第七章 三年生秋

第1話 高校生活最後の文化祭

 



 夏の暑さが薄れ日が落ちるのが早くなり、気候も街並みも色合いを変える。

 ついでに朝から月見が溶けずにしゃんとして席に座っている。


 秋の訪れだ。


 それに倣うように蒼坂高校の生徒達は文化祭へ向けて動き出し、何をやるかどこを使うか各団体が話し出す。




 三年生の俺達にとっては高校最後の文化祭である。自然と気合が入り、誰もが思い出に残る文化祭にしたいと思う。

 ……思うのだが、そうもいかないのが高校三年生という立場。

 受験を控えた身ゆえ、準備期間いっぱい放課後ギリギリまで皆で残って準備とはいかない。中には、塾に通いつめるため放課後は参加出来ても週に一日か二日が限度、という過密スケジュールな者も少なくない。

 勉強以外でも、文化部にとっては『高校三年間の集大成』となるわけで、そちらに比重を置きたいと考えて当然だ。



「去年の劇みたいな練習が必要なものや、大掛かりな仕掛けが要るものは難しいわね。となるとやっぱり飲食店が妥当かしら」


 黒板に書かれた候補を眺めながら話すのは委員長。

 彼女の言葉に、誰からともなく頷いて返した。


 去年の文化祭だって、全員がクラスの出し物である劇に全力を注げたわけではない。部活に所属している者は時間を割けても良くて半々、中には殆どを部活の出し物に専念していた者もいた。

 他にも、当日の仕事がある美化委員や風紀委員等、思い返せば半分近くが掛け持ち状態だった。


 今年はそこに更に受験勉強が加わるのだ。

 費やせる時間が少なくなれば、必然的に出来る事は絞られる。


「私は飲食店が良いと思うんだけど、誰か他に意見はある?」


 どうかしら、と黒板を眺めながら話していた委員長がクルリとこちらを向いた。

 それに合わせて三つ編みが揺れ、はきはきとした声が「何かある?」と尋ねてくる。急かすような色は無く、優しく促すような喋り方と声だ。その言動は同い年でありながらも教師然とした風格すら感じられる。

 対して俺達はと言えば、誰からともなく顔を見合わせ、一人また一人とふるふると首を横に振って返した。


「それじゃあ飲食店で決まりね。となると肝心なのはどんな飲食店にするかよね。みんなどんどん意見あげていって!」


 委員長の言葉を切欠に、幾つか提案が挙がり始め、それらが黒板に書き足されていく。

 ちなみに黒板に書いていくのは男側から選出された議長である。

 本来ならば委員長と並んで会議を進行させる立場なのだが、去年の事を踏まえてか早々に書記と化してしまった。


 それで良いのか俺達の代表……と思えども、俺が議長でも委員長の手腕を目の当たりにしたら率先してチョークを取っただろう。


「メイド喫茶、オムライス専門店、パンケーキ屋……。どれも悪くはないんだけど、他と被りそうね」


 黒板に並ぶ提案を前に、どうしたものかと委員長が溜息を吐いた。



 そんな教室前方のやりとりを眺め、俺は机の横に張り付くようにしゃがんでいる宗佐に視線を落とした。

「何かあるか?」と尋ねれば、しばらく考え込むような素振りを見せるものの、首を横に振って返してきた。何も案は無い、という事だ。俺も同様だと頷いて返しておく。


 ちなみに、なぜ宗佐が俺の机の横に陣取っているかと言えば、今が昼休みだからだ。


 夏休み明けに行われた席替えでようやく俺と宗佐の席は離れた。今回は席替え交渉も無く、正真正銘、正反対とは言わずとも離れた席に座っている。

 だが休み時間のたびにどちらからともなく近くに行き、声を掛け、昼食は前後の席を借りて食べている。

 悲しいかな、ここまでくると宗佐と居ることが当然のようになってしまったのだ。宗佐も同様なようで、休み時間になると当たり前のように俺にところに来る。



 今日も変わらず、宗佐は俺の前の席を借りて二人で昼食を取っていた。

 その流れで話し合いが始まり、宗佐は席こそ持ち主に返したものの、自分の席には戻らず俺の机に張り付くように腰を下ろしていた。見れば他にも地面に座っている者は居り、女子が一つの椅子を半分こして座っている光景は微笑ましさすらある。


「飲食店って多いし、料理に拘ると準備が大変だよなぁ」

「用意出来る設備で作れるものって限られるし、味に拘るなら練習も必要だろ」

「手軽に作れるもの……っていっても、あんまり手を抜くと客が来なくなるか」


 難しい、と渋い表情で宗佐が呟く。それに俺も頷いて返した。

 前の席の生徒も半身よじってこちらを向くと「飲食店だと内装も飾らないといけないよな」と続く。


「確かに、剥き出しの机と椅子じゃ客は来ないな」

「いっそ学校の教室風ってのも考えたけど、一昨年も去年もどっかのクラスでやってた気がする」


 何が良いだろう、と周囲のクラスメイトと共に考えを巡らせる。


 高校の文化祭で出来ることは限られている。飲食店に絞るなら尚更だ。

 それに簡単な料理と言えども人様に出すのなら練習は必要。普段から調理をしている者ならばまだしも、殆どの生徒が料理スキルは家の手伝い程度で、なかには米を炊いたことすらない者もいる。


 更に調理用具の調達、食材の保管場所確保、店内設備や内装作り。……と考えていくと、飲食店といえども大掛かりになる。

 だが手を抜けば閑古鳥が鳴く事になりかねない。

 文化祭の来場者数は多いとはいえ、同時に飲食店の母数も多いのだ。客の取り合いである。


 良い案は……と考えるも当てがない。


「なんか良い感じの店は……って思うけど、そもそも普段から洒落た店に行かないからまったく思いつかないな。思い出そうにもファミレスか牛丼屋ぐらいだ」

「奇遇だな、健吾。俺もさっきから牛丼屋の記憶しか出てこない。お前と一緒に行った牛丼屋だ」


 考えてみれば、洒落た店にしようにもそもそもの『洒落た店』がどういうものか分からない。

 記憶を漁っても出てくるのは洒落っ気とは無縁な店ばかり。それもだいたい肉料理ときた。

 悲しいかな男子高校生。質より量、パンケーキより肉である。

 周囲のクラスメイト達も同じ程度で、牛丼屋か焼肉食べ放題ぐらいしか思い浮かばないと話に入ってくる。まったくもって戦力外だ。


 そんな事を話しながら候補を考えていると、「あ、あの」と僅かに緊張感を漂わせる声があがった。

 見れば月見が発言を求めるように手を上げている。教室内の視線が自分に集まると彼女は恥ずかしそうに身を縮こませ、それでも「あのね」と話し出した。


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