第5話 ご立腹な後輩と覗き四人
珊瑚が視線を向けるのは、俺達が身を隠していた場所……ではなく、更にその奥。
そこからまるで先程の俺達のように顔だけ覗かせているのは桐生先輩と木戸だ。
二人は俺達の視線に気付くとひらひらと片手を振ってきた。バレたと分かるや開き直ったのか、堂々と出てくるのだからたいしたものである。
更に二人追加され、珊瑚は怒り心頭と言わんばかりである。ついには宗佐の腕をベシベシと叩き始めた。
宗佐はそれを甘んじて受け入れており「はい」だの「ごもっともでございます」だのという返事が哀愁を感じさせる。
そうして改めて桐生先輩と木戸を交えて話を再開させた。
「どうして桐生先輩と木戸先輩まで覗いてるんですか。そもそも、桐生先輩はなんで学校に?」
「大学受験の資料を届けに来たの。それで、せっかくだから芝浦君の教室に寄って文化祭の話を聞こうと思ったら、芝浦君と敷島君が壁に張り付くようにして何かを追いかけて屋上に行くじゃない。これは着いていかないわけにはいかないと思ったのよ」
「で、俺はそんな桐生先輩に着いていかないわけにはいかない、というわけだ」
そういうこと、と堂々と二人が尾行を打ち明ける。
これに対して珊瑚は眉間の皺をより深め、眼光を鋭くさせ……、宗佐の腕を一度強く叩くと「まったく」と深い溜息に変えた。どうやら怒る気力も失せたらしい。
「もう良いです。でも、さっきの事は絶対に誰にも言わないでくださいね。宗にぃも!」
念を押してくる珊瑚に、誰もが頷いて返した。
これにてこの話はお終い……と思いきや、宗佐が珊瑚を呼んだ。それと同時に珊瑚の手から遊園地のチケットをスルリと抜き取れば、珊瑚も含めて誰もが宗佐に視線を向ける。
「珊瑚、遊園地は俺と行こう。俺がエスコートしてやるから!」
「宗にぃが?」
「あぁ、兄妹仲良く二人で遊園地だ! 楽しみだなぁ、なに乗ろうか!」
宗佐の思考は既に遊園地に行ってしまったようで、話す声は随分と弾んでいる。先程怒られていたという事実は綺麗さっぱり消えてしまったのか、相変わらず単純で、なおかつ妹溺愛である。
これに対して珊瑚は肩を竦めているが、苦笑を浮かべる表情はどことなく満更でも無さそうだ。宗佐の気遣いが嬉しいのだろう。……それに、宗佐と二人で過ごせることを彼女が喜ばないわけがない。
次いで彼女は得意げな表情を浮かべ、チラと視線を向けたのは……桐生先輩。
「宗にぃと二人仲良く遊園地……。これはまるでデート! ほぼデート、八割デート。いえ、九割デートと言っても過言ではありません!」
高らかに胸を張り珊瑚が告げる。いつもの牽制だ。
もっとも、当のデート相手である宗佐にその気が無いのはいつものことで、珊瑚の必死な訴えを横目に「兄妹デートかぁ」と間の抜けた発言をしている。
もちろんそこに恋愛感情はない。『デート』とは言っているが宗佐にとっては言葉遊びのようなものだろう。ただ『妹が自分と遊びに行くことを喜んでくれている』と妹溺愛の兄として喜んでいるだけだ。
そんな二人のやりとりを眺め、俺はしばらく考え……次いで宗佐の手からヒョイと遊園地のチケットを抜き取った。
「俺も行く」
「健吾も?」
「あぁ、宗佐だけじゃエスコートなんて出来ないだろ。迷子になって預り所に行く羽目になる」
「お前のとこの甥っ子と一緒にするな」
失礼な、と宗佐が睨んでくる。
だが俺が同行すること自体は別段不満ではないのか、二言目には「人数が多い方が楽しいかもな」と言い出した。
それに食いついたのが桐生先輩だ。先程俺がやったように、今度は俺の手からスルリとチケットを抜き取り、「遊園地、楽しそう」と優雅に微笑む。
「そろそろイルミネーションが始まるのよね。ちょうど見たかったの」
同行を言い出すどころか、既に自分も行く気だ。
