第6話 好きな子との夏祭り
夏祭りは神社と階段下にある公園で行われる。
地域の団体が開催している地域密着型の祭りで、近隣の居酒屋や飲食店が簡易的な店を出し、外で食べられるようにと飲食物を提供する。元より飲食店として経営しているだけあり他の祭りより料理が美味しく、和洋中と種類も豊富だ。
公園の中央には大きなステージが設けられ、日中から演奏やパフォーマンスが行われている。レジャーシートを敷いてそれらを眺めながらのんびりと食事することができるため、明るいうちに幼い子どもを連れて遊びに来る客も多い。
そんな祭りの最後を飾るのが打ち上げ花火だ。近くにある小学校のグラウンドから上がるため、眼前と言える距離と迫力で見られる。まさに壮観でラストを飾るにふさわしい、毎年の事なのにいつも見入ってしまう。
地域密着型だからこそ出来る本格的な飲食物の提供と至近距離であがる迫力の花火。これを味わってしまうと、他の祭りや長時間の場所とりで遠くに眺めるような花火では満足できなくなってしまう。
俺も毎年この祭りを楽しみにし、いわば常連である。
小さい頃は親や兄弟と共に過ごし、高校一年の夏は中学時代の友人と互いの新生活を語り合った。去年の夏は双子と早苗さんに拝み倒されて子守り要員。
そして三年になった今年は両片思いを続ける級友の緩衝材である。
……ちょっと切ない成長かもしれない。
むしろこれを成長と言って良いのか定かではない。
「そういえば、宗佐は毎年家族と来てたんだろ。もしかしたらどこかで会ってたかもな」
「確かに、どっかで見かけてもおかしくないよな。健吾のところは家族連れなら目立ちそうだし」
宗佐がクツクツと笑う。それに対して俺は「うるせぇ」と睨んで返した。
……睨みこそすれども否定できないのが大家族の悲しいところだ。
「健吾のところも今夜行くんだろ」
「あぁ、行くって言ってたな。俺が今年は宗佐と一緒に行くって話したら早苗さんが『子守りが……』って呟いてたけど、高校生最後の夏だからって送り出してくれた。弟は若干恨めしそうにしてたけど」
「大家族は大変だな」
苦笑と共に労われ、俺は肩を竦めて返した。
甥っ子達との夏祭りの記憶は思い出したくない。……そもそも、思い出そうにもはしゃぐ甥達を追いかけるのに必死で、祭り自体の記憶は薄い。
せいぜいあるのは花火の記憶ぐらいで、それも遊び疲れて寝てしまった双子を俺と弟で背負いながら眺めるという、思い出すのも微妙なところだ。
それを話せば宗佐が更に楽しそうに笑う。どうやら敷島家の騒動話は第三者からしてみると面白いものらしい。
これがまさに他人事というやつだ。俺もきっと普通の家庭に生まれていれば、大家族の話を物珍しさと共に楽しめただろう。
あまり深く考えるのはやめよう、悲しくなる。
数度首を横に振って考えを打ち消し、改めて宗佐へと向き直った。
「そういえば、午前に行ってきたんだろ。どうだった?」
「あぁ、昼食買いがてら母さん達と行ってきた。今年も凄かったなぁ。まだ準備中の店もあったけど、それでも毎年店も多くなってるし会場も豪華になってるよ」
夜が楽しみだ、と宗佐が笑い、午前中に訪れた夏祭りの様子を話す。
宗佐は毎年家族と共にこの夏祭りを過ごしていた。
だが今年は母親が妊娠し、更に祖母の就寝時間も以前より早くなり、夜に出歩くよりはと午前中に会場に行くことにしたらしい。
「妹も、毎年一緒に行ってたんだな」
「珊瑚か? もちろん一緒に決まってるだろ。むしろここ数年は母さんとおばあちゃんが先に帰って、花火は二人で見てたな」
宗佐の話を聞きながらその光景を想像する。高校生の兄妹が二人で夏祭り……。
