸が揃えて彼女へと視線をやった。


「このゴンドラには、私と健吾先輩と木戸先輩。そして前のゴンドラには宗にぃと桐生先輩……。ということは……」

「妹、それがどうし……あっ!」

「月見さん!!」


 忘れてた! とほぼ同時に俺達は声をあげ、慌てて窓へと張り付いた。

 ゆっくりと動く後続のゴンドラ。あいにくとこちらからは天井しか見えない。

 だが珊瑚が何かに気付いたのか「電話が!」と声をあげた。次いで携帯電話を取り出し、すぐさま操作をする。

 着信を取ってスピーカーにしたのだろう。プツと音がして直後……、


『ひとりで観覧車は寂しいよぉ……。電話で話をしてぇ……』


 という、月見の切ない声が聞こえてきた。



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