となれば木戸に至ってはもはや意思を確認するまでもない。いつが良いかと予定を決めようとしている。
俺が発端ではあるものの、なんだか大事になってしまった。
どうしたものかと珊瑚の様子を窺っていると、彼女は肩を竦めながら俺達を見回し「それなら」と宗佐の腕を突いた。
「宗にぃ、皆で行くなら月見先輩も誘ってあげなよ」
「弥生ちゃんも?」
珊瑚の提案に宗佐が彼女を見る。突然妹の口から想い人の名前が出て驚いているのだろう。
桐生先輩と木戸も意外だと言いたげに珊瑚に視線をやるのは、二人とも彼女の真意にこそ気付いていないが、日頃宗佐を取られまいと月見に対して牽制しているのを見ているからだ。
彼等の中で珊瑚はあくまで『ブラコンな妹』でしかないが、それでも『過剰にブラコンな妹』であり、月見をライバル視しているのを知っている。
俺も同様。
むしろ俺は珊瑚の本当の気持ちを知っているからこそ、ここで月見の名前を挙げるのは意外だと視線を向けた。
そんな全員の視線が珊瑚に向かう中、彼女はまるで諭すように「良いですか」と前置きをして話し出した。
「この顔触れで遊園地に行って、それを月見先輩が知ったらどうなるか。どんな反応をするか。想像してみてください」
「想像って……」
言われ、俺の脳裏に月見の姿が浮かぶ。
彼女のことだ、俺達が自分抜きで遊びに行ったとしても『どうして誘ってくれなかったの!』なんて怒りはしないだろう。
きっと落ち着いて話を聞き、楽しかったと知れば『良かったね』と微笑むはずだ。
『そっか、楽しかったんだ。……よ、良かったね。今は遊びに行くのにも良い季節だもんね。……そうなんだ、イルミネーションもやってたんだ。……うん、凄く、楽しそうで……。良かったね……本当に……良かった、ね……』
と、穏やかに微笑み……。
……。
…………。
「駄目だ、想像とはいえ罪悪感が半端ない」
「でしょう?」
胸が痛い、と罪悪感を覚え痛みだす胸元を押さえれば、珊瑚がうんうんと頷く。
どうやら桐生先輩と木戸も想像したようで、二人ともなんとも言えない表情を浮かべていた。
「うわぁ、考えただけで月見さんに謝りに行きたくなる。あ、俺の想像の中で月見さんが微笑んだまま砂と化して風に散った」
とは、俺と同様に罪悪感を覚えた木戸。
「あとで謝ろう」とは言っているが、たんなる想像なので謝ったところで逆に月見を困らせるだけだ。
だが謝りたくなる気持ちは分かる。俺も今ここに月見が来たら咄嗟に謝ってしまうかもしれない。
対して桐生先輩は幾分冷静なようで、木戸に対して「落ち着きなさい」と冷ややかに諭した。
「砂になって散るなんて馬鹿な想像するんじゃないわよ。月見さんだって、ちょっと寂しさを覚えるくらいで……あら、」
「桐生先輩、どうしました?」
「私の想像の月見さんが、灰色になって固まっちゃった」
どうやら桐生先輩の想像の中の月見も大ダメージを受けていたらしい。挙げ句、「散ったわ」と続けるあたり、彼女の想像でも月見は耐え切れず砂と化したようだ。
そんな俺達の話に珊瑚が「そうでしょう」と頷き、その隣では宗佐が眉根を寄せている。
宗佐の表情は誰より渋く、今すぐにでも月見のもとに走っていきそうではないか。見兼ねた珊瑚がポンと腕を叩いた。
「そういうわけだから、宗にぃが月見先輩に声を掛けてね」
「俺が弥生ちゃんを?」
「私のこと覗き見してたでしょ。悪いと思ってるならそれぐらい働いて当然!」
ぴしゃりと珊瑚が言い切る。
先程のことを許してやるから言うことを聞け、という事なのだろう。相変わらずな妹ぶりで、これを宗佐が拒否できるわけがない。
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