第12話 特別可愛い女の子(side珊瑚)
※珊瑚視点です。
「それじゃあ実稲ちゃん、仕事頑張ってね」
「珊瑚ちゃん……実稲のこと忘れないでね……! うぅん、忘れても良いの、忘れても良いから、また実稲と出会って友達になってね……!!」
「実稲ちゃんの中の私、大食いで早食いなうえに物忘れも激しいけど友情には厚そうだね」
いったい実稲ちゃんの中で『芝浦珊瑚』はどんな人物なのだろうか。
もしも今までの私の学校生活から実稲ちゃんの中の芝浦珊瑚像が出来上がっているのなら、もう少し生活を見直さなくてはいけないかも。
そんな事を考えながら、ほら、と背中を叩いてやれば、実稲ちゃんが渋々と言いたげに歩き出す。もっとも、遅々としたその歩みは時間稼ぎをしているのが丸わかりだ。
神社の裏手。出店も無ければ神社が影になり花火も見えないそこは、やはり境内や公園に比べると圧倒的に人の姿は少ない。
といっても音楽や賑わいは聞こえてくるし、客の行き来もある。役員らしき男性が横断歩道の脇で旗を振っているし、ゴミ集積場が近くにあるのか屋台の店員がゴミ袋を片手にそこを小走り目に通っていく。
『神社の裏手』と聞けば人の居ないうら寂しいイメージだが、今日に限っては祭りの熱気を覚ます心地良さがあった。
そんな神社の裏手を歩いていると、道の先に停められていた車がチカチカと数度ライトを灯した。それを見た実稲ちゃんが「あれだ」と小さく呟いた。
それとほぼ同時に運転席の扉が開き、女性が一人降りてくるとこちらに向かって片手を上げた。
実稲ちゃんのマネージャー。二十代後半の優しげな女性だ。何度か話をしたことがあり「こんばんは」と頭を下げると優しい声色で返してくれた。
「珊瑚ちゃんいつもありがとうね。実稲、どうしても今日のお祭りに行きたいって言ってたのよ。ほら、来年は受験があるでしょ。だから今年のうちに仕事を多めに入れようと思ってたら、夏休みの殆ど埋まっちゃったのよ」
「大変ですね」
「そうねぇ。本当はお祭りだって浴衣着て思う存分遊ばせてあげたいし、プールや海にだって行かせてあげたいの。ほら、撮影で浴衣着たりプールでのイベントもあるんだけど、そういうのと友達と遊ぶのって別物でしょ。でも読者モデルが生き抜くのってこの時期が大事なのよ」
「……はぁ」
早口で喋るマネージャーさんに圧倒されつつ返せば、痺れを切らした実稲ちゃんが「もう!」と怒りの声をあげた。
「先に車に乗ってて!」とマネージャーを車内に押し込む。そのやりとりは仕事の関係者というより年の離れた姉妹に近い。
そうしてマネージャーを車に押し込み、実稲ちゃんがまったくと言いたげに一息吐いた。次いでこちらを向くと、寂しそうに眉尻を下げる。
「寂しいけど、もう行くね」
「うん、お仕事頑張って。……それと」
これ、と手にしていたものを実稲ちゃんに差し出せば、モデル業も納得の彼女の大きな瞳が丸くなった。
赤いリボンのついた小さな袋には、色とりどりの金平糖。
和風料理店が飲食メニューの傍らで販売していたものだ。美味しそうで尚且つ可愛く、提灯のしたで見るとより和の趣を感じさせる。
荷物にもならず、それでいて夏祭りらしさもある。これこそ夏祭りのお土産に調度良いだろうと買っておいたのだ。「新幹線で食べて」と告げれば、同い年とは思えない幼い顔がパァと明るくなった。
「珊瑚ちゃん!」と歓喜する声のなんと良く通ることか。……もう少し声量を落としてもらいたいところである。
「珊瑚ちゃん、ありがとう! 一つ食べるたびに珊瑚ちゃんのこと思い出すわ!」
「いや、そこまで重くとってくれなくても良いけど」
「仕事頑張る! 雑誌が出来たら十冊あげるからね!」
「雑誌は捨てるのが面倒だから一冊で良いよ。でも一冊は頂戴ね」
