第14話 敷島家の夏祭り(side珊瑚)
※珊瑚視点です。
謎の盛り上がりを見せる預かり所を前にどうしたものかとあぐねいていると、係員の一人が微笑みながらこちらに向かってきた。
先程の係員と同年代か、もしくはそれ以上。さすが地域密着型の夏祭だけあり、地域のボランティアサークルや老人会からも有志の協力者を募っている。
おばあちゃんも協力者の一人であり、当日の手伝いこそしないが老人会での事前準備には参加している。並ぶ提灯の幾つかは老人会の集まりでおばあちゃんが作ったものだ。
――それを見つけて実稲ちゃんに話したところ「珊瑚ちゃんのおばあちゃん、つまり実稲のおばあちゃんでもあるのね」とよく分からない返しをされた。実稲ちゃんの言う事は時折……いや、割と高い頻度で理解が難しい――
とにかく、目の前に立つ老年の男性はまるで孫を見るかのような瞳で浩司君を見下ろし、それどころか嬉しそうに表情を綻ばせた。優しげな表情だ。
知り合いだろうか? だが浩司君の方にはそういった様子は無い。
「敷島家の……あれか、双子の片割れか。どっちだ?」
「敷島浩司! 双子の兄の方です!」
「そうかそうか、双子の兄か!」
何故か得意げな浩司君に、次いで老年の男性もまた嬉しそうに頷いて返す。さっぱり分からない。
だがさすがにここまでくれば私も冷静になるというもので、感慨深そうなところを申し訳ないと思いつつ「あの……」と声を掛けた。
「なにかあったんですか?」
「あぁ、お嬢ちゃん悪いね。敷島家はここいらで有名な大家族なんだけど、知ってるかな」
「それは知ってます。その……えっと、学校の先輩……ですから」
今一つ健吾先輩との関係を言い表しにくく、ひとまず『学校の先輩』と伝えておいた。
『知りあい』と言うほど他人でもなく、かといってもう『兄の友人』とは言えない。
彼の中で私は既に『友達の妹』ではないから。
それは分かっている……。
分かっているからこそ明確な言葉が出てこない。
「それで、その……敷島家がどうしたんですか?」
「敷島家はな、一人一回必ずこの祭りで迷子になって、預かり所に来ることでも有名なんだ」
「それはまたなんとも……」
思わず言葉を失うも、男性はからからと笑うだけだ。
だがその表情には迷子常連に対して困っている様子もなければ迷惑がっている様子もない。むしろ楽しげにすら見える。
「あの家は祭りの準備で貢献してくれるから、この預かり所含めて祭りの顔馴染みってところだな」
「そうなんですか……。でも、迷子って兄弟全員がですか?」
「俺の知る限りじゃ、今の四人兄弟どころか父親の代からだな。もしかしたら祖父の代からかもしれない。あの家系はやたらと男兄弟が多くて、必ず一人一回、それも毎回違うパターンで預かり所に来る。お嫁さんが男児を生んだって聞いた時から、いつ来るかと楽しみに待っていたんだ」
笑いながら話す老年の男性に、思わず呆れてしまう。
なるほどどうりで浩司君が慣れてるはずだ……と、これもまた地域密着型ゆえのことなのだろう。はたして『地域密着型』で済ませてしまって良いのかは定かではないが。
だがそんな私の疑問も他所に、老年の男性は数人集まってなにやら話しだしてしまう。
楽しそうなその表情を見るに、敷島家の迷子はこの慌ただしい預かり所の一種の楽しみなのだろう。……ひとまず善意的に考えておこう。
そう自分に言い聞かせれば、次いで沸くのは興味だ。なにせここまで騒がれるほど敷島家の迷子とやらは有名らしく、敷島家は誰もが一度必ず迷子になるのだという。
誰もが一度。
つまり健吾先輩も。
「皆ってことは、浩司君の伯父にあたる四人兄弟も迷子になったんですよね?」
「おぉ、そりゃあの敷島家だからな。俺も全員ここで預かった」
「それじゃあ、健吾先輩も……。えっと、三男も?」
尋ねれば、老年の係員がふむと記憶を遡るように顎に手を置いた。「三男はどんな保護のされ方だったか」という呟きに歴史を感じさせる。
