第17話 怖がりで意地っ張り
珊瑚の話を参考にするのなら、俺を中心にして皆で身を寄せ合い、一塊になってぞろぞろとお化け屋敷を進む……。
誰もがその光景を想像し、代表するように宗佐がポツリと呟いた。
「……暑っ苦しいな」
うんざりだと言いたげな顔だ。それは俺がしたい反応だがこの場で文句は言うまい。
それよりもさっさと結論付けようと、「そこまでして入りたいか?」とお化け屋敷へと視線をやりながら問えば、誰からともなくふるふると首を横に振った。
所詮はお化け屋敷……と言ってしまえばスタッフに失礼だが、あまり手の凝っていないうえに明らかに低年齢対象のお化け屋敷は「そこまでして入らなくても」という気分になる。
「それなら屋内行こうぜ。プラネタリウムだっけ、映像見られるのもあるらしいし」
俺の提案に異論はあがらず、誰からともなく同意を示して歩きだす。
怯えていた月見は分かりやすく安堵の表情を浮かべ、それどころか「プラネタリウム楽しみだね」と既に気持ちを切り替えている。
彼女に同意を求められ宗佐も頷いているが、この男がプラネタリウムなんてロマンチックなものを楽しみにするとは思えない。おおかた『プラネタリウムを喜ぶ月見を横目で眺めたい』と、こんな下心があるだろう。
「ここのプラネタリウム、星座の説明の最中に海の景色になるらしいわね」
とは、満更でも無さそうに園内マップを眺める桐生先輩。
いそいそと建物へと向かう彼女を木戸が「楽しみですね!」と追いかけるが、こいつもまたプラネタリウムを楽しむタイプではないのは明らか。むしろ木戸の場合、プラネタリウムが暗いのを良い事に横目で眺めるどころかガン見しかねない。
そんな面々を先に行かせ、俺はふぅと一息吐き……、
「うまく回避出来てよかったな、妹」
俺の隣にいた珊瑚に横目で視線をやった。
彼女は俺を見上げ、次の瞬間わかりやすくはっと息を呑んだ。
俺の腕を掴んでいた手を慌てて放してそっぽを向く。
「な、なんの話ですか……!」
「いやぁ、それにしてもあの誘導はちょっと難しすぎるだろ。俺がうまく話を進めなかったら、今頃みんなで俺を囲んでお化け屋敷だったぞ」
「別に……、私はそれでも構いませんけど」
ツンと澄まして珊瑚が歩き出す。
それに遅れを取るまいと歩幅を合わせて彼女の隣に並んだ。まるで着いてくるなと言いたげに睨んでくるが、彼女の胸中を理解している今の俺にはその表情も愛でる要素でしかない。
「しかし、去年の文化祭は事故物件を調べて、今年は自分達もお化け屋敷をやるのに、本物のお化け屋敷は怖いのか?」
「……怖くありません」
「はいはい、怖くないんだな。それで、どうして怖いんだ?」
「……自分で作るのと第三者が作ったものとは別物です」
「そういうものなのか」
「そういうものです。これはクリエイターゆえの繊細な拘りです」
歩きながら断言する珊瑚に、なるほどな、と俺も頷く。確かに一理あるかもしれない。
つまり、作り手になって怖がらせるのは良いが、怖がらせられる側に回るのは嫌という事なのだろう。
珊瑚らしいと言えば珊瑚らしい話だ。『クリエイター』だの『繊細』だのと小難しい表現をして誤魔化そうとするあたりも彼女らしい。
もっとも当人は冷静を装っており、
「私はお化け屋敷に入っても良かったんですけど」
と、いまだ強がっている。
「それなら、今から戻って入るか」
足を止めて俺が誘えば、珊瑚もつられるように立ち止まりぎょっとして俺を見上げてきた。
どうやらお化け屋敷は完全に回避できたと油断していたようだ。予想外の流れだと表情が無言ながらに物語っている。
その表情は分かりやすく、そしてちょっかいを掛けたくなってしまう。
「で、でも、もう皆さん移動してますし。月見先輩も桐生先輩もプラネタリウムに行く気ですよ」
