第15話 小悪魔様の未来



 不思議そうに「そんな変な話か?」「問題なかったけどね?」と顔を見合わせる芝浦兄妹に、俺は改めて一言いってやろうとし……、それより先に桐生先輩が「それなら私も参加したかったのに」と宗佐に寄り添った。

 ぴったりと密着して腕を組み、上目遣いで見上げ、甘える猫のように擦り寄る。


「芝浦君の家庭訪問、私も同席したかったわ」

「桐生先輩がですか?」

「えぇ、だって大事な話でしょ。芝浦君の将来についてだもん」


 暗に宗佐との未来を共に……とアプローチしているのだろう。

 桐生先輩のこの発言に、月見が慌て、珊瑚は不満そうに眉根を寄せ、木戸は何とも言えない表情を浮かべ……、

 そして宗佐はと言えば、


「将来の話をしたい……。桐生先輩、まだ進路決まってないんですか!?」


 と、相変わらずな斜め上発言を繰り出してくれた。


 おおかた、『宗佐の将来の話をする場に同席したい』という桐生先輩の発言を、『将来の話をする場が自分も欲しい』と解釈したのだろう。

 これぞ宗佐。昨日に続き朝から様子がおかしかったが、調子が戻ったようでなによりである。……調子が戻った結果がこれ、と考えるとなんとも言えない気分になるが。


「そりゃあ俺もまだですけど、でも桐生先輩は卒業間近ですよね? まだ決まってないのはさすがにまずいんじゃ……!」

「芝浦君って本当に面白い子ね」

「進路相談の場が必要なら、俺が先生に掛け合いますよ! 職員室に行きましょう!」

「面白いうえに優しいのよね。ありがとう。でも安心して、進路はもう決まってるから」


 慌てだす宗佐を、桐生先輩が軽く腕をさすって宥める。そうしていつもの調子でさっと離れるのだが、その表情はアプローチが不発に終わったことへの残念さが半分、宗佐が自分を気遣ってくれた嬉しさ半分、と言ったところか。

 もっとも、宗佐を宥めた後には俺達に視線を向け、真剣みを帯びた声で「決まってるからね」と念を押してくる。これはきっと三年生のプライドだろう。

 全員が「分かっていますとも」と頷いて返しておく。桐生先輩は出来た女性だ。卒業を間近に控えたこの時期に、進路も何も無計画で下級生にちょっかいを掛けて遊んでいるとは思えない。


 そんなやりとりの中、宥められて落ち着いた宗佐が「進路かぁ……」と改めるように呟いた。

 次いで再び桐生先輩へと視線を向ける。


「桐生先輩は進路どうするんですか?」

「私?」

「はい。出来れば参考に教えてもらおうかなぁって」


 窺うように宗佐が尋ねれば、桐生先輩がもちろんと言いたげに柔らかく微笑んで頷いた。宗佐から頼られたことが嬉しいのだろう。

 自然と俺達も彼女へと視線を向け、続く言葉を待つ。


「私、元々目指す学部は決まってたの。だからニ年生になる頃には志望校を絞って、かなり早い段階から受験対策を始めてたわ」

「そんな早くから。珊瑚も大学決めてるし、みんな意外と早くから動いてるですね……」

「条件が決まってるならそう難しくもないわ。まずは希望する学部のある大学を選んで、通学可能な距離で、合格が見えるレベルの学校……。となると自然と絞れてくるものよ」

「そっか、そうやって決めるんですね」


 なるほど、と宗佐が感心の声をあげる。

 それに対して「まだそのレベルなのか」と言いたいところだが、今は桐生先輩の話を聞くのが優先だ。

 珊瑚が困惑の表情で宗佐に視線を向けているのは気になるが、まぁ放っておいても立ち直るだろう。宗佐の不出来さに彼女が嘆くのはいつもの事である。


 そうして改めて桐生先輩に視線を向け、ふと彼女の進路が気になった。


「桐生先輩、なんの学部に行くんですか?」

「私? 私はね……」


 桐生先輩が苦笑を浮かべる。

 そうして彼女は照れくさそうに、それでもゆっくりと口を開き……、


「法学部に進みたいの」


 と笑った。


 法学部、とは言わずもがな法律を学ぶ学部だ。大学によって学力差があるとはいえ受けるも学ぶも難しい印象がある。

 蒼坂高校が学力高めの学校とはいえ、法学部がある大学に進むのは相当難しかっただろう。

 聞けば最初は合格も危うかったという。「意外となんとかなるものよ」と普段の調子であっさりと言い切っているが、そこに努力が隠されているのは誰にだって分かる。


 この話に、宗佐が「凄いなぁ」と感嘆の声を漏らしつつと桐生先輩を見つめた。

 尊敬なのだろう瞳が輝いている。


「桐生先輩、格好良いですね」

「本当? 嬉しい。芝浦君にそう言ってもらえて、頑張ったかいがあったわ」

「でもなんで法学部なんですか?」

「親戚のおばさんが弁護士なのよ。ずっと彼女のようになりたいと思ってたの」


曰く、知識を武器に働く親戚の姿に幼少時から憧れを抱いていたという。

それを話す桐生先輩は相変わらず美しいが、普段の妖艶さを漂わせ自らそれを演出している美しさとは違う。自分の夢を照れくさそうにし、そして身内を誇る、年相応で本当に彼女らしい美しさだ。


 この話に感動したのは宗佐だけではない。

 月見までもが「凄いですね!」と瞳を輝かせている。それどころか盗み聞きしていた連中までもがおぉと感嘆の声を漏らす。普段は桐生先輩に嫉妬と羨望の視線を送る女子生徒達も凄いと褒め、中には合格を祝う声を掛けている者もいる。


「ちょ、ちょっとみんな、落ち着いて……」


とは、祝いや尊敬の言葉を送るクラスメイト達に対しての桐生先輩。

普段己の美貌に関しての褒め言葉なら余裕の微笑みで受け入れる彼女だが、自分の進路や身内への憧れについては褒められ慣れていないようだ。

珍しく頬を赤くさせながら「そんなに騒がないで」と焦っている。

 


 そんな中、俺は「法学部……」と考え、ほぼ同じタイミングで呟いた珊瑚と顔を見合わせた。


 次いで二人揃えて視線を向けたのは、窓辺に立ち「知的な面も素敵です」と桐生先輩を褒めている木戸。

 抜け駆け禁止の親衛隊でありつつも平然と抜け駆けし、何かあればどころか何かなくとも桐生先輩に付き纏っている。

 今日は珊瑚に声を掛けられ窓辺に立っていたが、そもそも近くを通りがかったのだって桐生先輩を探してのことかもしれない。疑い深いというなかれ、こいつはそれぐらいの事をしそうなのだ。

 

 つまり、それほどまでにしつこいストーカーなわけで……。


「木戸、おまえ法で裁かれるのか……。法が相手じゃ擁護も出来ないな。まぁ擁護してやるつもりも無いけど」

「罪を償ったらまた会いましょう、木戸先輩」


 揃えて木戸に別れを告げる。

 言わずもがな、日頃から木戸が桐生先輩に付き纏っているのを知っているからだ。


 そんな俺達に対して、木戸はと言えば、



「桐生先輩に裁かれるなら本望だ!」



 と力強く断言した。





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