第17話 とっておきの場所へ続く道



 家族が見えなくなるまで――追いかけて来られない距離まで、とも言える――足早に進み、ここまで来れば平気かと思うところで歩くはやさを落とした。

 危なかった……と思わず息を吐けば、そんな俺の態度に珊瑚がクスクスと笑いだした。


 先程手を掴んでしまった恥ずかしさと、家族の問題に巻き込んでしまった恥ずかしさ。更に預り所で係員達に何か聞かされているかも……と考えれば羞恥心が限界を超えかねない。顔が熱いのは夏の暑さと祭りの熱気だけではないはず。

 あまりの居た堪れなさに今は珊瑚を直視し難く、人混みを進みながら横目で睨むにとどめ、笑う彼女に「なにがおかしい」と唸るように訴えた。

 もっとも、それに対しても珊瑚は笑い続け「なんでもありません」と返すだけだ。それが誤魔化しなのは明らかで、したり顔の彼女に対して俺の居心地の悪さは拍車が掛かる一方である。


 なんで浩司は迷子になったんだ。

 それも、よりにもよって珊瑚に保護されるなんて……!


 偶然と分かっていても恨めしく、だがそれを口に出来るわけがなく人混みを進む。

 数分前に宗佐から『先に花火の場所取りしてるから』と連絡が入り、その際に添えられた『珊瑚と落ち合って二人で来てくれ』という暢気なメッセージまでも今は憎らしい。

 ……もちろんこれは八つ当たりである。それが分かっていても俺のこのやり場のない憤りは宗佐に向かってしまう。仕方ないし構わないだろう、なにせ宗佐だから。これも友情。


「それで、お前の馬鹿兄貴が前に言ってた『とっておきの場所』ってどこなんだ?」

「なぜこの場で宗にぃが馬鹿扱い……? まぁ事実なので気にしませんけど。『とっておきの場所』はこっちですよ」


 ほら、と珊瑚が細道を指さす。並ぶ出店から少し離れた、誰もが気付かず素通りするような道だ。

 人混みから離れて細道を進めばあれだけ居た客も次第にまばらになり、祭りの音楽や賑やかさもどこか別の場所から聞こえてくるように感じる。


「こんな道あったんだな。はじめて通った」

「暗いからあんまり人が来ないけど、こっちもちゃんと開放してるんです。おばあちゃんが昔このお祭りの係員してて、その時に教えて貰った場所なんですよ」

「へぇ、まさに知る人ぞ知るってやつか」


 珍しさから周囲を見回しながら歩く。

 小さな頃からこの祭りには来ているし、公園には祭り以外でもよく遊びにきていた。年始には神社に初詣にも来ている。だがこの道は通ったことはない。むしろ道があった事すら知らなかった。

 それでも元よりある土地勘から神社に向かっているという事は分かる。

 現に珊瑚の案内で進めば道の先に神社に上がる階段が現れた。石造りの急勾配な階段で、等間隔の街灯と、今日のための提灯が下げられている。


「こっちの道通って良いのか?」


 そう俺が声を掛けて足を止めたのは、祭りの雰囲気が無くなってきたからだ。

 街灯や提灯はあるものの店はなく、よって人も少ない。立ち入り禁止区域に入ってしまったかのような後ろめたさすら感じてしまう。

 だがそんな俺に対して珊瑚は「大丈夫ですよ」とあっさりと返し、それどころかニヤリと笑みを浮かべた。悪戯っぽい笑みにいったい何だと身構えてしまう。


「健吾先輩、もしかして怖いんですか?」

「怖い?」

「そうです。人の少ない神社、怖がるのも無理はないですね」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら珊瑚が俺を見上げてくる。なんて楽しそうな表情だろうか。まるで俺の弱味を握ったとでも言いたげではないか。

 これには俺も「そんなわけあるか」ときっぱりと否定した。

 確かに夜の神社と言えば薄気味悪さを感じる場所だ。とりわけ今は人もまばらで、石造りの階段が妙な雰囲気を漂わせている。これが何もない平時の夜であったなら気味悪いからと即座に引き返していただろう。


 だが今は夏祭りの真っただ中で、耳を澄ます必要も無く祭りの賑わいや音楽が聞こえてくる。趣こそ感じれども恐怖はない。

 それを説明すれば、珊瑚が「なんだ」とつまらなさそうな声をあげた。相変わらず小生意気な態度だ。


 ……そんな彼女の表情を見て、今度は俺がニヤリと笑みを浮かべた。


「怖くは無いけど、期待はしてるな」

「期待ですか?」

「あぁ、なにせ好きな女の子が人気の無い場所へと誘ってるんだ。これに期待しない男は居ないだろ」


 そうだろう、と同意を求めれば、珊瑚は告げられた言葉の意味を理解出来なかったのかきょとんと目を丸くさせ……、


「な、なに言ってるんですか!」


 次の瞬間、はっと息を呑むや俺を咎めてきた。暗がりで見えないがきっと真っ赤になっているだろう。

 変な事を言うなと睨んでくるが、今の俺にとってはその反応すら可愛い。堪らず愛でるように眺めていると睨んでくる眼光がより鋭くなった。


「ただ花火を見にいくだけじゃないですか……!」

「いやいや、せっかくの花火だぞ。それに周囲も暗いし、人も少なくなってきたし、これはかなり良い雰囲気なんじゃないか?」

「……そんなこと聞かれたって分かりません」


 俺の言葉に、珊瑚がムゥと眉根を寄せて唸り不満を訴え……、


「さっき、預り所のおじさん達から面白い話を聞いたんで、あとで宗にぃと月見先輩に話します」


 と、脅しをかけてきた。

 笑みを浮かべていたが俺の体内で、サァと一瞬にして血の気が引く音が聞こえた気がした。


「悪かった、もう言わない。絶対にこの件は話題に出さない」

「あと桐生先輩と木戸先輩にもメールします」

「悪かった! 頼むからそれは勘弁してくれ、夏休み明けに学校に行けなくなる!」


 気付けばあっという間に形勢逆転。慌てて謝罪をすれば、珊瑚は「まったくもう」とご立腹で階段を上り始めた。

 ひとまず預り所で聞いた話を言い触らすのは止めにしてくれたようだ。思わず安堵し、置いていかれまいと彼女を追うように階段を上る。


 いったい預り所の係員達からどんな話を聞いたのか……。

 俺にとっては、人気のない神社の恐怖よりそちらの方が怖い。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る