第18話 告げた言葉の行方



 振り返れば、そこに居たのは宗佐。

 驚いたように目を丸くさせ佇んでおり、その表情はどこか珊瑚に似ている。そんな宗佐の背後には月見達の姿もあり、彼女達は分かりやすく「しまった」と表情を渋めていた。

 彼女達も俺達の会話を聞いたのだろう。そして聞いたからこそ、自分達はここに居てはいけなかったと察したのだ。


 その瞬間俺の脳裏をよぎったのは「どこから聞かれていたのか」という焦り。


 この際だ、俺の言った言葉は聞かれていたって構わない。どういう事だと宗佐に詰め寄られたら、お前の妹の事が好きなんだと正面切って宣言してやろう。

 だが珊瑚の話は駄目だ。

 楠木のこと、宗佐への気持ち、それを宗佐本人に知られることを珊瑚は何より恐れ、今日この瞬間までずっと一人で抱え込んで悩んでいたのだ。

 横目で窺えば彼女は宗佐の登場に青ざめ、半纏の裾で口元を覆っている。見開かれた目は宗佐を捉え、「宗にぃ……」と小さく呟かれた声は驚愕と恐怖の色が綯交ぜになっている。


「健吾、今の……」


 宗佐が一歩近づいて俺の名前を呼んでくる。その声には誰が聞いても分かるほどの躊躇いの色があった。信じられないことを聞いたと言いたげな表情と声。

 やはり聞かれていたのか、と俺は心の中で己の迂闊さを悔やんだ。


 考えてみれば容易に想定できることではないか。

 宗佐はなぜこの瞬間にというタイミングで現れることが多々あるし、なにより今の宗佐は珊瑚のそばに居ることを優先している。

 戻りが遅いからと心配になって旅館内を探し回る可能性なんて、考えれば直ぐに思い浮かぶはずなのに。


 思い悩む珊瑚には余裕なんて無いのだから、隣にいる俺が周囲を気にするべきだった。


「……宗佐」

「お前……、そこまで妹が欲しかったのか!?」

「聞いてくれ宗佐、これは……え?」


 宗佐の発言に、まるで空気を読んだかのようにひゅうと高い音をあげて風が吹いた。

 先程の桜吹雪はどこへやら、葉っぱが舞っているあたりがなんとも間の抜けた雰囲気を感じさせる。

 ……そりゃあ、俺だって数秒思考が停止するというもの。

 むしろ数秒どころか数分止まっても良いほど唖然とする俺に、対して宗佐は何かを察したかのように真面目な表情で俺を見つめてきた。


「確かにお前の家は男兄弟しか居なくて煩くて万年地獄絵図だ。そこに癒しと清涼剤として妹を欲する気持ちは分かる。だからって、まさかよりにもよって珊瑚を欲しがるなんて!」

「……おい、宗佐」

「珊瑚は出来た妹だ。俺の学校生活を母さんに密告するけど、それでも良い妹だ。世界中探したってこんなに可愛い妹はいない! 日々俺の妹自慢を聞いてお前が妹を欲しがるのも分かる! だがやらん!」


 そう捲くしたてるように宣言する宗佐に、俺はもちろん月見達まで唖然とした。


 これはあれだろうか、月見や宗佐を慕う女の子達がたまにやっている『勇気を出して告白したのに、斜め上な解釈をされる』という流れだろうか。

 その流れに乗っ取って、宗佐は先程の俺の発言を、『敷島家に癒やしが欲しいから、妹として、敷島珊瑚になってくれ』と解釈したのだ。

 馬鹿な話をと言うなかれ、宗佐はそれほどに馬鹿なのだ。


 なるほど、今まで第三者として見てきたが、実際に当事者になると言いようのない虚脱感に襲われる。思わずガクリと肩を落とし、妹をとられるのではと余計な警戒を見せる宗佐に歩み寄った。

 そうしてポンと肩を叩けば、訝しげに眉間に皺を寄せてこちらを見てくる表情のなんと恨めしいことか……。


 だが宗佐の勘違いは、なにより危惧した珊瑚の話は聞かれていないということでもある。

 良かった……と思えども、なんとも言えない虚脱感が胸に沸く。


「……宗佐」

「健吾、確かに男だらけは辛いかもしれないが、敷島家に珊瑚をやるわけにはいかない。あんな動物園に俺の可愛い妹を入れられるか」

「なぁ宗佐、卓球やりにいかないか?」

「……卓球? あぁ、そういえば温泉の近くにあったな。別に良いけど」

「それじゃあ金的目潰し肘鉄有りな」

「ま、待て! それは本当に卓球なのか!?」


 身の危険を察したのか悲鳴じみた声をあげる宗佐に、思わず俺も右手に拳を作ってしまう。

 ここは一発殴っても……と、そんな不穏な空気を漂わせれば、木戸がひょいと俺達の間に割って入ると宥めるように宗佐の背を叩いた。


「大丈夫だ芝浦、俺が審判になるからいざとなったらタップしろ」

「タップ!? なぁ、二人の言う卓球と俺の知ってる卓球に何か違いが発生してる気がするんだけど!?」

「安心しろって、病院が近くにあったから」

「その言葉のどこに安心要素が!」


 異論を訴える宗佐を、木戸が促すように連れて中庭を出て行く。

 そんな二人の後ろ姿を眺めつつ、残された俺達は誰からともなく溜息を吐いた。とりわけ俺の溜息の深さといったらなく、己の事ながら悲壮感が漂っているのが分かる。

 それを気遣って月見と桐生先輩が左右から肩を叩いてくる。二人の表情はどこか切なげで、それでいて同士を哀れむような色合いも見せている。


「敷島君、一回くらいで心折れてちゃダメよ」

「頑張ろうね敷島君」


 労いと励ましの狭間な言葉をかけ、月見と桐生先輩が歩き出す。

 それに対して俺は返事もできないと溜息を吐き、せめて卓球で憂さを晴らそうと宗佐達を追おうと歩きだし……、


 クイと浴衣の帯を引っ張られて足を止めた。


 振り返れば俯く珊瑚。その表情は分からないが、俺の帯から手を離そうとしない。何か言いたいことでもあるのだろうか。

 先程までの緊張も宗佐の馬鹿らしい勘違いとやりとりで消え失せ、いったいどうしたのかと問うように珊瑚の顔を覗き込む。


 彼女の顔は……、


 真っ赤だ。

 耳まで赤く染めて、小さく開いた唇が微かに開かれる。


 そうしてポツリと呟かれた、


「……先輩の妹にはなりません。けど、今は、そういうことにしておいてくれませんか」


 という言葉に、俺は数秒唖然としたのち「お、おう……」と答えるだけで精一杯だった。



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