「ずっと一緒に行動しなきゃいけないわけでもなし、俺達だけ戻って入っても良いだろ」
なぁ、と同意を求めるも、珊瑚からの返事はない。その代わりに悔しそうに唸る声が聞こえてきた。
きっと彼女は俺の言葉が本気ではないと分かっているのだろう。……本気ではなく、唸る自分を愛でているに過ぎない、と。
だからこそ居心地悪そうな表情を浮かべているが、ムスと唇を尖らせると「宗にぃ」と宗佐の名を口にした。
「健吾先輩に、無理やりお化け屋敷に連れていかれたって宗にぃに言います」
「やめてくれ」
「私は嫌だって言ったのに、皆とプラネタリウムに行きたかったのに、健吾先輩が無理やり手を引っ張って……」
「そんなこと宗佐が知ったらどうなるか……! なるほど、お化けより恐ろしいのは人間だな」
珊瑚のクラスが文化祭で作るお化け屋敷の話を思い出す。『結局、一番怖いのは人間』というやつだ。
こういう事かと呟けば彼女は得意げに笑い、「さぁプラネタリウムに行きましょう」と意気揚々と歩き出した。
◆◆◆
プラネタリウムを見終わり、その後も屋内施設で遊ぶ。
屋内は映像系のアトラクションが多いようで、一面の花畑かと思えば花びらが舞い一瞬にして大海原に変わる映像の景色を眺めたり、携帯電話の画面越しに映る風船を打ち落としたりと、乗り物とはまた違った楽しみがあった。
それらを堪能し、屋内にある土産物屋を見て、ついでに建物内にあるレストランで軽く食事をする。――『軽く食事』に男女差があるのだが、これはもう今更な話だ――
そんな中、そろそろ外に出ようかとなった頃に月見が「あ、」と小さく声をあげた。
次いでなにやら鞄を漁り出す。その仕草から、彼女が何かを無くしてしまったのは一目瞭然。
「さっきのレストランにハンカチ忘れてきちゃった」
うっかりしていたと月見が話す。
曰く、軽食を取ったレストランでハンカチを鞄から出し、テーブルの端に置いたまま席を立ってしまったという。
戻って取ってくると話す月見に俺達も同行を申し出るが、大丈夫だと彼女は笑って返した。
「お店の人に聞いてみるだけだから、私一人で平気だよ。皆は出口のところで待ってて」
大人数で戻ったところで、結局は店員に探してもらうだけだ。下手すると他の客の邪魔になりかねない。
そう考えたのだろう「行って来るね」と告げて月見が来た道を戻っていった。
忘れ物をしたというレストランはつい先程まで俺達がいた店で、同じ建物内にある。そう遠くも無いし、心配することも無いだろう。
ならばと俺達も誰からともなく歩き出した。
……月見は直ぐに戻ってくるだろうと考えながら。
そんなやりとりから十分は経っただろうか。
俺達はいまだ建物の出入り口で月見を待っていた。いまだ彼女は戻って来ていない。
遅い、明らかに遅い。どう考えても遅い。
そして誰の携帯電話にも連絡がなく、こちらから連絡を入れても返事は無い。それがまた心配を募らせる。
たとえばハンカチが店に無く案内所に問い合わせる事になったとしても、月見ならば一言連絡を入れるはずだ。何の連絡もせず俺達を待た続けるなんてことしないはず。
となれば、戻ってこれず連絡も出来ない何かが起こったのか……。
「さすがに遅いよね。返事も無いし。もしかして何かあったのかも……。よし、行こう!」
誰より落ち着きを無くしていた宗佐が、居ても立ってもいられないと言いたげに声をあげた。
それどころか、俺達の返事も聞かずに月見が戻っていったレストランへと歩き出してしまう。その態度と普段より足早な歩きから、どれだけ宗佐が焦っているのかが分かる。
だが心配で焦っているのは俺達も同じこと。さすがにこれだけ時間が掛かるのは異変としか思えない。
ならばと俺達も宗佐の後を追うように来た道を戻っていった。
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