第20話 ファインダー越しのきみ

 


 両手に乗せたカメラを眺めながらイルミネーションへと近付けば、そこに居た桐生先輩と月見が俺に気付いて名前を呼んできた。

 元は木戸のカメラを先程は宗佐が持ち、そして今は俺が手にしている。その光景で交代で使っているのを理解したのだろう、月見は楽しそうに「皆の写真見るのが楽しみ」と笑い、桐生先輩は「良い暇潰しね」と事情を察して悪戯っぽく笑った。


「敷島君はどんな写真を撮ってくれるのかしら。楽しみだわ」

「そうやってハードルを上げないでくださいよ。カメラ初心者ですから、ブレずに被写体が写ってるだけで褒めてほしいぐらいです」

「あら、この私を被写体にしておきながら『ブレてなければ褒めて欲しい』なんて贅沢言うじゃない」


 生意気、と桐生先輩が睨んでくるが、それが冗談なのは言うまでもない。

 現に彼女はすぐに表情を変えて、今度は俺の手の中にあるカメラを覗きこんできた。「それにしても立派なカメラね」という言葉には、カメラへの純粋な感心と、そしてそれほど立派なカメラが主に己を撮影する目的のためという事への呆れが綯交ぜになっている。


「私達を撮ってくれるのは嬉しいけど、せっかくだからイルミネーションも写真に撮っておいてね。……まぁ、持ち主が木戸って時点で、イルミネーションだけの写真なんて直ぐに削除しそうだけど」

「さすがにあいつも一年は……いや、半年は保存しておくと思いますよ。半年もたなくても三ヵ月ぐらいは……。……気にいった写真は早めにデータ貰うか現像させた方が良いとは思いますけど」

「友達からの信頼が薄いにも程があるわね。なんだか隠し撮りされてないか心配になってきたわ。後で奪って確認しておかないと」


 先程まで呆れ交じりとはいえ感心の色を見せていた桐生先輩のカメラに対する視線が、今ではすっかりと十割疑惑の色に染まってしまった。眉根を寄せて怪訝そうに凝視している。

 もっともこれも冗談でしかなく、俺が「写真のモデル代としてカメラを奪う時は協力します」と告げればパッと顔を上げて楽しそうに笑った。

 イルミネーションを背景に笑う彼女は綺麗で、そんな彼女をさっそくと一枚撮影する。

 ファインダー越しに確認してシャッターを軽く押せば、内部の機械が動く僅かな反動が手に伝い、カシャンと小気味良い音が間近で聞こえてきた。


 手の中にズシリと感じる存在感とシャッター音。

 なるほどこれは気持ちが良い。


「なんだかたくさんカメラマンがいるみたいで、モデルになった気分」


 嬉しそうに、そして少し照れ臭そうに話すのは月見だ。彼女にもカメラを向けて再びシャッターを押す。

 俺の耳元でカシャンと音が鳴る。家庭用のコンパクトカメラの明らかな電子音とは違う、いかにもといったシャッターの音。


「どう? なんだか難しそうだけど、操作できそう?」

「あぁ、軽く説明受けただけでも操作は出来るな」


 きっとレンズや設定を拘ろうとすれば奥深く、拘れば拘るほど使いこなすのは難しくなるのだろう。

 だがこのカメラにも家庭用デジタルカメラと似通ったところは多々あり、基本的な設定をしたうえで下手に弄らなければ操作自体は簡単だ。

 それでも重みと手応え、それにいかにもなシャッター音が不思議と意識させる。本体には液晶モニターが着いており画面で撮影風景を確認できるのに、それでもついファインダー越しに景色を見てしまうのだ。


「拘れば色々と変えられるらしいし、嵌れば抜け出せなくなりそうだな。これが沼ってやつか。月見も後で借りてみたらどうだ?」


 月見が使ってみたいと言い出せば、木戸は喜んで貸して、俺や宗佐相手よりも丁寧に説明するだろう。その際にコソリと「桐生先輩多めに撮ってきて」と言い出すかもしれない。いや、確実に言う。

