第11話 代理王子からの……

 


 文化祭の準備も本格的になると、その分野に詳しい者はあちこちから質問責めにあう。

 それは分かるし、知識を出し合って成功させることに異論は無い。……異論は無い、のだが。


「ねぇ、育児大臣。子供用の飲み物ってどれも味は同じっぽいけど、どれが良いと思う? 値段で選んで良いのかな?」

「育児大臣って呼ばないでくれ。でも値段より、スーパーとかで売ってるのと同じ方が良いな。いつもの商品だと安心できるだろ」

「なぁ教えてくれ育児大臣。教室内にモニター置いてアニメを流そうって話してるんだけど、どんなのが良いと思う?」

「育児大臣って呼ぶな。それなら無音でも観れるのが良いだろ。あと長編より五分程度のを何作品か繰り返した方が良い。飽きないし途中から観られるからな」

「これはどっちが良いのかしら……。あ、育児大臣ちょうどいいところに。ちょっとこっち来て!!」


 クラスメイト達にあちこちから声を掛けられ、子供用の飲食物や用具について質問をされる。

 その際に彼等が俺のことを『育児大臣』と呼んでくるのが気になる。都度訂正しているのだが、呼んでくれるなと言った矢先にまた別のグループから育児大臣と声を掛けられるのだ。


 誰が育児大臣か。

 いや、俺なんだけど。律儀に答えてるし。


「育児大臣かぁ。去年の代理王子と言い、なんでこうも悲しい役職にばっか就かされるんだ……」


 思わず項垂れると、向かいに座る宗佐が笑った。

 楽しさ半分、同情半分、といった表情だ。


「男子高校生が呼ばれて喜ぶ呼び名じゃないよな。でもキッズスペースに決まった時から、俺はこうなる予感がしてたよ」

「……奇遇だな、宗佐。俺もそんな予感がしていた」


 そんな事を話している間にも、また一人「育児大臣、これなんだけど」とレンタル用具のカタログを手にクラスメイトが一人話しかけてきた。



 早々に方向性を決めたおかげで、俺達のクラスの準備は順調。

 具体的なイメージも定まり、あとはレンタル用具を決めたり、内装を作ったり、手芸が好きな生徒は裁縫道具を持ち寄りぬいぐるみや赤ん坊用の髪飾りを作ったりと、各々割り振られた役割にそって作業を進める。

 ちなみに俺と宗佐の仕事はポスター作りである。

 といっても俺達に洒落たポスターを描く美的センスがあるわけもなく、美術部が下書きをしたものに従って線を書き色を塗るだけだ。――あと俺には『総合監修』という役割がいつの間にか与えられており、これの別名が『育児大臣』な気がする――


「美術部は部活の作品展示に、文化祭全体のポスターと看板も作るんだろ。それに自分達のクラスじゃ大変だよな」

「あとコンテストも被ってるらしい。珊瑚が美術部の手伝いが増えたって話してた」

「妹が? どうして……いや、ベルマーク部か」


 なるほど、と俺が呟くのとほぼ同時に「ベルッ」と声が聞こえてきた。

 振り返れば珊瑚が立っている。呆然とした表情で、少し開かれた口から「マー……」という細い声を漏らしているが、これはベルマークのマーだろうか。

 発言の途中で邪魔をされたと言いたげな彼女に「よぉ」と声を掛ける。我に返った珊瑚がムスと顔を顰めた。


「ベルマー部だからです!!」

「強行突破で言い切ったな」

「健吾先輩が途中で先にベルマーク部の名前を出しちゃうのが悪いんです。こういうのは分かっていてもあえて言わないのがマナーですよ」


 いったい何に対してのマナーなのか。思わず笑いそうになるが、ひとまず謝罪して彼女の機嫌を治し、ベルマーク部と美術部について聞く。

 曰く、美術部からの依頼では、筆を洗うための水をこまめに変えたり、散らかった画材を片付けたり、美術部員が時間ギリギリまで作品制作に掛かれるよう部室の掃除をしているという。相変わらず仕事の幅が広い。


 だがいかにベルマーク部といえども、流石に文化祭の準備が本格化すれば他所の部活よりも自分達の活動を優先する。最近は他の部活からの依頼を断り、ベルマーク部や各々のクラスの準備に専念しているらしい。

 だが美術部の依頼は秘密裏に受け入れているらしく、珊瑚がぐいと身を寄せ声を潜めて「代わりに文化祭でポスターを描いて貰う契約なんです」と小声で教えてくれた。

 ベルマーク部的には口外されたら困る取引のようで、「他言無用ですよ」と念を押してくる。


 ……近付いた距離とひそひそと告げてくる擽ったい小声に思わずドキリとしてしまったのだが、なんとかそれは取り繕った。


「そ、そうか。クラスの活動に加えて部活もあると大変だな。そういえば、今日はどうした?」


 どうしてわざわざ教室に、と問えば、珊瑚が再びムスと不満気な表情を浮かべた。


「宗にぃを迎えに来ました。一緒に帰ろうって約束したのに昇降口に居ないし、連絡しても返事は無いし」


 唇を尖らせ、不満を露わにしながら珊瑚が訴える。

 これに対して宗佐はと言えば、今まさに気付きましたと言わんばかりに「あっ!!」と声を荒らげ、次いで机に置いていた携帯電話を取るや「充電が切れてる!!」と悲鳴じみた声をあげた。

 どうやらそういう事らしい。なんとも分かりやすい男だ。


「ご、ごめんな珊瑚! 今すぐに帰ろう!さぁ!」

「もう帰って良いの? 文化祭の準備は?」


 珊瑚が首を傾げて尋ねてくるのは、きっと俺達の机を見てポスター制作途中だと察したのだろう。

 だが宗佐はあっさりと「大丈夫!」と断言し、机の上を片付け始めた。確かに進捗状況は順調このうえないので今帰っても問題無いだろう。

 ついでに俺も片付け始めるのは、もちろんこれに乗じて珊瑚と帰ろうと考えているからだ。

 宗佐とポスター作りに就いた時はここでも一緒かとうんざりしたが、こうやって珊瑚と会えるし、宗佐が切り上げればそれに乗じて俺も切り上げて一緒に帰る事が出来る。

 俺にとってはなにより美味しい役割ではないか。もちろんそれを口に出しはしないが。


 そうして手早く帰宅の準備をして、まだ残るクラスメイト達に「お先に」とお座成りな挨拶を告げて教室を出る。

 その際に投げかけられる、


「芝浦君、育児大臣、また明日ね」

「育児大臣、明日もよろしくなー」


 といったクラスメイトからの言葉に思わず唸り声をあげてしまった。


 勘弁してくれ、珊瑚が居るんだぞ。

 去年の代理王子も恥ずかしいものだったが、今回の『育児大臣』はそれを優に超える。けっして好きな女の子の前で呼ばれて耐えられる名称ではない。

 だというのに珊瑚はしっかり聞いていたようで「育児大臣?」と不思議そうに呟き、次いで俺を見上げ……、


「さぁ帰りましょう、育児大臣!!」


 と、これでもかと嬉しそうに笑って声を掛けてきた。


「育児大臣じゃありません」


 いつもの応酬の逆転か、俺が訂正するも珊瑚はクスクスと笑うだけだ。

 あぁ、なんて楽しそうでいて可愛い笑顔なのだろうか。

 これで俺の呼び方が普段通りだったらなぁ……。


 そんな事を考えながら、珊瑚に便乗して「帰りにコンビニ寄ろうぜ、大臣」と声を掛けてくる宗佐を八つ当たりで蹴っ飛ばした。



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