第14話 買物行脚、再び

 


 遊園地当日。

 宗佐と珊瑚とは事前に合流し電車に乗って目的地の駅へと向かえば、待ち合わせ場所の改札前には既に他のメンバーが揃っていた。

 月見と桐生先輩が宗佐を見つけるや嬉しそうに表情を和らげ、二人と話していた木戸は「せっかく両手に花だったのに」と冗談めかしてくる。

 そうして他愛もない会話をしながら、遊園地直通のシャトルバスへと乗り込んだ。



 開園時間から時間をずらしたおかげで入園も手間取らず、いくつか乗り物を楽しんだあと少し遅めの昼食を取り、園内を見て回る。

 高校生の集団と考えるとゆっくりとした行動だろうか。だが夕方から始まるイルミネーションを本命にと考え、日中は抑えておくことにしたのだ。つまり体力温存。

 なにより来週末は文化祭があるのだ。今日遊び倒して疲れ、来週の学校で疲労をさらに溜め、文化祭当日には疲れ切ってくたくた……なんて事になったら元も子もない。



「でも、疲労感を漂わせたバニーっていうのは意外と受けるかもしれないな」


 とは、真顔でバカな事を言い出す木戸。

 それに対して何故か宗佐までもが真剣な顔付きで「なるほど」と頷いて返した。


「気だるげでアンニュイな雰囲気で売っていくんだね。有りかもしれない」

「無いに決まってるだろ」


 そんな馬鹿馬鹿しい話をし、誰からともなくまた別の話題を振る。

 あちこちから楽しそうな声が聞こえ誰もが次の目的地へと向かう賑やかな遊園地において、ベンチに腰掛けまったく無関係な雑談をする俺達の姿は暇そうに映るだろうか。


 場所は遊園地の一角。目の前の広場には簡易的なテナントがいくつも並び、手作りの雑貨が並んでいる。

 期間限定のハンドメイド出店が行われており、これに女性陣が惹かれないわけがない。

 園内を見て回っている最中にこのエリアを見つけ、女性陣を先頭に吸い込まれ、早々に見て回った男勢が少し離れた場所のベンチでアイスやジュース片手に休憩というのが現状である。


「旅行の時の買い物行脚再びだな」


 思わず俺が呟けば、宗佐と木戸が懐かしいと揃えて頷いた。


 春に行った観光地。そこでも女性陣は並ぶ土産屋を一つ一つ見て回り、対して男達は喫茶店で彼女達を待っていた。今の光景はまさにあの時の再現ではないか。


「同じ場所で同じ物を見てるはずなのに、この時間の違い。あの時も思ったけど、やっぱり男と女じゃ見えてる光景が違うのかもしれないな」


 不思議なものだ、と呟く。

 それを聞いた木戸が以前にテレビでやっていた特集について話し出した。


「実際に男女で色の見え方が違って、女性の方が認識できる色の数が多いらしい。だからイルミネーションも女性の方が綺麗に感じるんだってさ。男女分かれて同じイルミネーションを見て回るって実験してたけど、見終わる時間が倍近く違ったんだ」

「へぇ、実際に違うのか。となれば現状も納得だな」


 木戸の話を参考に結論付ければ、話した本人も、それどころかアイスを食べながら話を聞いていた宗佐も「ごもっとも」と同意してきた。

 冗談やたとえではなく、男女の目に映る世界には実際に違いがあるらしい。それは実験をもってして証明されているらしいが、なにより、今まさに目の前で俺達が十分程度で見終えたハンドメイド店を女性陣がいまだ興味深そうに眺めているのがなによりの証である。

 彼女達の居る地点から広場の出口まで店が並んでおり、まだ道半ば。これは当分時間が掛かるだろう。


 だけど……、


「なんだかんだ言っても、こうやって待たされてる時間も満更じゃないよな」


 これぞ総意だと言わんばかりの木戸の言葉。

 俺は宗佐がいる手前あからさまに同意をするわけにはいかないが、俺の隣では宗佐が表情をゆるめながら「確かに」と笑っている。

 そんな俺達の視界の先では、珊瑚達が一つの店の前であれこれと話している。会話の内容こそ聞こえてこないが話す三人は楽しそうだ。


 楽しそうで、そしてなんて目映い光景なのだろうか。


 好きな女の子が楽しそうに笑っている。それだけで男には輝いて見え、そしてそんな光景を眺めていられるのなら待たされる時間も悪くないと思えてくるのだ。

 俺も随分と変わったものだ。

 これが恋心を自覚する前だったなら、待たされているというのに満更でもなさそうな宗佐と木戸に呆れ、「せっかく遊びに来たんだ」と二人を引っ張って他のところに行っていたかもしれない。


