第16話 頼りになるのは
お化け屋敷も遊園地のメインの一つに挙げられやすいアトラクションだ。
有名どころでは大掛かりな廃墟や廃病院を作り上げ、出口まで一時間以上かかるとも聞いた。途中で棄権する者が多発する本格的なものもある。
だがここの遊園地のお化け屋敷はそこまで本格的なものではない。
建物こそ趣ある和風な作りではあるが全体的には小規模。和風のお化け屋敷といえば古く陰鬱とした空気は定番だが、そういった雰囲気づくりを抜きにしても古めかしい。
壁には妖怪をだいぶデフォルメしたキャラクターの絵が飾られており、怖さよりも可愛さが勝る。現に、黒い化け猫の絵を見て珊瑚は「可愛い」とうっとりとして携帯電話で写真を撮っている。
建物内の怖さもそこまでのようで、入り口の看板に書かれている対象年齢は低い。
俺達が眺めている間にも家族連れが出てきて、小学校高学年らしき女の子が「怖かったね」と笑顔で話している。
「これなら平気そうだな。……月見以外」
「そうだな、大丈夫だろ。……月見さん以外」
「普通に楽しめそうだね。……弥生ちゃん以外」
男三人、お化け屋敷の外観を見上げながら話す。
その間にも「キャー」と女性の甲高い悲鳴が聞こえてきたが、これは先程のジェットコースターで聞こえてきた悲鳴と違い、明らかに人工的な音声である。そのうえ悲鳴の後には、ヒューと高い音と、続いてドロドロと何とも言えない低い音が続く。
いかにもだが、いかにも過ぎてなんだかチープにさえ感じられる。
これを高校生が怖がるのは無理があるだろう。
……月見以外は。
「だ、大丈夫。来年は大学生になるんだから……!」
「なんでそう意気込むんだ。月見、無理しなくて良いんだからな。外で待ってても良いし、別にこれに入らずに他のところに行っても良いし」
二連続で恐怖を与えては、月見の精神がイルミネーションまでもたないかもしれない。
そのうえ、座って悲鳴をあげていれば終わるジェットコースターと違い、このお化け屋敷は客が自ら歩いて進まなければならない。恐怖のあまり途中で立ち止まる、なんて可能性だっておおいにあり得る。
そう考えて同意を求めれば、お化け屋敷には興味が薄いのか宗佐と木戸が頷いて返してきた。先程ジェットコースターで月見の反応をおおいに楽しんだ桐生先輩も同意を示しているのは、さすがに二連続は酷と考えたのだろう。
お化け屋敷は入らずに他に行こう、そう提案するも、俺の意思に反して月見は「大丈夫だよ!」と更に意気込んだ。
「私、入れる! 怖がってばかりじゃいられない!絶対に怖がらないよ!」
「いや、お化け屋敷側も多少は怖がってほしいと思うけどな。……そうじゃなくて。参ったな、焚きつけたか」
逆効果だったか、と呟いたのは、結果的に月見を焚きつけてしまったからだ。
思い返せば、去年の夏のウォータースライダーも先程のジェットコースターも、彼女はこれでもかと怖がり震えながらも辞退だけはしなかった。
温和な性格ではあるが芯は強いのだ。……今この場でその芯の強さは必要かと問いたいが。
さてどうするべきか、と考えるのとほぼ同時に、ぐいと俺の腕が引っ張られた。
「大丈夫ですよ、月見先輩。可愛く可憐で繊細な女の子は、自ら入ったお化け屋敷と言えども守られるべき存在なんです!」
よく分からない発言と共に、珊瑚が俺の腕を抱き着くように掴んでいる。
……俺の腕を。
宗佐の腕ではなく。
「え?」
と思わず声をあげてしまう。
「暗がりの中、お化けに悲鳴をあげる儚い女の子を男の子が助ける。よくあるシチュエーションじゃないですか」
とは、俺の腕を掴んだまま話す珊瑚。
彼女の言う事は尤もだ。
お化け屋敷に入った男女。怖がる女性を男が手を引いて進む……なんて光景は容易に想像がつく。怖がるあまりに抱き着いてしまったり、ぶつかったり、なんてシチュエーションも定番。
