第13話 兄公認の二人の帰り道
学校を出てしばらく歩くと日は落ち周囲は暗くなり、とりわけ住宅街に入るともはや夜道と言えるほどだ。
人がいないわけではないが流石に少ない。そこを歩く珊瑚の姿を隣で見ていると、やはり一人で帰さなくて良かったと思えてくる。
「文化祭の準備、そんなにやばいのか?」
進捗を問えば、珊瑚は渋い声色で「微妙なところですね」と返してきた。
眉間に皺を寄せた彼女の表情を見るにだいぶ厳しいようだ。
珊瑚のクラスはお化け屋敷を予定している。
迷路仕掛けになっており、隣のクラスの教室と繋げたかなり大仕掛けなお化け屋敷だ。となればそのぶんだけ時間と労力が必要になる。
放課後はもちろん昼休みも集まって作業しているらしい。
「大変だけど、凄く怖いお化け屋敷ですよ」
「そりゃあ期待できるな」
「きっと悲鳴がいっぱいあがります。そして出て来たお客さん達は口を揃えて言うんです。『結局、一番怖いのは人間だよね……』って」
「……お前達のクラスはどうしてそう斜め上をいきたがる」
去年の珊瑚のクラスの展示を――『蒼坂高校周辺の訳あり物件についてと、住人へのインタビュー』――思い出し、溜息交じりに額を押さえる。
甘かった。去年あんな展示をしたクラスが今年になってまともな出し物をするわけがない。二年生になって自由度が上がったことでより質が悪くなった。
思わず唸るような声を出せば、不評と取ったのか珊瑚が不満そうな表情を浮かべた。歩く速度を速めるのは俺を置いていこうとしているのか。
「良いですよ、健吾先輩は来なくって」
「いや、行く。絶対に行く。……って、そういえば去年も同じようなやりとりしたな」
確か去年も珊瑚のクラスの展示内容を聞いて、それに呆れ、そして拗ねた彼女を慌てて宥めたのだ。
まるっきり同じだと笑えば、珊瑚も機嫌を治したのか懐かしいと笑う。
「そういえば、ベルマー……雑用部は何をするんだ?」
「わざわざ言い直さないでください。ベルマーク部は今年も喫茶店です。でも今年はレトロな『浪漫喫茶ベル』ですよ」
「浪漫喫茶?」
「はい。古きよき時代を感じさせる純喫茶。今年も家庭科部が衣装を作ってくれてるんです」
去年ベルマーク部は家庭科部を始め複数の部活と提携をし、メイド喫茶を開いていた。複数合同だけあり本格的な料理や給仕を披露することができ、評判はかなり良かったらしい。
そのかいあって、文化祭が終わるやいなや来年も提携をと継続依頼が来たという。
そして今年はメイド喫茶から趣向を変えて、大正昭和初期に流行った純喫茶を再現するのだという。もちろん給仕はベルマーク部の部員達で、家庭科部が用意した衣装を着る。
なるほど、また面白いことを考えるものだと感心してしまう。
「今年は提携先に、歴史……歴史研究部? 時代研究同好会? が増えたんです。そこのアイディアなんですよ」
「歴史?時代? 随分とあやふやなんだな」
「本人達もあやふやなんですもん。みんな違う名称で名乗るし、活動もバラバラみたいで、まとめて呼ぶと『時代が違えば別の所属だ』って言い張るし」
「うちの学校、部活はピンキリで変な部もあるしなぁ」
「……私を見て言わないでください」
己に向けられる視線の言わんとしていることを察したか、珊瑚が露骨に顔を背ける。
日頃堂々と「ベルマー部だからです!」と断言してはいるものの、自分達の部活が異色であることは自覚しているのだろう。
バツが悪いと言いたげな表情で何か話題はと視線を泳がせて探し、パッと道の先へと視線をやった。
まだ少し距離はあるものの、この道を真っすぐに歩けば芝浦邸だ。
僅かに足早になったのがまるで家に逃げ帰るようで、思わず笑ってしまった。
「……何がおかしいんですか」
「いや別に。それより、新旧どっちに送れば良いんだ?」
「旧の方でお願いします。新芝浦邸に帰ったら宗にぃ煩そうだから」
肩を竦めながらの珊瑚の話に、俺も倣うように肩を竦めた。
心配してくれている兄に対してと考えれば酷い言い様だが、宗佐の心配ぶりは言われても仕方ないほどだ。そもそも今俺が珊瑚と共に帰っている事だって、彼女を案じる宗佐の提案で、あいつが勝手に双方に話を着けている。
きっとこれで俺が新芝浦邸に珊瑚を連れて帰れば、嬉しそうな宗佐に盛大に感謝される事だろう。
『いやぁ、突然頼んじゃって悪いな! でも健吾が送ってきてくれて良かったよ。ほらもう暗いだろ。こんな暗い中を可愛い妹一人で帰らせるなんて出来ないからさ。珊瑚、明日からはまた俺が一緒に帰るからな!』
と、矢継ぎ早に言ってくるに違いない。
まるで目の前で言われているかのように鮮明に、それどころか圧としつこさまでも想像できる。そうなれば俺は宗佐の怒涛の感謝に圧倒されながら「納品完了」とでも言って芝浦邸の玄関を出ただろう。
それを話せば珊瑚が「そうでしょう」と頷いた。
「宗にぃには『家に着いたよ』って連絡するだけで十分です。窓から顔を見せれば納得してくれるでしょう」
「相変わらずシビアだな。……でも俺からも連絡しておく」
「健吾先輩も? わざわざ連絡しなくても、私から伝えておくから平気ですよ」
俺の手間になると考えたのか、珊瑚が自分からの連絡だけで十分だと告げてくる。
だがそれに対して俺は首を横に振って返した。
「いや、ちゃんと宗佐に『今家に入っていった』って連絡しておく」
「健吾先輩、まめですねぇ」
「まめというか、次も頼まれたいからな。兄公認で二人きりで帰れるなんて願ってもない事だろ」
文化祭まであと二週間弱あるのだ。また今日のような状況になるかもしれない。むしろ文化祭以降も『珊瑚の帰りが遅くなり、宗佐が一緒に帰れない』という状況になる可能性はある。
その際に宗佐がまた俺に珊瑚を託す流れになるように、きちんと家まで送り届けて実績を積んでおかないと。
そう話せば、珊瑚が僅かに言い淀んだ後「実績って……」と小さく呟いた。
何か言いたいが言うべき言葉が思い浮かばない、といったところか。
帰り道が暗いのが残念だ。もう少し明るいか、せめて街灯が多ければ、赤くなった彼女の顔が見れただろうに。
そんな俺の考えすらも察したのか、珊瑚はむぐむぐと更に言い淀んだのち、「そういえば今週末ですね」と無理やりに話題を変えてきた。
「今週末?」
「遊園地ですよ。忘れちゃったんですか?」
珊瑚が窺うように俺を見上げてくる。
彼女の言う『遊園地』とは、先日の一件で行くことになった遊園地だ。
いつにしようかと話し合った結果、文化祭の一週間前となった。つまり今週末だ。
急なスケジュールではあるが、文化祭が終わればテスト期間が目前に控え、それが終わると俺達の受験が本格化する。落ち着く頃にはイルミネーションはとうに終わっている。
そういうわけで今週末になったのだ。忘れるわけがない。
「ちゃんと覚えてるよ。楽しみだな」
そう俺が告げれば、珊瑚も嬉しそうに笑って頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます