第15話 名物観覧車とチャレンジャー達

 


「ここの観覧車、日中と夕方でスタッフが変わるらしいんだ」

「そりゃあシフトとかそういうのだろ」

「うん。それで、夕方から夜にかけてのスタッフが……、とにかく客の意思を聞かずにゴンドラに押し込むらしい。問答無用なんだって」

「……はぁ?」


 真剣な顔付きの宗佐の話に、対して俺は間の抜けた声を返してしまった。

 だがそれも仕方ないだろう。客の意思を無視してゴンドラに押し込むスタッフなんて居るわけがない。

 なのだが宗佐は「本当なんだって!」と言い張り、携帯電話を手にした。


「乗り場のスタッフに問答無用でゴンドラに乗せられて、抗う暇もなく扉を閉められるんだって。ほら、この記事とか、この人達も」

「……本当だ。うわ、これなんか一人で乗せられたって書いてあるな」

「見てみろ、こっちには『五人以上のグループで行くとこちらに人権はない』って書いてある」


 男三人で身を寄せ、宗佐の手にある携帯電話に表示される記事へと視線を落とす。

 そのどれもがこの遊園地の観覧車を……そこで働く夕方からのスタッフについてを語っている。


『有無を言わさぬ客捌き』

『気付けば観覧車に乗って扉が閉められていた』

『他人と乗せられないのは温情か』


 と、到底観覧車についての感想とは思えないものばかりだ。


「これ、よくクレームにならないな」


 普通こんな強引なスタッフが居れば文句の一つどころではないだろう。客からの不評が相次ぎ、即スタッフ変更になるはずだ。

 だが記事のどれもがこのスタッフの客捌きを楽しんでいる色があり、それどころか『次こそは』と再チャレンジを誓っているのだ。

 挙げ句に、中には名物スタッフの手を掻い潜り意中の相手と二人きりになれたと喜ぶ記事や、スタッフにより意識していなかった子と二人きりになり、意外と話が弾んでそれから……等という浮かれた記事まである。


「なるほど、うまいこと名物化してるんだな」

「あと、独り身の絶大な支持も得てるらしい。まぁカップルで行けばさすがにばらばらにはされないらしいけど。ほらここ、『グループデートを楽しもうとしている若者達が翻弄される様は観ていて絶景』って書いてある」