サインも書いてと笑って告げれば、元より輝かんばかりの実稲ちゃんの表情が更に明るさを増し、「頑張る!」と威勢の良い宣言と共に意気揚々と車の後部座席に乗り込んでいった。窓を開けて手を振ってくるので、こちらも手を振って返す。
マネージャーさんが最後に一度窓から顔を出して礼を告げ、ゆっくりと車が走り出した。
そうして走り去っていく車を見届ければ、車の影が見えなくなるのとほぼ同時に、そばに居た同年代の男の子達が「見た?」と囁き合うのが聞こえてきた。
「今のって、モデルやってる子じゃなかった?」
「え、本当? 俺見てなかった」
「あの小さい子だろ? めちゃくちゃ可愛かったよな」
そんな事を話しながら、男の子達が神社の方へと歩いていく。
彼等の話し声は当人達より一足先に祭り会場に向かうように、夏の群れた風に乗って消えていく。
私をすり抜けて。
……まるで私を見ていないと、私は居ないかのように。
「やだな、私、なに考えてるんだろう……」
少し汗ばんだ首筋を手で拭って歩き出した。
モデル業が納得なほどに実稲ちゃんは可愛い。スラリと伸びた手足にはっきりとした目鼻立ち、小柄でスリムな体系は男子生徒達から「可愛い」と絶賛されている。
蒼坂高校の二年生女子の中でも人気は群を抜いており、それどころか読者モデルとしての人気も高い。
その可愛らしさはもはや嫉妬をする気も起きず、彼女といると『特別可愛らしい子達』とは次元が違うのだと思い知る。
あんな風に生まれていれば、何か変わっていただろうか。
もう少し宗にぃに積極的になれただろうか。
誰かが私を見てくれただろうか。
いや、だけど妹ならば結局は……。それでももしかしたら、だけど……。
そんな事を考え続け、今はもう考えるより先に諦めに似た感情が胸を占める。
「……戻らなきゃ」
誰にというわけでとなく呟き、神社裏手を抜けて神社と公園の合間へと向う。そこから会場内へと入れは、祭りの明かりと賑やかさが眼前に広がった。
その眩さに目を細めながら、鞄に入れておいた携帯電話を取り出す。
電話をかける相手は……と、そこまで操作し、携帯電話の画面の上で指が止まった。
普段であれば迷わず『宗にぃ』の項目を指で叩いて彼に電話を掛けるのに。
電話じゃなくてメールだって良い。「実稲ちゃんと別れたよ」の一言で彼は神社裏に駆けつけてくれる。相変わらずの心配性ぶりできっと開口一番に「大丈夫だった?」と尋ね、何も問題が無かったことを告げると安堵するだろう。
どこで何を食べた、何を見た。それを話せばきっと自分が楽しんできたかのように嬉しそうに聞いてくれる。
その姿も、声も、まるで目の前に居るかのように思い浮かべることが出来る。
それが分かっていて迷ってしまうのは、今頃宗にぃは月見先輩と楽しく過ごしているからだ。
はじめて宗にぃが本気になって想い続けている特別な女の子。
過去の辛い記憶があってもなお、それでも恋い慕う特別な相手。
それを知っているからこそ邪魔者として二人の間に割って入ってしまうことが怖い。
他の誰でもなく、宗にぃに邪魔だと思われてしまうのが――そんなこと彼が思うわけがないと分かっていても――怖い。
楽しそうに月見先輩と話す姿も、嬉しそうに月見先輩を呼ぶ声も、悲しいかなまるで目の前にいるかのように思い浮かべてしまうのだ。
そしてもう一つ、携帯電話の画面で指が迷う理由が……。
「どうしよう……、あれ?」
その人の名前を画面に表示させ指で触れかけた瞬間、ふと視界の隅で小さな男の子がポツンと立ち尽くしているのが見えた。
神社と公園の狭間、行き交う客達の流れから一歩離れ、まるで取り残されたかのように通り過ぎる人達を見上げている。
その姿はまさに迷子。思わず声をかけてしまったのは、宗にぃと月見先輩の間に入るのが躊躇われたからと……そして、まだ選べないからだ。
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