第10話 乱入者



 夏と祭りの熱気が入り交じる中ーーそしておばさんゴスペルグループの再演を望む俺の願いも虚しくーー、ジャズの生演奏が続く。

 珊瑚と月見はこの演奏が随分と気に入ったようで、いつの間にか話をやめ、今は聞き入るようにステージへと視線を向けていた。彼女達の瞳はステージの明かりを写し、いつもより輝いて見える。

 その光景は夏らしく美しく、俺も宗佐も見惚れてははたと我に返り、とりあえず買っておいた食べ物の話で場を繋いでいた。これが美味いだの後でまた買って来ようだの、そんな会話に時折珊瑚と月見が加わり、ジャズの生演奏をBGMに話と食事が進む。


 日中の暑さを残す夜、普段とは違うシチュエーションで過ごす一時。

 まさに特別と言える空気の中、俺の耳に届いたのは……、



「珊瑚ちゃぁーん!!」



 という、覚えのある声。

 その声を聞きつけた瞬間、俺と珊瑚が慌てて周囲を見回した。


 生演奏と客達の話し声が止まぬ賑やかさの中、よくぞ聞き取ったと我ながら思う。

 ……どうして聞き取ってしまったのか、とも思えるが、きっとこれは好きな女の子の名前だからだろう。もしくはライバル宣言した相手の声だからか。

 だが宗佐と月見は気付いていないようで、俺達が揃えたように周囲を探しているのを見てようやく「どうした?」と不思議そうに首を傾げた。


「……妹、今の声って」

「先輩の妹じゃありませんけど、今の声は間違いなく……」


 まさか、と俺と珊瑚が顔を見合わせる。

 そんな俺達に答えを突き付けるかのように、声の主が人混みの間を素早く縫って近付いてくるや珊瑚に抱き付いた。


「珊瑚ちゃん!!」

「実稲ちゃん……!?」


 乱入者は俺の想像通り、東雲実稲しののめ みいな

 珊瑚の――はた迷惑な――友人であり、そして俺をライバル視している蒼坂高校の二年生女子。

 年下好き男子生徒の人気を一握する幼く愛らしい外観の持ち主であり、フリルのついたパステルカラーのティーシャツとミニスカートにハイソックスという私服姿は、同年代とは思えない幼さを感じさせる。下手すれば小学生に間違えられかねない。

 

「絶対に会えると思ってた! 実稲の珊瑚ちゃんセンサーがここに珊瑚ちゃんが居るって訴えてたの!」

「今すぐにそのセンサーオフにして」


 抱き付いてくる東雲を容赦なく引き剥がし、珊瑚が眉間に皺を寄せる。

 相変わらず対応は冷ややかだ。傍目には友情があるのかすら怪しい。

 だがそれすらも東雲には嬉しいのだろう。いや、そんな冷めた対応こそが東雲の友情を燃え上がらせるのかもしれない。現に引き剥がされた事を嘆きもせず、珊瑚に会えたと歓喜している。


 珊瑚が東雲を特別視しないからこそ、東雲は珊瑚を特別視するのだ。そのしつこいぐらいの特別視が、更に珊瑚の態度を冷ややかなものにさせ……。

 なんという悪循環。


「珊瑚ちゃんと夏祭り……、これぞ友情! 夏の思い出! 夏の夜にあがる二人の思い出の花火!!」

「センサー以外にも何か変なの働いてない?」

「さぁ一緒にお祭りを見て回りましょう! 実稲と珊瑚ちゃんの二人の夏はこれから始まるのよ!」


 随分と興奮した様子で東雲が珊瑚の腕を引っ張る。だが珊瑚はそれには応じず、慣れた様子で「落ち着いて」と東雲を宥めた。

 一向に立ち上がらない珊瑚の様子から一緒に見て回れないと察し、東雲がムゥと唇を尖らせる。

 まさに拗ねていると訴える表情はより彼女を幼く見せ、ここに彼女を慕う男達がいたら我先にとご機嫌取りをして我が儘を聞いてやっただろう。珊瑚に対して「どうか一緒にお祭りに!」と頼み込む者もいるかもしれない。