「愛と憎悪が入り混じった観覧車か……。クリスマス当日なんて、いろんな思惑が入り乱れて禍々しそうだな」


 そんなことを話しつつ、観覧車へと視線を向ける。

 観覧車は日の明かりの中ゆっくりと動いている。今は日中のスタッフゆえに、強引な客捌きの名物スタッフは居ないだろう。

 だが日が落ちると周囲はイルミネーションに飾られ、観覧車も鮮やかにライトアップされる。日中の空に割く大輪の花が、そのまま夜の暗がりに咲き誇るのだ。


 そしてそれを管理するのが、有無を言わさぬスタッフ。


「イルミネーション始まったら乗るか」


 俺が提案すれば、宗佐と木戸が同時に頷いた。


 変なジンクスだと、馬鹿な話だと呆れてしまう。

 ……のだが、それでも知ってしまったら挑みたくなってしまう。なるほど、これは人気になるのも頷ける。




 そんな会話からしばらくするとハンドメイド展から女性陣が出て来た。堪能できたのか満足そうな表情をしている。

 そうして次は何に乗るかと誰からともなく話し、アトラクションを回っていく。

 遊園地には大小様々なアトラクションがあり、中でもジェットコースターはこの遊園地の目玉ともいえる。遠目に居ても悲鳴が聞こえてくるほどだ。


 それに乗ることになったのだが……、


「だ、大丈夫……。私もう高校三年生だから……! 来年は大学生になるんだもん……!!」


 というのは、カタカタと見るからに分かるほど震えている月見。


 この光景を眺めて思い出すのは、去年の夏に同じメンバーで行った大型プールだ。

 ウォータースライダーでも月見は同様に震え、怯え、そして「高校生だから滑れる……!」と己を鼓舞していたのだ。

 懐かしい、と思わず過去を思い出しながら、スタッフの指示に従ってシートに座る。俺の隣に座るのは木戸だ。

 ジェットコースターに対して恐れる様子はなく、むしろ前に座る月見に対して「月見さん、大丈夫?」と気に掛けている。


「今回もあの月見の奮い立たせ方は逆にこっちが不安になってくるな……」

「あぁ、見てみろ、さすがの桐生先輩も宥めてる」


 俺達の前には、震える月見と桐生先輩が座っている。

 最初こそ月見の反応をコロコロと笑いながら眺め、時に茶化していた彼女だが、さすがに今は見兼ねて宥めてやっている。

 そしてそんな二人の前、俺達のグループの最前列に座るのは……、


「月見さん、平気? 大丈夫?」


 と後ろに座る月見を案じる宗佐と、


「後ろが面白そうなのに!振り向けない!」


 と安全バーで上半身をガッシリと押さえられている事を悔やむ珊瑚。



 各々の反応を見せる面々を眺められる最後尾という俺達の席は、ある意味でジェットコースターを誰より楽しめる席かもしれない。

 そんなことを考えれば、運転開始を知らせるブザーが響き、ゆっくりとコースターが坂を上り始め……、


 そして最高点に到達し落下を始めると共に、月見の情けない悲鳴があがった。






「最高に楽しかったわ!」


 とキラキラと輝いた桐生先輩と、


「お恥ずかしいところを……」


 としょんぼりとした月見が、階段を降りてくる。


 一足先に彼女達より先に出口に到達した俺と木戸が二人を迎え、そして念のため月見は近場のベンチに座らせておく。

 よっぽど怖かったのだろう、月見は座るやいなや「地面って良いね」とわけの分からない安堵をするのだが、これには俺と木戸も揃えてふきだしてしまった。これを笑うなというのは無理だろう。


 次いで出口から出てくるのは珊瑚と宗佐だ。

 珊瑚は笑いを堪えるようにムグムグと口元を歪ませ、宗佐は階段を降りてくるや慌てて月見の元へと駆け寄ってきた。


「弥生ちゃん、大丈夫だった!?」

「だ、大丈夫……。ちょっと怖くて……」


 つい叫んじゃった、と月見が恥じる。

 といっても、ジェットコースターで叫ぶのは別段おかしな話ではない。現に今も頭上を見上げれば一台のコースターが駆け抜け、それに合わせてキャーキャーと悲鳴が聞こえてくる。


 ジェットコースターは叫ぶもの。……とまではいかないが、叫んでスッキリするのもジェットコースターの醍醐味の一つだろう。

 だから月見がそこまで恥じることは無いのだが、どのような状況であれ大きな声を出したことが彼女にとっては恥ずかしいのだろう。普段大人しく控えめだから猶更だ。

 ……それと、月見の悲鳴は他の楽しむ悲鳴と違い、本気だったからこそ恥ずかしい、というのもあるのかもしれない。


「月見先輩の悲鳴、凄かったですね。高低差に合わせて悲鳴も緩急が着いて、聞いていて面白かったです!」

「私は一回転した時の悲鳴が好きだわ。『きゃああ』って上がってた悲鳴が、回転した瞬間だけ一瞬静かになって『きゃ……?』って疑問の色が浮かんだの。もう、ジェットコースターに対して悲鳴をあげれば良いのか月見さんに対して笑って良いのか」


 思い出し、桐生先輩が口元を押さえる。しばらく肩を震わせ、次いで目元を細い指先で拭った。笑いを堪えて涙が浮かんだのだろう。よっぽどだ。

 珊瑚も楽しそうで、つられて俺達も笑いそうになるが、さすがに本人を前にとなんとか耐えた。

 宗佐だけはいまだ月見を案じ、俯く彼女を慰めようとしている。……のだが、「弥生ちゃんの悲鳴は一番響きわたって素敵だったよ!」という斜め上な慰め方をしているあたり、無自覚な迎撃になっている。


「も、もう十分休んだから次に行こう!」


 この場の打開策か、月見が立ち上がった。


 その必死な訴えを前にすればこれ以上笑うのは酷だと思え、誰からともなく鞄やポケットにしまっていた園内マップを広げる。

 ジェットコースターに並ぶ前に、次に向かう場所を話していた。


 確か……、


「次はお化け屋敷だね」


 宗佐が代表するように話せば、誰もがそうだったと頷き……、


「……大学生になるから平気だよ」と、月見の口からまたもか細い声がもれた。


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