第12話 一緒に帰ろう

 



 文化祭の準備は順調。それどころか俺達のクラスは殆どの準備を終えており、文化祭当日まで一週間以上あるというのに既に細々とした飾り付けや調整、追加要素の域である。

 これならば急遽予定を変更し、今週末に文化祭が行われても余裕をもって開店できるだろう。

 俺と宗佐の仕事だったポスター作りもつつがなく終わり、先日校内を歩いていたところ俺達が描いた一枚が廊下に貼られていた。

 なんとも気恥ずかしい気分だったが、他にもポスターが並んでおり、それらを眺めていると自然と気分が高まってくる。


 そんな穏やかな準備期間の放課後。

 女子生徒は今日も髪飾りや幼児用のぬいぐるみ作りに勤しみ、もはや販売や展示が目的というより湧き上がる手芸欲を押さえきれないといった様子だ。対して男子生徒は5分間のショートアニメを「これ面白いな」だの「やべぇ、はまるな」だのと言いながら真剣な表情で見入っている。

 ――もっとも、きっちり男女に分かれているわけではない。クラスいちの手芸技術を見せるのが男子生徒だったり、かと思えば西園が男子の群れに交じって「ねぇこれ誰か続き持ってないの」と話していたりする――




「今年は何の心配もなく文化祭を迎えられそうだな」


 良かった、と思わず安堵すれば、隣に座り電卓を叩いていた委員長が「去年は散々だったものね」と肩を竦めた。

 ちなみに彼女は会計係ではないのだが、計算が合わないと泣きつかれて代わりにレシートの見直しをしている。そして俺はと言えば、育児大臣としての教室内レイアウトの最終チェックである。


「去年は芝浦君の練習がギリギリまで長引いて、当日どうなる事かと不安だったわ。去年も今年も敷島君には活躍してもらったわね」

「……苗字を呼ばれるの久しぶりな気がするな」

「すっかり育児大臣が板に着いたわね」


 委員長がクスクスと楽しそうに笑う。

 もっともこんな話をしながらも彼女は手早くレシートを捲り、尚且つそれを電卓に打ち込んでいる。

 頼まれた時こそ「計算は苦手なんだけど」と文学少女らしい発言をしていたが、手早く計算を進めてあっという間に原因を突き止めてしまうのだからさすがだ。

「分かった!」と咄嗟にあがった歓喜の声に思わず拍手を贈ってしまう。

 もっとも、歓喜の声が恥ずかしかったのか委員長は次の瞬間にはコホンと咳払いをして落ち着きを見せてきた。気恥ずかしそうな「失礼」という言葉は、彼女らしからぬ言動を彼女らしく隠している。


 そんな中、「育児だ……敷島君」と声を掛けられた。

 見れば月見がこちらに歩いてくる。一瞬彼女が俺のことを育児大臣と呼ぼうとしたことについては言及するまい。


「敷島君、珊瑚ちゃん来てるよ」


 月見が教室の扉へと視線をやる。

 そこには出入口でこちらの様子を窺う珊瑚の姿。教室内に入ってこないのは、今日は残っている生徒が多く気を遣っているのだろうか。

 それを見て、俺は珊瑚に対して一度片手を上げ、机の上にあったレイアウト予定図やカタログを手早く片し始めた。机の横に掛けていた鞄を取り出せば、明らかな帰宅の準備に委員長と月見が不思議そうに俺を見てくる。


 きっと、宗佐が居ないのになぜ、と言いたいのだろう。

 今日、宗佐は放課後に入るやいなや直ぐに帰ってしまった。「明日は残るから!」という言葉も言い終わらぬ内に教室を飛び出していく早さ。

 もっとも、文化祭の準備は順調なので宗佐が早く帰ったところで支障はない。現に今も残っている生徒はこれといって急いでいるわけでも進捗が遅れているわけでもない。ただなんとなく、文化祭準備の放課後と言う特別な時間を楽しみたいだけだ。


「宗佐はおばさんの付き添い。夕方から病院に行くらしい」

「そうなんだ。それで宗佐君あんなに早く教室を出ていったんだね。でも、それでどうして珊瑚ちゃんがうちのクラスに?」


 まだ疑問が残ると言いたげな月見に、いつの間にやら教室に入ってきていた珊瑚が「文化祭の準備です」と答えた。

 若干疲労を感じさせる声と表情だ。


「うちのクラス、まだ準備が終わってないんです」

「あらら、まだ終わってないの?」

「はい。隣の教室を借りて迷路仕立てのお化け屋敷にしたんですけど、これが大掛かりで大変で……。毎日放課後ギリギリまで残ってるんです」


 訴えながらの溜息は随分と深い。どうやら余裕をもって文化祭を迎えようとしている俺達に対し、珊瑚のクラスの進捗はだいぶ厳しいらしい。

 見れば彼女の手や腕には絵の具がついており、それを気にする余裕もないとしたら相当だ。

 大変だね、と月見が珊瑚を労う。それに対して彼女は分かりやすく項垂れて疲労をアピールしていた。


「それで今日も遅いんだね。宗佐君もいつも放課後最後まで残ってたけど、珊瑚ちゃんと帰るためだったの?」

「はい。帰りが遅くなると危ないからって」


 ちらと珊瑚が窓の外へと視線を向けた。

 まだ夜とは言えない時間だがそれでも外は既に暗くなり始めており、放課後ギリギリまで残っていれば家に着く頃には真っ暗だ。

 学校からは遅くまで残るなら帰宅時に注意するようにと言われている。聞けば月見も放課後遅くまで残る時は友人と帰り、友人と別れたあとは親が迎えに来てくれるという。委員長も同様、彼女は地元の駅前にある本屋で父の帰りを待って共に帰っているという。


 誰しも帰宅が遅くなる時は対策をしている。

 珊瑚も、というより、珊瑚の対策は宗佐が取っている。否、宗佐自身が対策となり一緒に帰っているのだ。……便乗して俺も。


「でも今日はお母さんの付き添いで宗にぃが早く帰るから、それで健吾先輩と帰るようにって」

「昨日の夜、宗佐から電話があったんだ。早く帰るから妹を家まで送っていってくれって」

「宗にぃってば勝手に決めちゃうんだもん。朝になって『健吾に言ってあるから、家まで送って貰えよ』なんて言いのけるんですよ」

「電話で頼んできた時の宗佐の圧は凄かったな。『良いか、家までちゃんと送り届けてくれよ。玄関に入るまでだ。なんだったら新芝浦邸の方に来てくれれば俺が出迎えるから』って捲し立てるようだった」

「まったく宗にぃってば。それじゃ帰りましょう、健吾先輩」

「そうだな。月見、委員長、また明日」


 じゃあな、と二人に告げて支度の終えた鞄を肩に掛ければ、珊瑚が月見や委員長に対して一度頭を下げて別れの挨拶を告げる。

 そうしてどちらともなく歩き出し、机の合間を縫うようにして二人で教室を出ていった。


 その間際、委員長と月見が、それどころか話を聞いていた他のクラスメイトさえも物言いたげに各々顔を見合わせていた気がした。

 それどころか「敷島って誰に投票してたっけ」なんて声も聞こえくるが、俺は気付かない振りをした。


 言いたいことは分かる。

 これはもはや『兄の友人』と『友人の妹』の域を出てると言いたいんだろう。


 そんなの分かっているし、もう俺達は『兄の友人』と『友人の妹』じゃないんだ。



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