第11話 きみを支えるのは



 他愛もない会話をしながら目当てのものをカゴに入れて精算を済ますも、どうやら宗佐からの連絡はまだこないらしい。

 買い物の最中も珊瑚はしきりに携帯電話を気にしていたが、今では鞄にしまう余裕もないと両手で握りしめている。


「宗佐からは?」

「まだです。私、もう少し買い物してますんで……」


 そう視線を泳がせながら珊瑚が答える。

 宗佐の言ったことを守っているのか、それとも彼女自身が家に帰りたくないのか。もしくはその両方か……。

 なんにせよ今の珊瑚は落ち着きが無い。買い物をして気が紛れたと思ったのに、帰宅の時間が迫るや不安が蘇ってしまったのだろう。

 こんな彼女に帰宅を急かすなど出来るわけがない。放って一人で帰るなんてもってのほか。


 だが買い物が終わってしまい、あとは帰るのみとなったのも事実。

 とりわけここはスーパーで、他に見て回るようなものはない。仮にショッピングモールであれば店を回るなり本屋にでも寄って時間を潰すことが出来たのだが……。

 どうしたものかと頭を掻き、ふとスーパーの一角に視線を止めた。

 幾つかテーブルセットが置かれ、それを三つの売店が囲む。規模は小さくフードコートとは言い難い、せいぜい軽食のとれる休憩所と言ったところか。


「なんか軽く食ってくか?」

「え?」

「ほら、家庭訪問で疲れただろ。ちょっと休んでいこうぜ」

「あ……、はい」


 俺の視線の先に休憩所があることに気付き、珊瑚が小さく頷いた。


 ここで喫茶店にでも誘えば良かったのかもしれないが、目についたフードコートもどきの休憩所に誘ってしまうのがなんとも自分らしい。

 スマートとは言い難く、洒落っ気も皆無。

 だがヘタレと言ってくれるな。今まで色恋沙汰とは無縁な――巻き込まれるという点ではおおいに縁があるのだが――生活を送ってきたおかげで、俺の脳内地図に『異性を誘えそうな喫茶店』なんて場所は存在しない。

 

 なにより、ようやく初恋を自覚しその相手が不安そうにしているというこの状況で、俺の頭の中には「とにかくここで終わりにしてはいけない」という考えだけが浮かんでいたのだ。

 その思いのままに誘ったのだが、横目で見れば珊瑚は僅かに安堵の表情を浮かべていた。宗佐からの連絡を待つ間の時間潰しが出来ると感じての安堵か。

 ……それか、



『健吾先輩が居てくれて良かった』

 なんて考えてくれていたら良いんだけど。



「いや、でもさすがにそこまでは……」

「……先輩、健吾先輩?」

「今はそんな場合じゃないしな。うん、ひとまずは宗佐からの連絡を……」

「健吾先輩!」

「あっ、わ、悪い、考え事してた……」


 あまりに考え込んでいたようで、数度呼ばれてはたと我に返った。

 見れば珊瑚が不思議そうに俺を見上げてくる。「先に行っちゃいますよ?」という彼女の急かす言葉に、慌てて「俺も行く」と後を追った。




 そうして二人でフードコートへと向かい、席をとってそれぞれ目当ての店へと向かう。

 最初こそ落ち着きなく携帯電話を握りしめていた珊瑚だったが、どうやら食欲はあるようで、アイスやらケーキが並ぶ店へと引き寄せられるように近付いていった。その姿に思わず安堵してしまう。