 それを話せば月見が楽しそうに笑う。その笑っている表情をまたも一枚とシャッターを押した。


 手応えと同時にシャッター音が耳に届けば、なんだかうまい写真が撮れたような気がしてしまう。

 これが木戸が先程言っていた『カメラの良さ』というものだろうか。

 これは確かに良いものだ……と、そんな事を考えながら、二人で並ぶ月見と桐生先輩を一枚写真に収め、次いで周囲を見回した。


 珊瑚は、と周りを見て、ドーム状のイルミネーションの下に立つ彼女の後ろ姿を見つけた。

 ドーム周辺、周りどころか屋根までも光の星が覆い、足場も淡く照らされている。中に入れば四方どころか頭上も足元もすべて光に囲まれるのだろう。

 珊瑚はその中に立ち、屋根から吊り下げられて揺れる星形のイルミネーションを見つめている。


 その光景は綺麗の一言に尽きる。


 これは撮るべきだとカメラを手に珊瑚のもとへと向かうも、彼女は随分とイルミネーションにご熱心のようで俺が近くまで来ても気付いていない。

 ただじっと、この光景に溶け込むように頭上の星を見上げている。


 イルミネーションで飾られたドームが見切れないように、後ろ姿を一枚。

 もう一枚、今度は少し近付いて……。

 ずぶの素人のくせに構図なんてものを考えながらファインダー越しに珊瑚を捉えれば、彼女がゆっくりとこちらを振り返り……、



 俺がカメラを構えている事に気付くと、穏やかに、嬉しそうに、目を細めて笑った。



 輝くイルミネーションを背景に……、

 いや、彼女自身が、むしろ彼女を起点に世界が輝いて見えた。



「……っ!」

「健吾先輩、今度は健吾先輩がカメラマンなんですか?」


 珊瑚が光のドームから出て俺に近付いてくる。

 それに対して俺はカメラを手にしたまま、コクコクと頷いて返した。


「こんなに可愛い美少女が被写体なんですから、ちゃんと撮ってくださいね」

「あ、あぁ……よく撮れてた、と思う」

「光り輝くイルミネーションに囲まれた、可憐で繊細な美少女。これは賞を狙えますね。賞金は半分こですよ!」

「……そう、だな」

「健吾先輩?」


 俺からの反応が薄いからか、珊瑚が不思議そうに俺の顔を覗いてくる。

 小首を傾げ、瞳はじっと俺を見つめ……。

 イルミネーションに囲まれているからか、それとも先程の余韻か、いまだ俺には彼女が輝いて見え、慌てて視線をカメラに落とした。


 心音が自分の中で響く。

 周囲で流れているはずのオルゴールの音色なんて一つも耳に届いてこない。


「えっ、と……。そ、そろそろカメラを木戸に返してくるな」

「そうですか。なら私達もいい加減に観覧車に向かって歩かないと。このままだとここのエリアだけで閉園時間になっちゃいますね」


 自分達の歩みがイルミネーションに見惚れるあまり遅くなっている自覚はあるのか、珊瑚が楽しそうに笑い、月見と桐生先輩の元へと向かっていった。

 珊瑚が話しかけるや二人が時間を確認するあたり、どうやら彼女達は自分達の歩みの遅さを自覚していなかったようだ。

 誰からともなく、「行こう」とこちらに声を掛けてくる。


 それに最初に反応したのは宗佐だ。周囲をぼんやりと眺めていたが、呼ばれるや足早に進んで珊瑚達と合流する。

 続いて、木戸もそちらへと合流しようと俺を追い越し……、


「良かっただろ、カメラ。これが『ファインダー越しの世界』ってやつだ」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、俺の手からサッとカメラを取っていった。


 俺の脳裏に、先程ファインダー越しに見た光景が蘇る。

 イルミネーションを背景に、嬉しそうに、楽しそうに、そして少し照れ臭そうに微笑む珊瑚の表情。


 あれがカメラに、いや、カメラを構えた俺に、俺にだけ向けられたものだというのなら……、


「良いな、カメラ」


 そうポツリと呟いて、イルミネーションと先程の余韻で光り輝く景色の中、珊瑚達を追うべく歩き出した。


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