第10話 小悪魔様ロス

 


 投票用紙を生徒手帳に挟み手早く鞄にしまうことで、この話を続ける気が無いことをアピールする。

 宗佐もそれを察したのか、残念がるような、「楽しみ足りない」とでも言いたげな表情で俺の手元を視線で追ってきた。

 下世話な奴め、とは思えども、俺も宗佐と月見について話題に出して反応を楽しむことがあるのだから他人の事は非難できない。


「どうせ集計して終わりなんだし、俺が出さなくても何も変わらないだろ」

「そりゃそうだけどさ。去年も誰にも投票しないで終わったんだっけ?」

「……あぁ、そう言えばそうだったな」


 一瞬言葉を詰まらせ、それでもなんとか一拍置いて冷静を取り繕って返した。


 去年の秋、俺はこの隠れミスコンで珊瑚に投票した。

 だが他の男子生徒のように用紙に名前を書いて提出したわけではなく、集計結果に記されていた珊瑚の名前に直に一票書きこんだのだ。

 あの時の結果用紙は複数コピーされたものの一枚でしかなく、どうしたものかと悩んだ挙げ句、自室の机の引き出しにしまったままだ。


 結局、俺が珊瑚に投票したことはあの場に居た東雲しか知らない。

 宗佐も、もちろん珊瑚本人も知らない。


 あの一票は東雲に俺こそが珊瑚を取り合うライバルだと知らせるためと、そしてなにより、迷っていた己に恋心を自覚させるための一票だったのだ。


 だからこそ、ここで話してはいけない。

 そう己に言い聞かせ、何か別の話題は無いかとちらと視線を他所に向けた。この際なので木戸がにやにやと笑っているのは気にするまい。

 ……いや、むしろ木戸の話題こそちょうど良い。


「木戸は今年どうするんだ?」


 俺の話をさっさと終え、次は木戸の番だと話を振る。


 木戸は一年生、二年生と続けて桐生先輩に投票していた。あれほどの惚れこみようなのだから当然と言えば当然。

 だが桐生先輩は既に卒業しているため、今回は彼女への投票は出来ない。あくまでこのミスコンは『蒼坂高校の女子生徒』が対象なのだ。

 桐生先輩がどれだけ在学中に男子生徒を魅了していようと、かつて彼女を慕っていた男達が『桐生先輩ロス』と訴えていようと、彼女への投票は認められない。


 ゆえに、同士である親衛隊達さえも出し抜いていた木戸はどうするのか。

 そう考えて問えば、木戸はあっさりと「無記入」と返してきた。


「無記入?」

「そう、白紙で出した。貰った用紙をそのままその場で」


 何も書かず白紙のまま、突っ返すように無記入投票したのだという。

 その話を聞き、俺も宗佐も感心したと木戸を見た。

 あくまでこの隠れミスコンはお祭り程度の認識で、恋心とは全く無関係な投票だって少なくない。友情票はおろか兄妹票だって有りだ。

 桐生先輩ロスを訴えている奴等も、これは別物と考えているのか、もしくは傷を癒しはじめたか、各々別の女子生徒に投票している。


 だが木戸はそうはしなかったらしい。


「みんな桐生先輩が居なくて寂しいだのロスだの言ってるけど、俺はまだあの人のこと諦めてないからな」

「そういえば大学まで追いかけてるんだっけ。このあいだ桐生先輩が『男子高校生を侍らす女って思われそうで嫌』って言ってたぞ」

「高校生ってバレないように上着は脱いでるんだけどな。あとは鞄と靴も変えた方が良いか……」


 木戸が真剣な声色で考え出す。相変わらず行動力に溢れた一途さではないか。

 もっとも桐生先輩も木戸のストーカーぶりには呆れてはいるが嫌悪は無いようで、嫌だとは言いつつも、次の瞬間には「私の授業スケジュールを友達が木戸に横流しするの」と友人の愚痴に移ってしまった。その程度なのだろう。

 桐生先輩が大学に進学しても二人は相変わらずであり、離れてもなお相変わらずであり続けるあたりは木戸の粘り勝ちか。


「なるほど、それで無記入投票にしたのか」

「もちろん無記入投票することは桐生先輩に伝えてある。『俺の票は卒業しても桐生先輩のものです』って」

「それは……結構大胆に言ったな」


 聞いている俺の方が照れてしまいそうだ。

 だがそんな大胆な宣言でも手応えはなかったようで、木戸は眉間に皺を寄せなんとも言い難い表情で「それがさ……」と話を続けた。


「その話をしたとき、桐生先輩が『私に入れられた票がどこに流れていくかが問題よね。私が卒業したからって月見さん一強なんてつまらないじゃない』って真顔で言ってきたんだよ。どう思う? あの人」


 ありえないよな、と真顔で――若干疲労を漂わせつつ――訴えてくる木戸に、ご愁傷様と憐れみの視線をやった。

 手応えどころの話ではない。折れない精神に称賛を贈りたいぐらいだ。

 木戸曰く、桐生先輩は己が抜けたことで隠れミスコンがどう動くかを、自分が居たとき以上に楽しみにしているという。この際なので彼女がいまだに投票結果を入手する気でいることは言及するまい。


 そのうえ二人の会話はなおも続いたらしく、


『私に入っていた票は、知的美人系の水原さんに多く流れると思うの。票の動きによっては月見さんを抜く大番狂わせも有り得るわ。そういうわけだから、木戸、あんた無記入投票なんて面白くないことしないで水原さんに投票しなさい』

『嫌に決まってるでしょう』

『なによ、あんたの票は私のものって言ったじゃない』

『それはそうですけど、そういう意味じゃない!』


 と、そんなやりとりが続き、木戸は何とか死守した己の票を無記入にしたという。

 用紙を受け取るや突っ返すように投票したのは、確固たる意思もあっただろうが、下手に手元に用紙を残せば桐生先輩に操作されかねないと考えたのかもしれない。

 語る木戸の表情にも声にも疲労の色が濃く、俺達の憐れみの視線も濃くなっていく。

 隠れてミスコンなんてやっている身で偉そうにと言われればそれまでだが、それにしたってあんまりな話ではないか。


 これを慰めるのは難しい、と宗佐と顔を見合わせ、「えぇっと……」と気まずいながらに別の話題を探す。


「それにしても、ぶ、文化祭、楽しみだよなぁ……」


 宗佐の乾いた笑いと上擦った声の話題そらしに、俺も引きつった笑みと白々しい相槌を返した。


 これが今の俺達に出来る精一杯である。



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