 そんな彼女を横目に、俺は何を食べようかと周囲の店を見回し……、



「健吾先輩、軽くって言ったのに……」

「なに言ってるんだ、軽いだろ」

「どこがですか。ラーメンなんか食べたら家でご飯が食べられなくなりますよ」

「安心しろ、それを考慮した上でチャーハンは頼まなかった」


 食べ盛りの高校生にとってラーメンの並は軽食である。そう告げれば珊瑚が心底呆れたように「燃費が悪い」と溜息を吐いた。

 そんな彼女の手元には見るからに甘そうな抹茶パフェ。

 天辺に盛られた抹茶アイスにはチョコレートの飾りが刺さっており、底には同色のゼリー。合間に挟まっているのはクリームか、もしくは少し潰れた白玉か。

 俺としてはラーメンと似たり寄ったりな気もするが、これは所謂『甘いものは別腹』なのだろうか。


 そんな俺の視線に気付いたのか、珊瑚が「あげませんよ」とパフェを庇うように手元に寄せた。


「安心しろ。パフェとラーメンを同時に食べる趣味はない」

「でも意外と合うかも知れないですよ。甘さとしょっぱさが絶妙なハーモニーを奏でて新たな味わいが」

「チャレンジャーだな。よし待ってろ、今小皿もらってきてやる」

「冗談です!」


 試す気はありません! と慌てだす珊瑚に苦笑し、立ち上がりかけた腰を下ろす。

 そうしてクツクツと笑いながらふと視線を他所へと向け……、


 フードコートの出入り口で、親指を立てて満面の笑みを浮かべる木戸の姿に絶望した。


 あ、これ終わった……と、そう考えたのは言うまでもない。


「どうしました、健吾先輩」

「いや、何でもない……」


 不思議そうに首を傾げる珊瑚には誤魔化し、横目で木戸の様子を伺う。

 満面の笑みを浮かべてまるで「みなまで言うな」と言いたげに数度頷き、すぐさま携帯電話を取り出してそのままどこかへ去ってしまった。


 あいつ、家はここらへんじゃないはずなのに……。

 以前に高校には電車で通学していると聞いたし、最寄り駅も別だ。

 なのにどうしてよりにもよって今ここに居る……!


 絶妙なタイミングで現れた事は腹立たしいが追いかけるわけにはいかず、さっさと撤退する後ろ姿を横目で睨みつけるしかない。

 誰に何の連絡をしたか……、これに至っては考えるのも嫌になる。

 きっと明日の俺に待ち受けているのは、ニヤニヤと悪戯気に笑う桐生先輩の冷やかし……。それを考えると気分が沈むが、だからこそ今は考えないようにと軽く頭を降って思考の隅に追いやった。


 今は宗佐の連絡を待ち、珊瑚を家に送り届けるのが最優先だ。

 下手に木戸を巻き込んで言い訳をすれば先程の一件を掘り返すことになる。なにより、今のこの不安そうな珊瑚を他のやつに見せたくない。

 それはきっと珊瑚自身も望んでいる事だろうし、彼女の性格を考えるに仮にひとが増えれば無理して気丈に振る舞いかねない。

 ……なにより、



 珊瑚を支えるのは俺だ。



 そんな事を考えてしまう。


 もちろん口に出す事はせず珊瑚を見れば、俺の視線を感じたのかしばらく悩んだ後、そっとパフェを差し出してきた。


「一口だけですよ」


 仕方ない、とでも言いたげな表情に思わず溜息が漏れる。

 誰かさんを彷彿とさせるこの斜め上な鈍感さが可愛いと思えてしまうあたり、俺は月見達のことをとやかく言えないのかもしれない。


 


 そうしてしばらくすると宗佐から連絡が来て、しきりに「一人で帰れますよ」と言い続ける珊瑚を言いくるめて家まで送り届けた。

 遠慮とも気を使うともいえない彼女の必死な態度は、俺を家に近付けたくない一心からなのだろう。それが分かっても押し通したのは俺の意地みたいなものだ。

「何も見ないし、何も聞かないから」と、そう宥めてやってようやく「お願いします」と呟くように答えるのだから相当だ。


 そうして送り届けて、空回りな陽気さを見せる宗佐の態度にも気付かないふりをして、俺は芝浦兄妹に見送られて自宅へと戻った。



 何かあったら相談にのるとか、何でも話してくれとか、そういう気の利いた言葉を言えないまま。

 宗佐の頬が赤く腫れていた事とか、普段ならば見送りに出てくれるはずのおばさんが声も掛けてこない事とか、全て気付かなかったふりをして。

      


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