第11話 台風一過と捜索願

 



 マネージャーが迎えに来るという東雲の話を聞き、珊瑚が携帯電話を取り出した。

 時間を確認しているのだろう。つられて俺も時間を見る。といっても俺は特に予定もないので、時計を確認したところで打ち上げ花火までの時間を逆算するくらいだが。


「マネージャーさんはどこに迎えにくるの?」

「時間になったら神社の裏手に来てくれるの。だから、もしも珊瑚ちゃんがいたらそれまで一緒にお店を見て回れないかなって思って……。いつもこの時期は仕事が被るから、実稲、お祭りって来たことなくて……」

「実稲ちゃん……」

「もしも珊瑚ちゃんとお祭りをまわれたら、二人で焼きそば食べたりかき氷食べたり、たこ焼きを食べたり串カツ食べたり焼き鳥食べたりモツ鍋食べたりケバブ食べたりできるかなって……」

「実稲ちゃんの中の私、だいぶ大食いだね」

「迎えまで一時間も無いけど……」

「大食いのうえに早食いかぁ」


 そんなに食べないよ、と珊瑚が念を押し、次いで苦笑を浮かべた。

「仕方ないなぁ」と呟くと共にシートの上に置いていた鞄へと手を伸ばせば、それに気付いた東雲がパッと顔を上げる。項垂れていたのが嘘のように瞳が輝きだした。


「良いの!? 珊瑚ちゃん、良いの!?」

「仕事に行く時間までだけど。それじゃ宗にぃ、ちょっと行ってくるね」


 珊瑚がゆっくりと立ち上がり、スカートの端を軽く引っ張ってヨレを直す。

 それに対して宗佐が見送りの姿勢を見せつつも「二人で大丈夫?」と案じだすのだから、さすが妹溺愛である。「会場から出ないように」だの「変な人に声を掛けられたら」だのとまるで幼い子供相手のようだ。

 きっとこれが他所のお祭りだったなら案じるだけでは足りず、「女の子だけで行かせられない!」と同行していただろう。


「何かあったらすぐに連絡して。危ないと思ったら周りの大人に助けて貰うんだぞ」

「宗にぃってば大げさすぎ。ちょっと落ち着いてよ」

「でも前に迷子になっただろ。今回もはぐれたら……」

「迷子って小学生の時の話でしょ。心配なのは分かったから、神社と公園からは出ないから大丈夫」

「そ、そうだな……。それなら東雲さんを見送ったら電話してくれれば、神社の裏でもどこだって迎えに行くから」


 せめてと宗佐が告げれば、珊瑚が溜息交じりに肩を竦めた。

 このままでは埒が明かないと判断したのか「はいはい」と宗佐を宥める口調は随分とお座成りで、なおかつ宗佐の過剰な心配には慣れたものだと言いたげでもある。 

 そんな二人のやりとりをクスクスと笑いながら眺めているのは月見だ。楽しそうな彼女の表情に、笑われていると気付いた宗佐が気恥ずかしそうに頭を掻いた。情けないところを見せたとでも思っているのだろう、もっとも、月見の表情には一貫して宗佐への好意しか感じられないが。


「行ってくるね」と告げて、珊瑚が場を離れようとする。

 彼女が立ちあがったことでレジャーシートに一人分の隙間が空いた。当然と言えば当然なのだが、それを見下ろすや俺の胸になんとも言えない気持ちが湧く。顔を上げれば嬉しそうに珊瑚の手を取る東雲の顔が目に留まった。