といっても俺にそんな経験があるわけでもないし、たんに定番と知れ渡っているだけだ。むしろこの考えも古めかしくチープと言えるかもしれない。
だが今気にすべきはそんな考えのチープさどうのではない。
珊瑚がその主張をしつつ、なぜ俺の腕を取っているかだ。
触れる体の感覚に冷静を取り繕うのに必死である。僅かにでも腕を動かせば胸に触れてしまいそうで、辛うじて残った理性がガチリと音がしそうなほどに俺の体を固定している。
幸い俺の内心の必死さには誰も気付かず、みんな不思議そうに珊瑚を見ている。
宗佐だけは「俺だって頼りになる!」と訴えているが、これは兄としての意地だろう。
「……い、妹?」
「健吾先輩の妹じゃありませんが、私が守られるべき繊細で可愛い女の子という点は疑う余地もありませんね」
「またわけの分からないことを……」
いったい何を言ってるんだ、と疑問を抱きながら、それでも話を促すように珊瑚に視線をやる。
もちろん彼女を振り払ったりなどはしない。……正直に言えば、彼女に頼られているのはだいぶ気分が良い。
このまま二人組に分かれてお化け屋敷に入れば、なんとなく良い感じのチャンスが……なんて下心を抱きかねないほどだ。この考えもまたチープなのは言われずとも分かっている。
だが気分は良くても疑問は残る。
どうしてわざわざ宗佐の目の前で俺の腕を取るのか。普段の彼女ならば宗佐の腕を取り「妹を守るのは兄の役目!」とでも言っていそうなものなのに。
あえて見せつけることで宗佐の嫉妬を煽っているわけでも無いだろう。……嫉妬させたところで、所詮宗佐の嫉妬は『兄として』の域を出ないのだから。
だからこそ、どうして俺なのかと問えば、珊瑚は当然と言いたげな得意げな表情を浮かべた。
「ここのお化け屋敷、機械じゃなくて人が出てきて怖がらせるタイプなんです。だからです!」
「だから?」
人が怖がらせるお化け屋敷で、どうして俺なのか。
俺も皆も珊瑚の言わんとしていることが分からず、自然と彼女に視線が集まる。
そんな注目を一身に浴びながら、彼女は堂々と俺の腕を強く引っ張り、
「いざという時、物理で一番強いのは健吾先輩です!」
と、高らかに宣言した。
「た、確かに、何かあった時に一番強いのは敷島君……!」
「月見、妹の話を真に受けるんじゃない」
「そうね、このメンバーの中でいざという時の物理攻撃は敷島君が一番だわ」
「桐生先輩、乗っからないでください。こんな状況で物理攻撃を褒められても嬉しくありません」
なぜか納得しかける月見と桐生先輩を宥める。
だが珊瑚の言い分はこれだけでは無いようで、「それに」と続けてもう一度俺の腕を引っ張った。
「お化け屋敷って本物が寄ってくるって言いますよね。もしそうなった場合、一番に抱えて逃げてくれそうなのも健吾先輩です!」
再び響く、高らかな珊瑚の断言。
「確かに珊瑚の言う通りだ。健吾なら間違いなく担いで逃げてくれるな。俺は手を引いて逃げるのがやっとでも、健吾ならすぐに担いでくれるはずだ」
「お前も真剣に考えるな、宗佐」
「あぁ、敷島なら間違いなく担ぐな。今想像したけど俺も担がれた」
「木戸、なんでお前まで担がれてるんだ」
どういうわけか、今度は男達までも納得しだす。
それを一つ一つ訂正するも誰もが真剣な顔付きで頷いているあたり、珊瑚の話は相当な説得力があったようだ。月見に至ってはそろそろと俺に近付いてくるではないか。
彼等の中で俺はどんな立ち位置なのだろうか……。
もっとも、正直なところたぶん俺も有事の際には担いで逃げそうな気がする。
むしろ珊瑚に関しては、状況が違うとはいえ熱中症になった彼女を担いだ記憶がある。
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