 東雲実稲は可愛く、読者モデルとしても活躍している。そして己の可愛さを自覚しており、自分を慕う男達に対して可愛いがゆえ我が儘を言っても許されると把握している。

 同時にこの性格は同性に嫌われるのも分かっているようだが、当人はさして気にも留めていない。

 ――自分の美貌を把握し利用する点では桐生先輩と同じだ。だが桐生先輩は男女問わず慕われるよう器用にこなし、対して東雲は構うものかと開き直っている。似てもいるが対極とも言えるかもしれない――


 男からは我儘と自由奔放さが愛らしいお姫様と奉られ、対して同性からは我儘と自由奔放さから避けられる。


 そんな両極端が常であった東雲にとって、冷ややかながらも拒絶をするでもない珊瑚の友情は貴重なのだろう。

 ゆえに珊瑚に対して過剰な友情と執着心を見せ、以前は珊瑚の義姉になるべく宗佐と結婚するとまで言い出したほど。


 ……そして俺に対しては敵対心を見せ、あてられた俺もライバル宣言をしている。


 二人のやりとりに割って入るように「よぉ」と東雲に声を掛ければ、睨んで返してくる眼光の鋭さといったらない。 

 

「こんばんは敷島先輩。どうして珊瑚ちゃんと一緒に居るのか簡潔に句点含めて二文字で述べてください。いえ、やっぱり述べなくて良いです。必要無いです。偶然居合わせただけですよね。そうに決まってる!」

「現実を見ろ。一緒に遊びに来たからに決まってるだろ」

「じゃあもう帰ってください! さようなら!」

「そうはいくか。それに、今日は芝浦家に泊めてもらうし」


 勝ち誇って言ってやれば――大人気ないと言うなかれ――、東雲が甲高い悲鳴をあげた。

 だが事実、俺はこの夏祭りの後に芝浦家に泊まる。……といっても泊まるのは新芝浦邸で、目的は宗佐と遊ぶためなのだが。

 だけど新旧分かれていても芝浦家であることに変わりはなく、俺の先程の発言も嘘ではない。ちょっと詳細を省いただけだ。


「そんな……、実稲だってまだお泊りなんてしてないのに……!! 嘘よね、珊瑚ちゃん! 嘘だと言って!!」

「本当だよ」


 縋るように東雲が否定を求めるが、それに対して珊瑚は残酷なまでにあっさりと肯定した。

 その際に新旧芝浦邸の違いを説明しないのは、説明したらしたで面倒な事になると考えたのだろう。

 俺が泊まるのが新芝浦邸であり珊瑚とは別の家屋だと知れば、東雲は再び意欲を取り戻して騒ぐはずだ。それよりは嘆かせておく方が静かで良い、と、そんなシビアな判断をくだしたに違いない。

 

 珊瑚の返答に、東雲が信じられないと言いたげにわなわなと震えだした。絶望を感じさせる表情だが、それでも可愛さが損なわれないのはさすがである。まるで悲劇的な映画のワンシーンを見ているかのようだ。

 ちなみに、この展開についていけないのかついていく気も無いのか、月見と宗佐は「お泊りするんだ」「昼から遊びに来ててさ」と二人で話している。


 少しは俺に加勢してくれてもいいんだけど……と、すっかり蚊帳の外気分な二人を横目に眺めていると、珊瑚が溜息を吐いて東雲を呼んだ。


「実稲ちゃん、今日は撮影のために出かけるって言ってなかった?」

「……そうなの。でもせめて出かける前にちょっとだけ覗こうと思って」


 珊瑚の言葉に、絶望で震えていた東雲が今度はしゅんと項垂れる。

 聞けば明日の早朝から雑誌の撮影があり、続けてイベント出演、再び撮影……と仕事が続いているらしい。夏休みゆえに撮影のほかにもイベントの仕事も入り多忙なようで、今日も夜に移動して撮影のために前日入りするのだという。

 東雲の話を聞き、悔しいかな感心してしまう。バイトもしていない俺からしてみれば、読者モデルとしての東雲は尊敬に値する。あくまで『読者モデルとしての東雲』に限った尊敬だが。 


 この話には宗佐と月見も感銘を受けたのか、「大変そうだね」だの「偉いね」だのと話している。

 もっとも話をしつつも相変わらず二人の世界なので、俺としてはいい加減にして頂きたいところである。


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