第12話 男子高校生の恋ばな
翌日、登校してきた宗佐は相変わらずの脳天気さで、宿題は存在ごと忘れるし授業中はボーッとしているし、それでいて全く反省の色が見られないという、誰が見ても疑問を抱かない程の普通どおりだった。――これが通常状態もいうのもどうかと思えるが、さておき――
だが時折なにか考えこむように黙りこんだり、しきりに携帯電話を確認している。そういった時の表情はらしからぬ真剣みを帯びたものだ。
細かいところでは分かりやすくボロを出しているのだが、それに気付いていないのもまた宗佐らしい。
「なぁ、宗佐……」
「うん? どうした?」
睨みつけるような表情で携帯電話に何かを打ち込んでいた宗佐が、俺の声を聞くや一瞬にして脳天気な表情に変えて顔を上げた。
その変わり様と言ったらなく、宗佐が本当に何の悩みもないバカだと思っているやつなら気付かないだろう。俺だってこいつの家庭事情が複雑だと知っていなければ、「携帯睨んで、視力でも落としたか」と笑っていたかもしれない。
そんな宗佐に対して、俺はなにか言ってやろうとし……、困ったように笑う表情に「何も聞かないでくれ」と無言の訴えを聞いた気がして出かけた言葉を飲み込んだ。
何でも無い、と誤魔化すと僅かながらに安堵の色すら見せるのだから、俺は自分の察しの良さを恨めしくさえ思う。
宗佐との付き合いは長くはないが、出会ってからはしょっちゅう行動を共にしている。分かりすぎるというのも嫌な話だ。
だがそんな宗佐の態度を見て、俺はこいつの抱える問題が何なのか気付き始めていた。
なにせ宗佐は何でもかんでも俺に話してくる。やれ母親に怒られただの、祖母が腰を痛めただの、果てにはお隣さんが夫婦喧嘩をして……と、正直こちらが「その話を聞かされて俺にどうしろと」と言いたくなるほど包み隠さず話してくれる。
もちろん惚れている月見に関してや珊瑚についても。
――珊瑚に関しては、最近は興味深く……どころではなく、正直にいうと宗佐を巧みに誘導して聞き出していたりする。そりゃあ誰だって、好きな子について知りたいと思うのは当然だし、情報源が目の前にいれば聞き出したくなるというもの。俺は悪くない……悪くない、はず――
とにかく、そんな宗佐がここまで隠すのはたった一つ。
父親だ。
今の父親ではなく、宗佐の実の父親。
珊瑚が産みの母親のことをあまり話さないように、宗佐もまた以前の父親についての話を口にしない。むしろ宗佐の方がその手の話題を避ける傾向にある。
両親が離婚した、という結末こそ容易に説明はするが、それ以前のことは話題にせず、すぐさま現在の家族の話に切り替えてしまうのだ。
どうして離婚したかとか、どんな父親だったのかとか。まるで忘れてしまったかのように、存在ごと記憶から消してしまったと言わんばかりに徹底して話そうとしない。
もちろん俺も周囲も他人の家庭事情に踏み込むような趣味は無いので、言いたくないならそれで良いとあえて尋ねることもしなかった。
だから多分、今回の件は父親絡みなのだろう。
「……芝浦君」
囁くように聞こえてきた控えめな声に、俺と宗佐が揃えたように顔を上げた。
月見が不安げな表情で宗佐に視線を向けている。小動物のような愛らしさの彼女が眉尻を下げて困惑している様はなんとも言えず、男ならば誰だって庇護欲を掻き立てられるだろう。
だが今の宗佐はその余裕すらないのか、取り繕った笑顔を浮かべるだけで返した。普段であれば跳ね上がって「どうしたの!?」とでも言い出しただろうに。
携帯電話を握る手に僅かに力が入ったのは、打ち掛けのメールが気になるのか。
月見を前にしてそれでも携帯電話を気に掛けるのだからよっぽどだ。
「えっと……芝浦君、今日なんだか元気がないように見えて……」
言いかけ、月見がチラと俺に視線を向けた。
どうやら彼女も宗佐の異変に気付いたようだ。だが声を掛けたは良いが、はっきりと口にしていいのか躊躇っているのだろう。
だからこそ俺は月見と視線があった瞬間、僅かに目を細めた。
「言わない方がいい」
と、そう伝えるためのアイコンタクトはどうやらちゃんと通じたようで、彼女は瞳に浮かぶ困惑の色を更に色濃くしつつ一度唇を噛みしめた。出かけた言葉と、そして胸の内の疑問を押し込めるように。
「だから……もしかして、お腹が空いてるのかなって思ったの。私クッキー作ってきたから、お腹がすいてたら食べてくれるかな」
「え、本当? いいの?」
月見の言葉に宗佐の表情が明るくなる。
それを見た月見が苦笑を浮かべ「持ってくるね」と一言告げて自分の机へと戻っていった。
そんな月見の背中を眺め、宗佐がほっと息を吐いた。
好きな子から手作りクッキーを貰うことに感無量なのか、それとも気付かれなかったと安堵しているのか……。急くようにメールを打ち込み送信するや隠すように携帯電話をしまい込む姿を見るに、後者の可能性が高い。
だが宗佐は俺が気付いていないと思っているのか、作り笑いを浮かべて月見へと視線をやった。
「月見さんって本当に優しいよな」
「なぁ宗佐、お前さ……」
なに隠してるんだ?
