第4話 通り雨と夏祭りのお誘い

 


 宗佐は月見の事が好きだ。


 その気持ちははっきりとしており、高校一年生の初めに惚れてから一度として揺らいでいない。

 他の女子生徒には友情以上のものは抱かず、親切にこそするが特別視はしない。そもそも宗佐の親切は男女問わずだ。

 日々女子生徒達に奪い合われているというのに、それにも気付かず、月見だけを見つめ続けている。


 誰よりも近く、誰よりも長く共に居続けた珊瑚の気持ちにすら気付かないほどに……。


 そう考えると腹立たしくもあるが、宗佐の一途さは見事とも言える。

 男子生徒達の宗佐への嫉妬がいまだ嫉妬止まりで、それも散々騒いだ後には仲良く談笑しているのも、ひとえに一途だからだろう。


 そんな一途な思いを抱き続け、そして三年生という最後の年の後押しもあってか、宗佐は以前と比べ少しばかり積極的になっていた。


「せっかくなんだから、ちゃんと月見に伝わるように誘えよ。賑やかな場所で話のついでに……、なんて今までと同じだろ」

「確かに健吾の言う通りだな。よし、俺、ちゃんと月見さんを夏祭りに誘うよ!」

「よし、その意気だ。……いいか、誰も居ない場所で誘うんだぞ。誰にも聞かれないよう細心の注意を払えよ」


 絶対にだ、と念を押せば、俺の気迫に圧倒されたのか宗佐が頷く。


「月見を誘う前に周囲を確認しろ」

「周囲って、大袈裟だな」

「大袈裟なものか。どこで誰が聞いてるか分からないからな。ひらけた場所を選べ。遮蔽物にも気を付けろ。細心の注意を払うんだ」

「……お前はうちの学校を何だと思ってるんだ」


 慎重になれと忠告する俺を宗佐が眉間に皺を寄せて見てくる。警戒し過ぎだと言って寄越すが、むしろ俺としては今日まで幾度と邪魔をされてどうして警戒しないのか疑問でならない。

 宗佐は馬鹿だから、幾度とない嫉妬連中の邪魔も邪魔とは思っていないのだろう。仮に夏祭りに割って入られたとしても「皆遊びに来たんだ」ぐらいにしか思わないはず。

 馬鹿で鈍感で、尚且つクラスメイト達を信じ切っている。


 だが危機感は無くとも俺の忠告を無下にする気は無いようで、「気を付けるよ」と頷いて返してきた。


「二限目は体育だよな。戻りの時に月見さんに声掛けて誘ってみる。グラウンドの端なら誰にも見つからないし人が近付いても分かるだろ」

「そうだな。あと月見を誘えてもこの事は絶対に他人に言うなよ」


 宗佐の事だ、月見を誘えれば浮かれてヘラヘラと表情を緩めかねない。

 それを周囲に気付かれ、何かあったと問われるや「実は月見さんと夏祭りに行くんだ」なんて言い出し……。

 挙句に結局いつものパターン、なんて可能性は高い。


 慎重に、と念を押せば、宗佐は了承しつつも「大袈裟だ」と笑い飛ばしてきた。今までの妨害を妨害とも思わず、尚且つ騒動が起きるたびに俺が巻き込まれている事も知らずに……。