 このまま黙って見送るわけにはいかない。


 そう考え、歩き出そうとする珊瑚を呼び止めた。

 珊瑚が振り返り、どうしました?と言いたげに俺を見つめる。


「連絡くれれば迎えに行くから」

「えっ……」


 ムグと珊瑚が一瞬言葉を詰まらせる。それでも僅かに視線を落として「はい」と小さな声で答えると、頬を赤くさせながら東雲の手を引いて歩きだした。

 その表情も仕草も相変わらず可愛い。

 ……のだが、珊瑚に手を引かれながら歩く東雲は今日一番と言える鋭い眼光でこちらを睨んでいる。プロのカメラマンも裸足で逃げ出しそうな眼力。敵意剥き出しではないか。

 俺も人のことは言えないけれど。



 ◆◆◆



 そうして珊瑚と東雲を見送り、ふぅと誰からともなく一息吐く。

 突如現れては騒いで珊瑚を掻っ攫っていった東雲はまるで台風のようだ。そう言ってやれば宗佐と月見が笑いながら頷いた。

 そんな二人を見て、俺はふと考えを巡らせた。

 珊瑚を連れていかれた事は不服ではあるが、東雲の乱入はこの場を切り替えるのに好機と言えるかもしれない。


 なにせ今日の俺の役割は宗佐と月見の緩衝材。珊瑚が同行することで忘れかけていたが、少しぐらいは二人に協力しておかなくては。そもそも珊瑚の同行は宗佐が月見を誘ったからであり、それを考えるに多少恩返ししておくべきだろう。

 それに二人の間に流れる空気は問題なく、むしろ時折は俺達を放って話し込んだりもしていた。時にはぎこちなくなったりもするが、それだって互いを意識しているからこそだ。

 ここは適当な理由をつけて席を外し、二人きりにさせても良いかもしれない。


 なんとも空気を読む緩衝材ではないか。


 そんな自画自賛をしていると、俺の腰元で携帯電話が震えだした。

 絶妙と言えるタイミングの良さ。この着信を利用して「中学の友達が来てるから久々に会ってくる」とでも言って一時的に退散しよう。

 そう考え、俺はさっそくと着信を取り……、


『健吾くーん、浩司がいなくなっちゃったのよ。探すの手伝ってぇー』


 という早苗さんからの救助要請に額を押さえた。

 適当な理由をつけて、どころではない。正当な理由が出来てしまった。それもだいぶ嬉しくない方向の理由が。


 思わずガクリと肩を落とせば、宗佐と月見がどうしたのかと尋ねてくる。


「うちの猿の片方が迷子になったから探してくる……」

「え、大丈夫か? 俺達も行こうか」

「いや、平気だ。はしゃいで迷子になるくらいには馬鹿だけど、祭りの会場を出るほどには馬鹿じゃないし、祭り会場のどこかには居る。……どこかには」


 盛大に溜息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

 電話口の早苗さんには了承とひとまず合流しようと告げれば、『お友達と遊んでるのにごめんねぇ』と申し訳なさそうな声で通話が終わった。

 終わり際の声にも疲労を感じさせる。祭りで興奮する猿を一匹捕まえた状態で、興奮してどこかにいった猿を探すのはさぞや大変だろう。


「これは大家族に生まれた宿命だと割り切って行ってくる」


 思わず呻くような声で話せば、宗佐と月見が苦笑する。

「頑張れよ」だの「行ってらっしゃい」と見送ってくれる二人に、俺は花火までには戻ると話し……、


「それまで二人でごゆっくり」


 と、冷やかし混じりに告げてやった。その瞬間、宗佐と月見が揃えたようにポッと頬を赤くさせた。

 分かりやすい反応はそれでいて満更でもなさそうで、猿の捕獲に駆り出される俺からしてみればなんとも羨ましくて妬ましい。

 緩衝材になるとは言ったが、早めに切り上げてここぞというタイミングで邪魔してやろうか……と、そんな意地の悪いことを考えてしまう程だ。


 そうして、改めて二人きりにされて今更な緊張を感じているのか途端にしどろもどろになる二人を横目に、俺はひとまず家族と落ち合うべく公園を後にした。




 それから数十分後、公園の片隅で、


「こんばんは、迷子です! 保護してください!」

「随分と堂々とした迷子だね」


 という会話が交わされるのだが、あいにくと人混みの中を探しまわっていた俺は知る由もない。





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