「……どうした、健吾?」
「お前さ……、月見に告白とかしないの?」
俺も月見同様、出かけた言葉を飲み込んで別の話題を振る。
そんな俺の発言に宗佐が盛大に目を丸くさせ「なにを馬鹿な!」と慌てだした。
一瞬にして顔が赤くなるあたり、色恋沙汰もまったくもって分かりやすい男である……。が、周囲の目が恐ろしいので俺としては静かに話をしたいところでもある。
なのでとりあえず宗佐を落ち着かせ、チラと月見に視線向けて彼女が気付いていないかを確認する。
幸い、月見は親衛隊達にクッキーを強請られて俺達の会話は聞こえていないようだ。奴等も目敏いなと思いつつ、今はひとまずその目敏さに感謝か。
あの調子だとしばらくは抜け出すことは出来ないだろう。
親衛隊達はしつこく次から次へと湧いてくるし、とりわけ月見は優しいのだから学友を無碍にすることなど出来るわけがない。現に慌てて鞄から追加のクッキーを取り出している。
「最近、月見と仲良いだろ。そろそろ告白しても良いんじゃないか?」
「そろそろって……それに、俺はそういうのいいんだよ」
「いいって?」
もしやこの期に及んで「俺はモテないから」とか言い出すのか?
そうなったらさすがに一発殴ってでも目を覚まさねなくては……と机の下で拳を握りながら聞き返せば、宗佐は月見の姿を見つめ、困ったように笑って肩を竦めた。
「俺は、そういうの……いいから」
謙遜とか弱気だとかそういったものとは違う。別の次元の話をしているような、手の届かないものを眺めるような表情。
その表情は時折珊瑚が見せるものと似ていて、血が繋がっていなくても兄妹なんだなと場違いな考えが浮かんでくる。
珊瑚が宗佐への恋心を語る時と同じだ。
無理だと分かっていても諦めきれず、そんな自分を笑う。苦しそうで自虐めいた表情……。
だけどいったいどうして宗佐が……と俺が疑問に思うのとほぼ同時に、宗佐がこちらを向いた。
いつの間にか先程の表情は消え、ニヤリと笑う悪戯気な笑みにかわっている。これはこれで珊瑚に似ているのだが、芝浦兄妹がこの表情を浮かべた時は決まってろくなことがない。
「俺の話は終わりにして、次は健吾の番だろ」
「はぁ? 俺?」
「そうだよお前だよ! 健吾ってそういう話ぜんぜんしてこないじゃん。誰か好きな子とか気になる子とかいないのか?」
「気になるって……」
予想外に話を振られ、むぐと言い淀んでしまう。
だが宗佐の瞳は妙にキラキラと輝きだし、友人の恋話に期待しているのが見て分かる。そんな宗佐に対して俺はどうしていいやらと思わず視線をそらしてしまった。
宗佐は良い奴だ。どうしようもなく単純な馬鹿ではあるが、根は真面目で友人想いである。
仮にここで俺が「俺も月見が好きだ」と言ったとしても、宗佐は俺を敵視したり避けたりはしない。悩んだ末に「どちらが選ばれても恨みっこなしだ」と爽やかな笑顔で言い切っただろう。
もしも他の女子生徒を、それこそ桐生先輩や委員長あたりを挙げれば、間違いなく全力で応援してくる。下手すれば自分の恋路を放り出して俺の恋愛成就に手をかしてくれるかもしれない。
……そんな良い奴、なんだけど。
「……話は変わるが、もしもお前の妹を好きだっていう奴がいたらどうする?」
「そいつのことを徹底的に調べ上げて、そいつに関して女性百人を対象にした街頭アンケートを行ったうえでそのアンケート結果をもとに塩を撒いて追い返す」
……良い奴なんだけど、シスコンだ。
それも、手に負えないレベルで。
というか何のアンケートを取るつもりなんだ。
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