 それに対して俺は強めに肩を叩いくことで返した。これは宗佐に対する鼓舞だ。けして暴力や八つ当たりではない。

 ……ちょっと力が入りすぎて宗佐が呻いた気がするが、景気づけにはこれぐらいが丁度良いはず。



 ◆◆◆



 そうして二限目の体育をつつがなく終え、教室へと戻る。

 月見を夏祭りに誘うプレッシャーからか、宗佐は何度も目も当てられないミスをしていたが、幸いそれに気付く者は居なかった。

 いや、正確に言えばみんな気付きはしていた。だが「きっと朝早く登校したからだな」と斜め上な解釈をしてくれたのだ。通り雨が降ったのも彼等の考えを後押ししただろう。

 それ程までに宗佐が早く登校することは珍しいのだ。今日一日、蒼坂高校でどんな異変が起こっても全て宗佐のせいになるだろう。


「あれ、芝浦は?」


 そう声を掛けられたのは、体育の授業から戻ってきてすぐ。

 体操着から制服へと着替えている最中、クラスメイトの一人に声を掛けられた。

 勘の良いやつめ……と心の中で呟き、何食わぬ顔で「さぁ」とだけ返す。


「トイレでも行ってるんじゃないか。着替えもあるしすぐに戻ってくるだろ」

「……だよな。でもなんか嫌な予感がするんだ。授業中もヘマしてたし、月見さんのことチラチラ見てたし……」

「宗佐がヘマするなんて今に始まったことじゃないだろ。もしかしたらまた何かやらかして職員室に連れていかれてるのかも」

「そうか……。でも芝浦が月見さんに声を掛けようとしてるのを見たってやつもいるんだ」


 眉根を寄せて話すクラスメイトに、思わず頬が引きつりそうになる。

 勘が良いを通り越して怖い。これが執着心のなせるわざか。

 だがここで俺がヘマをするわけにはいかない。そう己に言い聞かせ極力平常心を装いながら話題を変えれば、幸い嫌な予感止まりだったせいかすぐに別の話題にのってくれた。



 宗佐が教室に戻ってきたのは、そんな会話を交わして間もなく。

 何食わぬ顔で自分の机へと戻る。……と見せかけて途中にある机に思いっきり足をぶつけた。それも脛を勢いよく。あれは痛い。

 だが痛みで呻いたかと思えば顔を上げるとヘラと表情を緩めるのだ。


 その表情から、上手いこと月見を誘えたのが分かる。

 ……分かるが、俺は心の中で盛大に「馬鹿」と声をあげた。


「おい芝浦、大丈夫か? 今凄い勢いで足ぶつけただろ。なのになんで笑ってるんだ?」


 さっそく近くにいたクラスメイトが疑問を抱いて宗佐に声を掛ける。

 それに対して宗佐の返事は声が裏返った「な、なんでもないよ!」というものだった。これはもう「なにかありました」と宣言しているようなもの。


 はたしてこれは、『月見と夏祭りに行くことを隠すぐらいには頭が回る』と考えるべきか。もしくは『隠そうとしてもバレバレな馬鹿』と考えるべきか。

 微妙なところだ、と一瞬悩み、今は悩んでいる場合ではないかと我に返って慌てて宗佐を呼んだ。


「宗佐、お前が朝早く登校してくるから皆が落ち着かないんだぞ」

「へ、俺のせい?」

「あぁ、おかげで雨は降るし、体育が潰れかけた。見てみろ、また一雨きそうだ」

「それは今が梅雨だからだろ」

「いいや、宗佐が早く登校したからだ。なぁ、皆もそう思うだろ」


 周囲に同意を求めれば、怪訝そうな顔をしていたクラスメイト達が顔を見合わせる。怪訝な顔だ。

 そのうちの一人が何か言おうとした瞬間、ポツポツと窓を叩く音が聞こえてきた。

 自然と誰もが窓へと視線を向ける。今日は快晴で眩しいほど青い空に白い雲が流れていく。

 ……だが窓には確かに雨粒が着いており、俺達が見ている間も更に一粒一粒と増えていった。


 通り雨だ。先程のようにざぁと一気に降って、数十分もすれば嘘のように引いていくだろう。

 この季節には珍しいものではない。

 だが今の話の流れで降られると、誤魔化しのために宗佐の名を挙げた俺でさえ「まさか」という気持ちになってしまう。


 まさか、本当に宗佐が朝早く登校したから雨が降っているのでは……。


 思わず言葉を失う。

 張本人である宗佐もまた想うところがあるのか、次第に雨脚を強める窓を眺め、


「俺、これからは遅刻ギリギリで登校するよ……」


 と、真剣な声色で宣言した。



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