第21話 いずれくる『その時』

 


 俺達の会話内容も、ましてや珊瑚の胸の内にも気付かず、宗佐達は賑やかに騒々しく歩いている。 


 そんな中、宗佐が誰かに突き飛ばされたか集団の輪から弾かれ、そのまま月見にぶつかるのが見えた。といっても怪我をするような衝突ではなく、トンと体が軽く触れる程度の接触だ。

 それも、まるで宗佐が月見を抱きしめるかのように……。


 その瞬間、二人の顔が真っ赤に染まった。

 僅かに離れたこの距離でも分かるほどに赤く、なんとも宗佐と月見らしい反応である。

 宗佐が慌てて離れてしどろもどろな謝罪を繰り返せば、月見もつられるように慌てて首を横に振る。


 仮にぶつかった相手が月見ではなく他の女子生徒であれば、宗佐はこんな反応をしなかったはずだ。「ごめんね、大丈夫だった?」と謝罪し、相手が怪我などしようものならすぐさま手当をしただろう。 

 真っ赤になって慌てて、取り乱しながら謝罪するのは月見に対してだけだ。


 それを眺め、珊瑚が小さく溜息を吐いた。


「その時がきたら、私、ちゃんと妹として喜べるかな……」


 問うように呟かれた珊瑚の言葉を聞き、彼女へと視線を向ける。


 悩む宗佐の姿を誰より近くで見続け、助けてやりたいと思っていただろう。妹ならば兄がコンプレックスを乗り越えることを望むはずだ。

 だがそれが叶えば『芝浦珊瑚』としての失恋が待ち構えている。宗佐がコンプレックスを乗り越えることは、恋愛に積極的に踏み出すのと同じことなのだ。


 真逆な想いを抱き、そしてそれを誰にも言えずにいた。


 唯一の理解者でありながら、胸のうち恋心を気付かれずにいる。

 もしかして俺達の立場は同じなのかもしれない……と、そんなことを考え思わず溜息を吐けば、俯いていた珊瑚がパッと顔をあげて俺を見上げてきた。


「健吾先輩がいてくれて良かった」


 その意外な言葉に思わずドキリとしてしまう。

 慌てて彼女を見れば、苦笑を浮かべながら俺を見上げている。


「宗にぃのことも、私のことも……。今まで誰にも言えなかったから。だから、こうやってちゃんと話せるのは健吾先輩がはじめてなんです」

「……そ、そうか」


 珊瑚の不意打ちの言葉に内心では心臓が早鐘を打っているが、なんとか取り繕って返す。


「健吾先輩、落ち着いて話を聞いてくれるし、やっぱりお兄ちゃんみたいですね。宗にぃも健吾先輩のそういうところに話しやすさを感じてるのかも。健吾先輩も、宗にぃのお兄ちゃんですね」

「俺が宗佐の兄?」


 いったいどういう事だと疑問を抱いて珊瑚を見れば、彼女は屈託なく笑っている。

 以前に話していた、俺の面倒見の良さについてだろうか。珊瑚曰く、それゆえに宗佐も俺相手だと話しやすいのではないか……と。

 つまり俺は珊瑚にとって『兄のような兄の友人』であり、なおかつ『兄の、兄のような友人』ということか。

 頼られている証なのかもしれないが、迷走も良いところだ。冗談じゃないと改めて珊瑚へと視線を向ける。


「俺は、『お兄ちゃんみたい』でいるつもりはないからな」


 そう告げれば、珊瑚がきょとんと目を丸くさせた。

『お兄ちゃんみたい』でなければ何になるつもりなのかと言いたげで、不思議そうに俺を見つめてくる。

 だが次の瞬間、はたと我に返るや宗佐へと視線を向けた。信じられないと言いたげに俺と宗佐を交互に見やり……、


「ど、どうぞ、頑張ってください……」


 と、一歩後ろに下がって道を譲ってきた。まるで俺があの集団に加わりたいかのように……。

 気まずそうな表情、わざとらしく視線をそらす白々しさ。それでいて俺を傷つけるまいと考えているのか「恋愛は自由ですもんね」とフォローを入れてくる始末。


 いや、別に宗佐に対しての距離を詰めようなんて思ってないから。

 

 自分のことになると途端に斜め上な解釈をしてくるあたり、やはり珊瑚と宗佐は兄妹だ。

 そこに血の繋がりがあろうと無かろうと、この天然かつ鈍感ぶりは瓜ふたつと言っても差し支えないほどである。


「頼むから気持ちの悪い勘違いをしてくれるな」

「違うんですか?」

「違うに決まってるだろ。なんで俺が宗佐に対して……。うわ、考えただけで鳥肌が立つ」

「それなら、どういう意味ですか?」


 自分との距離を詰めようとしている、なんて微塵も考えていないのだろう首を傾げる珊瑚に、俺はしばらく考えた後……、


「そのうち分かる」


 とだけ返して、さすがに近所迷惑になりかねない集団を止めるべく足早に歩き出した。

 置いてかれまいと珊瑚が俺を追ってくる。


「……そのうち?」

「あぁ、さすがに今言うことじゃないからな。その時がきたらちゃんと伝える。ほら、そろそろあいつら止めるぞ、妹」

「先輩の妹じゃありません!」


 怪訝そうにしながら、珊瑚が普段通りに返してくる。散々俺に対して『お兄ちゃんみたい』と言いながらも、妹と呼ばれれば否定はするようだ。

 もっとも、本気で嫌がって否定しているわけではないだろう。なにせ俺がちらと視線を向ければ、この応酬が楽しいと言いたげに、そして言い返してやったと少し得意げな表情を浮かべているのだ。

 その律儀な可愛さに俺は笑みを噛み殺しながら、いい加減宗佐を救ってやるかと集団の中へと割って入ってった。



 芝浦宗佐は厄介な悩みを持っていて恋愛に踏み切れず、芝浦珊瑚もまた厄介な悩みと想いを抱えている。

 対して俺の想いはシンプルで分かりやすい。

 ただ芝浦珊瑚のことが一人の女の子として好きなのだ。

 一番好きで、これは恋と断言できる。


 だから『お兄ちゃんみたい』では居られない。


 いずれ近いうちに、その時がきたらこの想いを伝えなくては。




 そう考えていた俺の『その時』は、俺の覚悟も心の準備もお構いなしに、予想以上に早く訪れるのだった。




 第四章:了




四章、これにて完結です!

閑話を挟み、五章、季節は一巡して春のお話が始まります。

引き続きお読み頂けると幸いです!



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