そうしてしばらく彼が悩んでいると、横からヒョイと顔を覗かせた男性が「三男なら覚えてる」と会話に入ってきた。老年というには幾分若いが、それでも自分達が小さい頃には現役で係員をしていたであろう年齢だ。
曰く、彼もまた幼かった頃の健吾先輩をこの預り所で保護したらしい。
「三男っていうと、泣いてる子を宥めたり話を聞きだす手際が良かったから、ご両親来たあとも一時間残って働いてもらった子だろ」
「あぁ、あいつか! 次の年にスカウトしたら本気で怒ってたな!」
懐かしい、と笑いあう二人に言葉を失い唖然としてしまう。
なんとも言えない話だ。迷子を働かせる預かり所もどうかと思うが、そのまま一時間残してしまう親もどうかと思う。もちろん、働いてしまう本人もである。
だが懐かしむ大人達の昔話に水を差せるわけがなく、仕方ないと溜息を吐き……はたと我に返って携帯電話を取り出した。
件の敷島家三男の連絡先を知っているからであり、ここでのんびり親の到着を待つより直接連絡してしまった方が早く解決するからである。
そうして先程まで迷うように指でなぞっていた名前に軽く降れ、小さなコール音を響かせた。
この際だ、
「いやー、しかしさすが敷島家の新世代。まさか女連れとはな」
「弟もまだ居るし、これからが楽しみだ」
と背後で係員達が楽しそうに話しているのは気にするまい。
そんな会話は聞かなかったことにして数度コール音を鳴らしていると、プツと小さく途切れてノイズが流れこんできた。
夏祭りの最中だけあり入り込む雑音は大きく、口元に手を当てて普段より大きめに相手の名を呼ぶ。
「健吾先輩、今どこに居ますか?」
『今ちょっと家の用事で……、東雲とは別れたのか? 悪い、迎えは宗佐に』
「いえ、私いま浩司君と一緒にいるんです」
『え! 浩司と!? なんで!?』
驚愕と疑問を綯交ぜにした声が携帯電話から耳に伝う。
意外どころではない組み合わせに、今頃電話の向こうでは目を丸くさせていることだろう。その表情は容易に想像でき、思わず小さく笑みを零してしまう。
……係員達が「あの子、三男とも繋がりが」だの「もしや新世代は三角関係か?」だのと話しているのだが、こちらはいい加減に仕事に戻って頂きたい。
そんな外野の囁きは雑音と聞き流すことにして携帯電話越しの通話相手に意識を向けた。
粗方の経緯を話せば迷惑をかけたと謝ってくれるこの実直さは、さすが迷子の果てに働かされただけある。
『それで、いま迷子預かり所にいるんだな』
「はい」
健吾先輩が迎えに来るのだろうか。となれば、念のためここで浩司君を見守っておくべきかもしれない。
そんな事を考えながら返事を待っていると電話口から唸り声が聞こえてきた。随分と低く渋い声だ。
『預かり所か……。あのおっさん達、まだ現役なんだよなぁ……』
忌々しい、とすら言いたげな声で健吾先輩が唸る。
きっとこのお祭りで迷子になり、預り所に保護された時の事を思い出しているのだろう。彼の言う『あのおっさん達』が今まさに背後で浩司君相手に色々と話している。
仮にここに健吾先輩が来たらどうなるだろうか。
きっと係員のおじさん達は大喜びするに違いない。今でさえ盛り上がっている思い出話は更に花が咲き、懐かしさのあまり健吾先輩を預り所で働かせようとするかもしれない。
それに対して抵抗する健吾先輩の姿は見たくもあるが、携帯電話越しに届く唸り声を聞くに流石にそれは酷だろう。
「浩司君連れてどこかで合流しましょうか?」
『そうして貰えると助かる。場所は公園の入り口で、母さん達には俺の方から連絡しておくから』
「分かりました」
ノイズと喧噪混じりで聞き取りにくい会話ながら、手早く合流場所を決めて通話を終わらせる。
そうして一部始終を話せば係員達も納得してくれたようで「新世代は預かられるだけじゃ終わらない」と楽しそうに話しながら見送ってくれた。
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