第7話 秋の定番行事
文化祭で開く店も決まり、具体的に案を詰めていく。
早々に方向性が決まったのは幸先良いスタートと言えるだろう。おかげで余裕をもって進めることができる。
現に、ほとんどのクラスが文化祭の話し合いをしているであろう放課後も、俺達はダラダラと雑談交じりに過ごしていた。
なにより有難いのは、委員長が体育館を使う予定のクラスと交渉し、当日そこの教室を半分借りられる事だ。不要な机や椅子を置かせて貰えるらしく、これで教室を一室丸ごと使える。
聞けば、体育館使用権利の抽選に外れるやいなや交渉相手を探し始めたという。その切り替えの早さと実際に交渉を成立させる手腕は見事の一言。抽選に外れて残念、では終わらないところが彼女らしい。
そのうえ、交渉相手は二つ返事で「委員長の頼みなら」と了承してくれたという。これも彼女の人徳と日頃の働きぶりの成せるわざだ。
あまりにさすが過ぎて、彼女が他のクラスからも『委員長』と呼ばれている事について疑問を抱く者はいない。
今更な話である。そういえば以前に木戸が、
「俺のクラスの委員長は『うちの委員長』で、敷島のクラスの水原さんが『委員長』」
と話していた。
その時は大袈裟な話だと笑い飛ばしたが、あながち冗談ではないのかもしれない……。
そこも含めてさすがだと俺が褒めれば、隣の空いた席を陣取って携帯電話をいじっていた宗佐が頷いて返してきた。
「珊瑚のクラスは今なにやるかを決めてるらしいけど、委員長みたいなまとめ役が居ないから長引いてるって。遅くなるなら一緒に帰ろうって言ってるんだけど『当分決まりそうにない。委員長さんを貸して』だってさ」
「二年生って一番自由に出来るから、そのぶん悩むよな。俺達の時は委員長が体育館使用権取ってくれたからだいぶ絞れたけど、それでも劇に決めるまで悩んだし、演目決めるのも結構時間かかったな」
懐かしい、と話しながら雑談を続ける。
このまま雑談を続けていれば、便乗して俺も珊瑚と帰れる……。なんて俺が企んでいるとは宗佐は思いもしていないだろう、のんびりと話しながら教室の正面へと視線をやった。
そこでは男子生徒が数名、なにやら机の上に広げた用紙を覗き込んでいる。ああでもないこうでもないと話し、次いで顔を上げ……、
「まだ票も集まってないし、開票はしばらく先で良いな。出してないやついたら早めに出しておけよ」
教室内に残っている男子生徒――むしろ今は不自然なほどに男子生徒しかいない――に声を掛けると、広げていた用紙を畳んだ。
それを眺め、これもまた一年ぶりか……と心の中で呟く。
これは何か?
蒼坂高校の秋の風物詩である。
といっても文化祭のような健全で高校生らしいものではない。
……いや、ある意味では男子高校生らしいと言えるかもしれない。だがその際には『男子高校生らしい』と書いて『馬鹿馬鹿しい』と読むべきだろう。
「今年は回収に手間取ってるみたいだな。こっちも長引きそうだけど、さすがに委員長に入ってもらうわけにはいかないか」
「でも意外と頼めばやってくれるかもしれない。そして委員長が指揮をとることで、過去一番の迅速な回収と正確な集計になるんだ」
「俺達の立つ瀬が無さすぎるだろ」
冗談めかした宗佐の話を一刀両断すれば、宗佐はおろか、近くにいた他の男子生徒も乾いた笑いを浮かべた。彼等もこの男達の秘密裏の行動が女子生徒達に筒抜けだという事を知っているのだ。
知っていてなお秘密裏に行動する。正確に言うのであれば、『秘密裏に行動させて貰っている』。これはもはや温情の域。
そこまでして何をしているのかと言えば、呆れてしまう話だが、蒼坂高校で一番可愛い女子生徒を決めようとしているのだ。
つまりこれはミスコン。
蒼坂高校に通う全学年の男子生徒が『彼女こそ一番』と思う異性に一票を投じ、その結果を集計する、文化祭の影で行われる一大イベント。
……といっても、結果が出ても何が起こるわけでもなく、何が変わるわけでもない。
上位に君臨する女子生徒達の殆どが宗佐に惚れているという事実を男達が再認識し、宗佐への嫉妬を募らせるだけである。
情けないを通り越して不毛極まりない。そんな男達の馬鹿な伝統行事だ。
肝心の投票だって、完全匿名なうえ、友情票もあれば、本命を隠すために人気の高い女子生徒に投票するのも有り。それどころか、去年宗佐は妹可愛さに珊瑚に投票したのだから『兄妹票』すらも存在する。
「まぁでも、桐生先輩が卒業した後って考えると一波乱ありそうで気にはなるな」
馬鹿馬鹿しい行事ではあるが、気にならないわけではない。俺だって男だし、蒼坂高校の一生徒なのだ。
とりわけ今年は、過去月見と並んで頂点に君臨していた桐生先輩が卒業している。今まで彼女に注がれていた票がどこに流れるのか……と興味は湧く。
そんな話をしていると、宗佐がニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「それで、健吾はいったい誰に投票するんだ?」
「俺?」
「そうそう。健吾って、こういう話しても自分のことは喋らないじゃん。だから今回ぐらいは話してくれよ!」
なぁ、とグイと宗佐が身を寄せてくる。妙に楽しそうな笑みを浮かべており、好奇心が抑えられないと言いたげだ。血が繋がっていないのが嘘のように珊瑚とそっくりな笑みではないか。
それに対して俺は僅かに身をのけぞらせて宗佐から距離を取りつつ、手元に視線を落とした。
俺の手には未記入の真っ白な紙が一枚。手の中に納まってしまうほど小さいその紙は、言わずもがな隠れミスコンの投票用紙だ。
それを眺めながら「俺は……」と小さく呟いた声に、宗佐はおろか、興味を持ったのか前の席のクラスメイトさえも期待を込めて視線を向けてくる。下世話なやつらめ、と心の中で舌打ちをした。
俺は珊瑚のことが好きだ。
それは本人に告げているし、居合わせた桐生先輩や月見達も知っている。――といっても、彼女達は俺の告白は勘違いされ空回って終わったと思っている。その後に俺は珊瑚と二人きりの時を狙い、もう一度、今度ははっきりと「好きだ」と告げたのだが、それを改めて説明する気には恥ずかしくてなれない――
だが宗佐は、いや宗佐だけは、俺の気持ちを知らずにいる。
『敷島珊瑚になってくれ』と珊瑚に告げた俺の言葉を、『男兄弟に嫌気がさして妹が欲しい』と解釈したのだ。なんという斜め上な思考回路、だがこれが芝浦宗佐という男である。
いっそ今この場で、宗佐の目の前で、真っ白な用紙に『芝浦珊瑚』と書いてしまおうか。
それでも宗佐は勘違いを続けるだろうか? それとも俺の気持ちに気付き、妹を取られかねないと考えるか……。
そんな事を考えた俺の耳に、バタバタと騒々しい足音と何やら怒鳴るような声が聞こえてきた。
いったい何だと教室の扉へと視線を向ければ、開け放たれた扉の先、廊下を数人の男子生徒が駆け抜けていき……、
「敷島、芝浦、かくまってくれ!!」
と、その中の一人、木戸が教室に飛び込んでくるや俺達のもとへと駆け寄ってきた。
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