第3話 遊園地へのお誘い
俺が走り出した直後、騒々しい音が聞こえ、数秒遅れて宗佐が教室から飛び出してきた。
「健吾! お前、珊瑚に教科書借りに行く気だろ!!」
「当り前だ! あいつしか二年で借りれる奴はいない!!」
「ふざけるな! 珊瑚の教科書を使う権利は俺にある!!」
「それは無い! 俺にも無いがお前にも無い! 妹の教科書は妹のもの、つまり早い物勝ち、先に頼んだ方が勝ちだ!!」
互いの主張を喚きながら二年生の教室を目指して廊下を走る。
もちろん俺も指定された教科書を忘れたからだ。そして教科書を借りられそうな後輩は珊瑚しかいない。
だからこそ宗佐が思い出す前に彼女のもとへと向かい、先に教科書を借りてしまおうと思っていたのだが……。
勘の良い奴め、と走りながらぼやく。
ちなみに宗佐が教科書のことを覚えていてちゃんと持ってきている……なんて可能性は微塵も考えなかった。
こいつにそんな信頼を抱くわけがない。現に俺のあとを追いかけているわけだし。
そうして階段を駆け下り廊下を駆け抜け、お互い喚きながら珊瑚の居る教室へと向かい……、
「人の! 名前を! 廊下で! 叫ばないで!!」
というごもっともな叱責を、俺と宗佐は並んで受けていた。
いったい何事かと様子を窺ってくる二年生達の視線が痛い。最上級生の威厳なんてあるわけがない。
「まったく……。それで、必要なのは古典の教科書? 宗にぃには私のを貸してあげる。健吾先輩の分は友達に借りてきますね」
怒りも冷めやらぬと言った声色で、それでも珊瑚は応じてくれるようだ。
彼女の言葉に大人しく叱られていた俺と宗佐は同時に顔を上げた。宗佐がどことなく勝ち誇ったように俺を見てくるが、その視線の腹立たしい事といったらない。
「自分の分を貸してくれるなんて、やっぱり珊瑚は俺の妹だな。これが兄妹の絆ってやつだ」
まるで勝利宣言のような発言に思わず唸りをあげる。
だが事実、珊瑚は自分の教科書を宗佐に貸し、俺には友人の教科書をと言っている。
それは事実、宗佐を優先したわけで……。
と、越えられない壁を感じていると、珊瑚が冷ややかに宗佐を睨みつけた。
「宗にぃは授業中に寝て教科書に涎を垂らしそうだから、他人の教科書を貸せるわけがないでしょ!」
なんともシビアな発言。
これには宗佐が唸りを上げ、しかし思い当たる節があるのだろう反論できずに項垂れた。なんとも情けない兄である。
逆に俺は勝ち誇った笑みを浮かべたのだが……、
「健吾先輩は『居眠りしないだけまだマシ』っていうだけですからね!」
という無情な言葉に、宗佐に倣うように項垂れてしまった。
それでも無事に教科書を借り、珊瑚に感謝しながら自分達への教室へと戻ろうとし……、
「芝浦さん、ちょっと良いかな」
と聞こえてきた声に、宗佐と同時に足を止めた。
振り返れば、珊瑚が男子生徒と話をしている。
「良いけど、どうしたの?」
「……えっと、ここだと人がいるから、別の場所で良い?」
「うん、良いよ」
「それなら屋上で良いかな。あそこなら話も聞かれないだろうし」
行こう、と誘って男子生徒が歩き出す。少し足早な足取りを見るに、急ぎの用兼なのか、それとも周りに聞かれたくない用件なのか。
珊瑚は何の話か見当がつかないのだろう首を傾げたまま、それでも追うようにあとを着いていった。
階段を昇り、踊り場を曲がって姿を消す。
まるで今から大事な話を、……それこそ告白でもするかのような二人の後ろ姿。
俺と宗佐は顔を見合わせ、
「行くぞ、健吾」
「おう」
と、真剣な顔付きで頷き合った。
◆◆◆
蒼坂高校の屋上は昼休みのみ開放されている。
見晴らしの良さや『学校の屋上』という青春を感じさせるフレーズに惹かれ、昼食をこの場で取る者は少なくない。……のだが、それも春の終わりまでだ。
