第18話 怖がってばかりじゃいられない
レストランは同じ建物内にあり、少し歩けばすぐに着く。
現に歩き出して数分もすれば通路の先にレストランの看板が見えた。
そんな看板から少し離れた場所では、月見が二人組の男達となにやら話しており……。
ナンパか。
と、一瞬でその光景を理解し、そして理解すると同時に心の中で舌打ちをした。
月見を一人で戻らせてしまった己の迂闊さへの舌打ちだ。
彼女のような可愛くておっとりとした女の子が一人で居れば、男が放っておくわけがない。
「弥生ちゃん……!」
「止めに行くか」
焦りを抱く宗佐の腕を軽く叩き、行くぞ、と一声かけて歩く速度を速める。
対して珊瑚と桐生先輩が足を止めたのは、ナンパ男の撃退は俺達に任せて自分達は待っていようと考えたのか。
木戸も同じように止まったのは二人の側にいるためだろう。月見をナンパ男から救いだすために珊瑚と桐生先輩から離れ、月見を救い出して振り返れば今度は二人に別のナンパ男が……なんて事になりかねない。
何を言わずとも自然と役割は分担され、俺と宗佐は足早に月見へと近付き、声を掛けようとした。
だが次の瞬間、俺も宗佐も出かけた言葉を飲み込んだ。
助け出そうとしていた月見が男達に何かを訴えたのだ。
それも遠目からでも分かる程にはっきりと。彼女の表情から拒否の意思が伝わる。
次いで月見は踵を返すやこちらに歩いてきた。
ナンパ男達を振り返りもしない。もっとも、踵を返す直前に男達に対して一礼するあたりは相変わらず月見らしいのだが……。
「……あ、宗佐君、敷島君っ!」
俺達の姿を見つけ、強張っていた月見の表情に途端に安堵の色が浮かぶ。ぱたぱたと俺達の前まで駆け寄るとほっと一息吐いた。
対して月見に振られた男達はと言えば、俺達の姿を見るや何やらこそこそと話し、反対方向へと去っていった。月見に拒否されて断念したか、もしくは男の連れがいると察して引いたか、どちらにせよ大人しく諦めてくれたようだ。
「ごめんね、待たせちゃって。みんな迎えに来てくれたんだね。ありがとう」
「いや、大丈夫だけど。それより弥生ちゃん、大丈夫だった? あいつらに何か変なこと……」
「大丈夫だよ。一緒に遊ぼうってしつこかっただけだから。それもちゃんと断れたし」
だから平気だと月見が笑う。無理を隠して気丈に振る舞っている笑みには見えないあたり、きっと『大丈夫』という言葉は本当のようだ。
以前の月見であったなら、男二人に言い寄られれば怯えと困惑で立ち尽くし、俺達に助けられても申し訳なさそうにしていただろう。俺の脳裏に、去年の文化祭でナンパ男に迫られ珊瑚に庇われていた彼女の姿が蘇る。
だが今の彼女には怯えや困惑は無く、ナンパ男を躱したことへの晴れ晴れとした色さえ見えた。
珊瑚達のもとへと向かう足取りも軽く、彼女達と合流すると待たせてしまった事を詫び、ハンカチは見つかったと嬉しそうに報告している。
そのうえこちらを振り返ると「次に行こう!」と弾んだ声で促してきた。
そこに先程のナンパ男達を気にしている様子はない。綺麗さっぱり忘れてしまったとでも言いたげだ。
「何事もなくて良かった」
なぁ、と宗佐に同意を求めれば、宗佐も安堵の表情で頷いた。
外に出ると日はだいぶ落ちていた。
濃紺の夜空が広がり、遠くに見える夕焼けも殆ど沈みかけている。
夕暮れというよりは夜と言って良いだろう。
「日が落ちるのも早くなってきたな」
空を見上げながら誰にと言うわけでもなく呟けば、それとほぼ同時に、等間隔に設置されていたスピーカーから音楽が流れ始めた。静かなオルゴールの音楽だ。
どうやら今まさにイルミネーションが始まるらしく、遊園地の雰囲気がガラリと変わる。
ゆったりとしたオルゴールの音色は聞いているだけで眠くなりそうだが、ここはロマンチックと捉えておくべきか。現に、珊瑚達はこの音楽を聴くや期待で瞳を輝かせている。
……が、その背後では宗佐と木戸が「歯医者で聞くやつ」「それな」とロマンの欠片も無い話をしている。これもまた男女の違いか。……もしくは単純に俺達の性格の違いか。
「そろそろね。せっかくだし、イルミネーションを見ながら観覧車に行きましょう」
「「はい!」」
桐生先輩の提案に珊瑚と月見が揃えて返す。そうして歩き出す彼女達の後に続くように、俺達も周囲を眺めながら歩き出した。
既にあちこちの木や建物の壁が光り出し、遊園地内の景色は日中とは様変わりしている。まるで別の場所に迷い込んだかのようで、当然だが日中遊んだアトラクションもあるのにそれすらも別物に見える。
ただの電飾以外にも、鮮やかな光に包まれたアーチや小動物の形に光るモニュメント、光が流星のように流れていく飾りもある。
イルミネーションと一口に言っても種類は多く、この遊園地がどれだけ力を入れているのかが分かる。
なるほど、確かにこれは綺麗だ。
見ればあちこちで女性達が足を止め、写真を撮り、うっとりと見惚れている。
……女性達が。
「凄いな、二メートルぐらいしか進んでないのにまた立ち止まった」
とは、背後を振り返った俺の言葉。
揃えて宗佐と木戸も振り返れば、そこには立ち止まってイルミネーションを眺める珊瑚達の姿。
歩き出した時こそ俺達の前を進んでいた彼女達だが、あっと言い間に追いつき、そして今は追い越してしまった。このまま歩き続ければどんどんと距離ができ、下手すれば別グループと思われるほどに離れてしまうかもしれない。
「あの距離じゃさほど景色も変わってないはずなのに、いったい何を立ち止まって見てるんだろうな」
「男女で見える世界が違うって言うし、楽しんでるならそれで良いよ。ねぇ、木戸君……っ!」
「ん?」
言葉を詰まらせた宗佐にどうしたのかと視線を向け……、そして視線を向けた事により、俺の視界にカメラを構えた木戸の姿が映った。
一眼レフカメラである。連続するシャッター音に懐かしさを感じてしまう。
「そうだな、持ってきてないわけがないもんな」
だよなぁ、と呟けば、木戸が「当り前だろ」と断言する。
……ファインダーを覗いたまま。
一度カメラを構えると友人の声よりもシャッターチャンスが優先されるのだろう。カメラを持つ者の性というものか。
もっとも、「お前達も撮ってみろよ」と提案してくるあたり、もしかしたらこの展開を見越して、時間潰しを兼ねて持ってきたのかもしれない。
これには俺も宗佐も顔を見合わせ、よろしくと素直に返した。
なにせ、この会話をしている最中にも珊瑚達は一度立ち止まり、実質三メートル程度しか進んでいないのだ。
観覧車に辿り着くまでどれだけ時間が掛かるか……。
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