相変わらず仲が良いなと褒めれば、当然だと胸を張って返された。そのうえ『俺の可愛い妹が不埒な輩にナンパされるかもしれないからな!』とのことで、兄として妹の護衛も務めているのだろう。
もっとも、地域密着型の祭りなだけに柄の悪い輩は居らず、高校生はおろか中学生だけで遊びに来ている者もいる。事件や問題なんて聞いたこともなく、せいぜい迷子が出るくらいだ。――迷子に関しては思うところあるのだが……。と考え、またも首を横に振って蘇りかけた記憶を掻き消した――
「過保護で心配性か、妹が苦労しそうだな」
「可愛い妹を心配して何が悪い!」
あまりの宗佐の堂々とした開き直りぶりに、言及する気も起きず「ごもっとも」と適当に返しておく。
これまた相変わらずな妹溺愛ではないか。
だけど果たしてそれは珊瑚にとって嬉しい事なのだろうか。
彼女の気持ちが『兄妹』の柵に縛られている以上、宗佐の兄としての、兄としてでしかない優しさを手放しでは喜べないだろう。
とりわけ、今年は宗佐が月見を誘ったのだ。
誘うのを協力した身でこんな事を言う資格は無いのかもしれないが、月見と一緒に行くと知った時の珊瑚の気持ちを想像すると俺の胸まで苦しくなる。
鈍感な宗佐は妹からの想いに気付かず、さぞや嬉しそうに語ったのだろう。珊瑚はどんな気持ちでそれを聞いていたのか……。
彼女を誘えばよかった。
今からでも声を掛けようか。
だけど一緒に行くことになれば、月見と過ごす宗佐を目の当たりにさせることにもなる。それもまた叶わない片思いを続ける珊瑚にとって辛いものに違いない。
そんな事を悩んでいると、宗佐は俺の考えなど露知らずあっけらかんとした表情で、
「そういうわけだから、いざとなったら俺達で月見さんと珊瑚を守ろうな!」
と言って寄越してきた。
瞳には祭りへの期待と、そして熱い決意が宿っている。爽やかでありつつも勇ましい表情だ。
何かあった時には
……ん?
「おい宗佐、いま
まさか……と思わず呟くも、宗佐は俺のコップが空になっているのに気付くと麦茶を注ぎだした。
そんな気遣いを見せている場合か。と文句を言いたいのをぐっと堪えて返事を待てば、カップから顔を上げた宗佐は「あれ?」と間の抜けた声を出した。
「健吾に言ってなかったっけ。女の子が月見さん一人だけじゃ気まずいだろうから、珊瑚にも声掛けたんだ」
平然と言い切り、今度は自分のコップに麦茶を注いで飲み干す。
次いでこの話題は終わりだと言いたげに「さぁゲームしようか!」と提案すれば、台所から顔を覗かせたおばさんが「宗佐、勉強……」と切なげに訴えるのが聞こえてきた。
そんなおばさんの隣には、並ぶように顔だけ出してこちらを窺う珊瑚。彼女は宗佐がゲームの準備をしているのを見つけると「宗にぃ!」と声をあげた。
「勉強しないと、宗にぃだけ置いていっちゃうからね!!」
なんとも厳しくも妹らしい叱咤の声が飛ぶ。
これには宗佐も慌ててゲーム機をしまい、「勉強道具持ってくる!」とリビングを飛び出していった。
おばさんが「健吾君、お願いねぇ」と間延びした声で託し台所へと戻る。それに続くのは、兄の不出来さにまったくと言いたげな溜息を着いた珊瑚。
そんな二人の姿が台所へと消えるのを見届け、俺はいまだ唖然としたまま自分の体を見下ろした。
ティーシャツと黒のズボン。変な格好ではないが、かといって取り立てて良いとも言えない。ありきたりな組み合わせだ。
そもそも今日は宗佐と遊ぶことを考えていたのだ。あいつ相手に一張羅なんて着るわけがない。
まさかこんな展開になるなんて。
……服、もっと考えてくれば良かった。
後悔してしまうのは、俺にとっても『好きな子との夏祭り』だからだ。
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