暑くなれば日射しが降り注ぐ屋上よりもエアコンの効いた屋内が良くなり、一人また一人と減っていき、夏が終わり過ごしやすい秋になっても『別に屋上に出なくても良いか』と考えだす。残るのは極僅か。
冬は言わずもがな更に減り、寒空の下で昼食を取る物好き以外は寄り付きもしない。
そうして一年が過ぎ、春になると新一年生が珍しさや見晴らしの良さに惹かれて昼休みを屋上で過ごし、暑くなると次第に減って……と繰り返すのだ。
思い返せば、俺も入学したての頃は宗佐や友人達と屋上で昼食を取っていたが、いつの間にか教室で過ごすようになっていた。記憶の限りでは、最後に屋上に出たのは宗佐絡みで大人数で昼食をする事になった時以来か。
というわけで、秋の初めに入ったこの時期、屋上は人もまばらで程よい落ち着きを見せていた
各々好きに過ごしているため珊瑚と男子生徒が現れても気にも留めずにいる。
「……あいつ、珊瑚にいったい何の用だ」
とは、一角の壁に張り付いて身を隠し、珊瑚達の様子を窺う宗佐。
俺もその背後に立ち、身長差を利用して壁から顔を出して遠目に二人の様子を探る。
今の俺達は壁に身を寄せ、トーテムポールよろしく顔を並べている。きっと傍目には異様な二人組に映るだろう。怪しまれても仕方ないのだが、今はそれどころではない。
なにせ快晴の空を背景に向かい合う二人はまるで青春映画そのもので、今この瞬間にも男が意を決して告白……なんて流れになってもおかしくないのだ。
割って入ることも出来ず俺と宗佐が様子を窺っていると、男がズボンのポケットから何やら取り出した。
二枚の細長い紙……。
「遊園地のチケット貰ったんだ。それで……、芝浦さん、今度一緒に行かない?」
風に乗って、男子生徒の声が俺の耳に届く。
はっきりとした誘いの言葉に思わず息を呑めば、チケットを眺めていた珊瑚が顔を上げると同時に「遊園地?」と尋ね返すのも聞こえてきた。
驚きを隠せない声。対して男子生徒は気恥ずかしそうに頬を掻いている。
その光景に、聞こえてきた二人の声に、俺の頭の中で色々な考えが一瞬にして湧き上がってぐるぐると回りだした。
いっそこのまま飛び込んでしまおうか。
偶然を装って漂う空気をぶち壊しても良いし、なんだったら正々堂々と真向から邪魔をしても良い。
宗佐の前だが、そんなことを気にしている余裕はない。
だがそんな俺の考えが次の瞬間に消え去ったのは、珊瑚を誘っていた男子生徒が「それでさ」と話を続けたからだ。
「それで……ほら、最初から二人ってのもあれだろ。だから何人か誘って行かないか? お互い仲の良いやつ誘ってさ」
「仲の良い子……?」
「そう、仲の良い奴! 四人ぐらいで行けば楽しいだろうし。どうかな」
意気込むように、半ば食い気味に男子生徒が話す。
俺の真下からおかしな呻き声が聞こえてきたのは言わずもがな宗佐だ。
「俺の可愛い珊瑚をダブルデートに誘うだと……! どこの馬の骨だ……。許せない、なぁ健吾、お前も許せないよな!」
宗佐が同意を求めてくる。
それに対して俺は「もちろんだ」と正面の二人に視線を向けつつ頷いて返した。
この際なので、他でもない宗佐自身が、夏休みに俺にとってのダブルデートを組んでくれたことは考えるまい。
というか、宗佐の中で俺の立ち位置はどうなっているのだろうか。もしかして『共に珊瑚を守る兄仲間』とでも思っているのか。
だとしたら真相判明した時の恨みが凄そうだが……。それはさておき。
なんにせよ、今は目の前の二人である。
そう考えて再び視線を戻せば、向かい合っていた二人はちょうど同じタイミングで口を開いた。
「東雲さんとか!」
「実稲ちゃん?」
二人が同時に、一人の少女の名前を口にした。
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