 だが今の俺は宗佐と木戸と並んでベンチに座り、目の前に光景を眺めていた。

 なぜか? もちろん、珊瑚が楽しそうにしているからだ。


 そんな自分の変化を実感していると、アイスを食べ終えた宗佐が何かを思い出したのか「そういえば」と呟いて背後を振り返った。


「ここの遊園地、夜になると観覧車が一番人気なんだって」

「夜になると? あぁ、イルミネーションとか夜景を見れるからか」


 宗佐の話を聞き、俺と木戸も背後を振り返る。そこにあるのは大きな観覧車。色とりどりのゴンドラが少しずつ動いている。

 晴天の空のもと堂々と君臨する様はさながら大輪の花のようだ。


 宗佐曰く、あの観覧車は遊園地の売りの一つ。日中はジェットコースターや最新技術を使った屋内映像施設が人気だが、夜になると観覧車一強になるという。

 とりわけ、遊園地内や周辺がイルミネーションで飾られるこの時期は猶更。美しい夜景を遮る物のない高所から眺められる観覧車は人気が出るのも当然。


「それで、あの観覧車に……、す、好きな子と、二人きりで乗れるようにチャレンジするのが……流行ってるんだって」


 まじめに話すには些か恥ずかしいのか、少しどもりながら宗佐が説明する。

 それを聞き、俺は改めて観覧車へと視線をやった。今はまだ日中ゆえに眩いほどの爽やかな印象しかないが、これが日が落ちイルミネーションが点れば雰囲気はがらりと変わるはずだ。


 誰の邪魔も入らない二人きりの個室で、ゆっくりと流れる時間。

 眼下に広がるは光り輝くイルミネーション。

 

 なるほど、これは雰囲気がある。

 ……だけど、


「二人きりで乗るって、かなり難しいよな」


 観覧車を見上げながら呟けば、木戸と……そして宗佐までもが頷いた。


 遠目から見る限りゴンドラは複数人で乗る造りだ。少なくとも四人は乗れるだろう。五人グループならば二対三で分かれる可能性はあるが、六人以上になると人数調整の段階で二人きりは難しい。

 それを踏まえても二人きりになろうと誘うなら、これはもう告白しているようなものではないか。相手が流行っているというチャレンジの内容を知っていたら猶の事。


 それに断わられれば観覧車どころではない。

 夜景もイルミネーションも涙で霞むだけ……。想像するだけで胸が痛む。


 そういう意味でも『二人きりでゴンドラに乗る』というのは難しく、だからこそ度胸が必要で、チャレンジと呼ぶに値するのかもしれない。


 ……そりゃあ、宗佐は月見を誘えば二人きりで乗れるだろうけど。

 いや、むしろ月見から誘ってくるかもしれない。桐生先輩だって同様。

 それどころか珊瑚だって、宗佐と二人きりで乗りたいと言い出しかねないわけで……。


「……宗佐、とりあえず一発殴って良いか」

「なぜ!?」

「敷島、ここじゃまずい。ゴミ捨てがてらあの売店の裏に行って殴ってこい。ここは俺が誤魔化しておく。あと俺の分も合わせて二発よろしく」

「木戸君まで!?」


 俺から漂う敵意を感じたのか、宗佐が慌てて警戒の姿勢をとる。

 だがまだ話は終わっていないようで、「続きがあるんだ!」と慌てて話を続けた。


「まず観覧車に二人きりで乗ること自体が大変なんだ! そこがチャレンジなんだよ!」

「だから二人きりで乗るために誘うのが大変ってことなんだろ。よし宗佐、ちょっとあっちの売店にゴミを捨てに行こう」

「殴られる! ……じゃなくて、本当に二人で乗るのが大変なんだ。物理で!!」

「……物理で?」


 変なことを訴える宗佐に、俺も立ち上がろうとしていたのをやめて椅子に座り直す。木戸も同様に疑問を抱いたようで「物理って?」と続きを促す。

 宗佐が警戒するように俺から僅かに距離を取り、それでも「良いか、よく聞け」と改まった口調で話し始めた。



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