第13話 迷子の正体(side珊瑚)

※珊瑚視点です。



「ねぇきみ、どうしたの?」


 雑踏の中を縫うようにして近付き声をかければ、男の子がはたと気付いてこちらを見上げた。

 活発そうな顔付き、手や膝に貼られた絆創膏、戦隊もののTシャツと半ズボン。いかにもやんちゃ盛りの少年といった彼は、じっとこちらを見上げると助けが来たと察して一瞬にして明るい表情を浮かべた。


 そうしてハッキリと、堂々と、迷いなく、高らかに、


「こんばんは、迷子です! 保護してください!」


 と名乗り出た。

 元気の良い挨拶、慣れすら感じさせる迷子らしからぬ救助要請。


「随分と堂々とした迷子だね」


 普通迷子とはもっと弱々しく、不安に苛まれているものではなかろうか。

 必死に親を探し、行きかう人々を見上げ続けることに疲れ、このまま二度と家族のもとに帰れないのではと涙を流す。それが一般的な迷子のイメージである。

 少なくとも、幼い頃にこのお祭りで迷子になった私はそうだった。宗にぃと手を繋いでいたのにと彼の名前をしきりに呼び、またも母親に会えなくなるのかと泣き続け、迷子案内所で保護されてもしばらくろくに喋れずいた。

 その後、偶然居合わせた男の子に宥められようやく話しはじめたのだが、あの時の私はまさに迷子そのものだったろう。


 それに対して、今目の前にいる迷子のなんと立派なことか。

 だが自ら言っているのだから迷子なのだろう。元気いっぱいの自己申告という一般的な迷子像からは遠いが、知ったからには放っておくわけにはいかない。


「迷子預かり所まで連れていってあげる。一緒に行こう」

「でもその前にクレープ食べたい!」

「余裕にも程がある」


 自分の状況を把握していないのか、もしくは把握したうえでの余裕なのか、洋菓子屋の店頭販売に呼び寄せられていく男の子を慌てて引きとめる。

 最早貫録さえ感じかねないその堂々とした迷子ぶりといったらなく、おまけに歩きだすなり「母さん達、俺のことちゃんと探してるかなぁ」とまるで第三者のように言って寄越すのだ。

 きっと今頃彼と一緒に来たというお母さんはさぞ心配しているだろうに。親の心子知らずとはまさにこのことだ。


「心配して探してるに決まってるよ」

「でも、うち迷子なんて慣れっこだからさ」

「慣れっこって、気を付けなきゃ駄目だよ」

「迷子になるのは俺だけじゃない!」


 兄妹でも居るのだろうか自分だけではないと訴える彼を宥めつつ、公園の隅にある迷子預かり所へと向かう。

 だがその途中、幾度進路を変えられそうになったことか。気付けばふらりと脇道へ逸れるし、あっちこっちと余所見をするし、ちょっとした段差にも登ろうとする。はてには「木の棒が落ちてる!」と何故か拾いに行こうとするのだ。

 まっすぐ余所見をせず歩かせるだけでも一苦労。これは迷子になるのも仕方ないと、無駄に長い木の棒を拾おうとする手を慌てて掴んだ。



◆◆◆



 余所見防止にクレープを与え、なんとか預かり所に辿り着いた。ーー食べてる間は大人しいだろうと思ったが、その食べてる間の短いことといったらーー

 そうしてようやく訪れた迷子預かり所は夏祭りだけあって混雑しており、もしかしたらどの店よりも大盛況と言えるかもしれない。

 火が着いたように泣き喚いて手の負えない子や、不安と緊張からか係員に声をかけられても黙りこくってしまう子。ただひたすら「お母さん」を連呼している子。中には自ら親を探そうと預り所から出て行こうとする子もいる。

 そんな子供達を一人一人宥め、名前や親の情報を聞き出し、各地と連携を取り……と係員は随分と大変そうだ。

 まさに戦場と言えるかもしれない。元より漂う夏の暑さの中、この一角は更に熱気を伴っているように感じる。


 目の前の光景を眺め、次いで隣へと視線を移す。全身全霊で不安を訴える迷子達と比べ、隣に並ぶ少年の堂々とした態度といったらない。

 頬には大粒の涙の代わりにチョコレートが着いており、それに気付いて手の甲で拭うと、今度はその手をTシャツで拭いてしまう。あぁ、青いTシャツに茶色いチョコレートの跡がベッタリ。おまけに襟元を引っ張って口を拭こうとしだすのだから、これには慌ててハンカチを差し出した。


「すいません、この子、迷子なんですけど」


 慌ただしそうに行き来する係員の男性を呼び止める。――この場合「これでも一応迷子なんですけど」と言った方が正しいだろうか――

 係員も慣れたもので、こちらに気付くと額に汗を浮かべつつも穏やかな笑顔を浮かべて迎えてくれて。

 年齢は父親世代、それどころか祖父世代かもしれない。迷子預かり所に配置されるだけあり顔付きや物腰は柔らかく、子供の不安を一瞬で拭えそうな暖かさを感じさせる。下手に若い男性を置くより年配の方が子供も落ち着くのかもしれない。


 もっとも、今回に限りその笑顔も不要だろう。なにせこの迷子、手練れである。

 ゆえに何を聞かれるかもわかっているのか、係員を見上げ、問われるより先に、


「こんばんは! 敷島浩司、小学四年生です!」


 と自ら名乗った。相変わらず元気の良い挨拶、はきはきとしていて場馴れ感が凄い。


 いや、それよりも……。


「え、敷島……?」

「今日はお母さんとおばあちゃんと、双子の弟と、叔父の兄ちゃんと来ました!」

「敷島って……きみ、もしかして」

「公園の端っこで迷子になりました! 双子の弟は俺と同じ格好です! お母さんは赤いワンピースで、目印は」


 矢継ぎ早に――それにしたって慣れ過ぎではなかろうか――申告するこの……敷島浩司君に、思わず目を丸くさせて視線を向けた。

 だって敷島って……それって……。

 だがそんな私の驚愕よりも係員の男性は驚いたと言いたげで、息を呑みながら浩司君を見るとワナワナと小さく震え……。


「敷島……敷島家が来たぞ!」


 と、背後で仕事をしていた他の係員に声をかけた。


 思わずポカンとしてしまうのは仕方あるまい。

 なにせこの時まで私は只の迷子――迷子らしからぬ貫録を感じさせるが――を保護したつもりだったのだ。それが健吾先輩の甥っ子で、そのうえなぜか迷子預かり所内を騒然とさせている。

 声を掛けられた一人が更に別の係員に声を掛け、それが波紋のように広がり、あげくに「敷島がきたって!?」とわざわざ顔を出してくる人までいる。

 元より迷子が騒いで熱気が漂っていた預り所は、先程とはまた違った熱気と盛り上がりを漂わせる。


「……どういうこと?」


 思わず誰にというわけでもなく呟くも返事はない。

 まったくもって理解が出来ず、思考も追い付かず、それでいて離れるわけにもいかない。眼前の賑やかさに対してまさに蚊帳の外だ。


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