第2話 子供と一緒に過ごせるお店

 



「妊婦さんや、赤ちゃんを連れている人をお客さんにしたお店はどうかな……?」


 注目を浴びて恥ずかしそうにしつつ月見が発言する。おずおずとした態度は彼女らしい。

 だがそんな彼女の提案を聞いても俺達はピンとこず、月見を見つめ……るのは彼女の緊張を煽ってしまので、それとなく会話をしながら月見の負担にならない程度に視線をやった。


「この間テレビでやってたんだけど、最近はそういうお店が多いんだって。今はベビー用品や玩具もレンタルできるらしいし、それなら作る手間も省けるかなと思って」


 そこまで説明し終え、月見が気恥ずかしそうに笑って「どうかな?」と誰にともなく尋ねた。周囲の女子生徒が「面白そう」と賛同する。

 彼女の話を聞き、俺達もなるほどと顔を見合わせた。


 そんな中とりわけ納得したと言いたげな反応を見せたのは委員長である。

 数度頷き、更に詳しい話を求めるように「良いわね」と同意を示した。


「確かにそれなら他と被らないお店になりそうね。賑やかな文化祭の中で、小さい子供が落ち着ける場所。需要もありそうだわ」

「オルゴールの音楽を掛けて、小さい子が遊んだり眠れる場所を作るの。それを眺めながら親がゆっくりとお茶したり、子供用の椅子を用意して一緒にご飯を食べたり……。きっと素敵なお店になると思うんだ」

「なるほど。料理や内装で差をつければ練習や大掛かりな用意が必要になるけど、『キッズスペース』なら『場』そのものを売りに出来るわね。それに『場』を売りにすれば飲食のメニューが少なめでも良いし、子供用はむしろ市販品の方が良さそうだわ」

「う、うん……。それに、ぬいぐるみや撮影スポットを用意すれば喜ばれるかなと思って。準備に時間の取れる子でそういうのを作れたら楽しそうでしょ」

「良い考えだわ。さすが月見さん。誰もが来られるお店だと逆に客の奪い合いになる。だからこそ、あえてこっちで客層を限定することで、少数ながら確実な客入りを狙うのね」

「……そ、そうなの、かな。うん」

「設備をレンタル出来るなら保管場所も悩まなくて良いわね。提供する飲食物含めて一か所に頼めるなら安くできるかもしれないし」


 なるほど、と委員長が頷き、黒板にキッズスペースと書き足していく。

 対して発案者の月見はと言えば、委員長の話に圧倒されたのか、「そこまで深くは考えてなかったよ……」と頬を染めながら俯いてしまった。挙句、自分の案だというのに「文ちゃんは凄いねぇ」と委員長を褒めている。


 月見が漠然としたイメージを話し、委員長は具体的なメリットを挙げていく。

 二人の話は対極的でありながらも分かりやすく、おかげでぼんやりと二人のやりとりを眺めていた俺達にも伝わってきた。



 キッズスペースを併設した飲食店なら、甥っ子達が小さい頃はよくお世話になった。

 大掛かりなスペースを確保し遊具も豊富に用意したそれがメインと言えるような店もあれば、店内の一角だけを囲って遊具を数個置いた簡易スペース程度の店まで。

 まさにピンからキリまで。一概に『子連れ歓迎』と言えども規模も様相も様々だ。


 だが世間的には増えていても、蒼坂高校の文化祭でそういった店が開かれた話は聞いたことがない。


「子供向けって言うと、科学部が体験学習をやってたな。あとは運動部がグラウンドでボール使ったゲームやってたけど、それより下の子供相手ってのは無かったよな」


 そういえば、と思い出しながら話せば、宗佐や他のクラスメイト達も頷いて返してくる。

 やはりみんな幼い子供相手の出し物は思い当たらないようだ。いくら子供向けと言えども想定は小学生ぐらいである。


 それでも、一昨年去年の客層を思い返せば、小さな子供を連れている一般客は多かった。

 蒼坂高校の文化祭は一般開放されており、近隣住民や小中学生も遊びにくる。――それゆえナンパ目的の不埒な輩も入ってくるので、今年こそ検問所を設置して欲しいところである――

 むしろ一般客どころか、在校生である俺の家族に幼い子供がいるのだ。

 ベビーカーを嫌がるようになった末の甥と、更に義姉のお腹に一人。芝浦家に至っては甥どころか末子が生まれようとしている。どちらも月見が提案した店の客層だ。


 なるほど確かに、そういった客層を狙うのも悪くない。

 それどころか名案と言えるだろう。牛丼屋と焼肉食べ放題しか出てこない俺達には一生かけても思い浮かばない発想だ。


 具体的なビジョンも見えはじめ誰もが納得していると、委員長が場をしきるためにパン!と手を叩いた。

 あちこちで好き好きに行われていた雑談が一瞬にして止み、彼女に視線が集まる。


「それじゃあ月見さんの案で決定ね。具体的な事は追々詰めていきましょう」


 ひとまず会議は終わり、と委員長が晴れ晴れとした表情で告げた。



 ◆◆◆



 会議も終わり、昼休みの残り時間を雑談しながら過ごす。

 一部の生徒達は既に文化祭ムードになっているようで、携帯電話で詳しいことを調べながら盛り上がっている。


 そんな中、俺は宗佐を交えて数人と雑談をし、ふと壁に掛けられている時間割を見て「あ、」と小さく声を漏らした。

 次は古典だ。そう思った瞬間、前回の授業で先生に言われた言葉が記憶に蘇った。

 同時に考え込み、ちらと宗佐に視線をやる。俺の声に気付いたらしく不思議そうにこちらを見ているが、まだそれ以外の事に気付いた様子はない。


「健吾、どうした?」

「……いや、なんでもない。……まったくもってなんでもない」


 大丈夫だ、とひとまず誤魔化し、ゆっくりと立ち上がる。

 どこに行くのかと問われ、これもまた「ちょっとそこまで」と告げて誤魔化した。


 注がれる視線が痛い。

 だいぶ怪しまれている。


 だが怪しむ気持ちは分かる。俺だって、仮に宗佐が今の俺と同じような言動で立ち上がれば怪しむだろう。


「なんだよその妙な態度。何かあったのか?」

「気にするな、ちょっと用事を思い出しただけだ。授業が始まるまでには戻る」


 じゃあな、と一言残し、さっさと場を離れる。

 これ以上怪しまれないよう、言及されないよう、自然な素振りで教室の扉へと進む。


 その途中、怪訝な表情で俺を見送っていた宗佐が「あれ」と声をあげた。振り返れば、俺に注がれていた宗佐の視線が別の人物へと向けられている。

 月見だ。真面目な彼女は、まだ時間に十分なほど余裕があるのに次の授業の準備をしている。


 そんな彼女の机には古典の教科書が二冊。


 ……まずい、と思わず小さく呟いた。


「弥生ちゃん、どうして二年の時の教科書持ってるの?」


 不思議そうに宗佐が尋ねる。

 それに対して、月見は問われた事こそ不思議だと言いたげに首を傾げ、


「え? だって、今日使うでしょ?」


 と答えた。


「今日? なんで?」

「この間の授業で先生が持ってくるように言ってたよ。捨てたりあげちゃった人は、二年生か他のクラスの子に借りてきなさいって」

「あー、そう言えばそんな事を言われたような……」


 ようやく思い出したのか、宗佐がしまったと言いたげに頭を掻き……、

 次いで「健吾……?」と俺の名前を呼んでゆっくりと視線を向けてきた。


 その瞬間に俺が走りだしたのは言うまでもない。



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