第6話 新旧芝浦邸
家庭訪問もつつがなく、双子の襲撃もなく無事に終わった。
途中何度か変身ヒーローの技名が響いたり健弥の悲鳴が聞こえてきたが、まぁ敷島家ではよくあることだ。
先生も最初こそ驚いていたが途中からは「男の子は元気が一番」と苦笑を浮かべていたし。――果たして被害者になってもその台詞が言えるだろうか、と思わずそんなことを考えたのは言うまでもない――
そんな状態ながらも無事に終わり、先生が資料やプリントを片付けて立ち上がる。
聞けば次は宗佐の家らしい。曰く、俺達の家が近いと知り、これ幸いと時間調整のために前後にしたとか。「敷島は特に問題もないからな。早く終わればその分を芝浦に回せるだろ」と、いかにも名案だと言いたげな先生に、本人を前にその発言はどうなのかと眉根を寄せてしまう。
……まぁ、実際にさして話すこともなく話は早く終わったのだけど。
「あえて言わせてもらうなら、早く終わるように問題を二階の子供部屋に閉じ込めておいたんです。なんだったら連れてきましょうか?」
「い、いや、遠慮しておこうか。それより芝浦の家だ。結構入り組んだところなんだな」
地図を片手に先生が話す。それを聞き、俺は宗佐の家までの道筋を思い返し「案内しましょうか?」と声をかけた。
芝浦家は住宅街に建っている。なかなかに道が入り組んでおり、たとえ地図があるとはいえ迷いかねない。
だから案内するのだ。これは一生徒として、教師への当然の親切心。
……別に家から逃げ出したいわけではない。決して「健吾兄ちゃんは敵の手におちた!」だの「倒して目を覚まさせるんだ!」だのと聞こえてきた双子の声に、嫌な予感を感じて逃げ出したいわけではない。
小学生男子っていうのはいったい何と戦っているんだろう。
「それじゃあ、先生を宗佐の家まで送ってくるから」
玄関先で挨拶を交わす母さんと先生を横目に、コートを羽織り靴を履きながら告げる。
いってらっしゃい、と同時に手渡されたメモは言わずもがな買い物リストだ。それと財布を当然のように受け取れば、横目で先生が苦笑しているのが見えた。
玄関の扉を閉めるや、言われた言葉は「敷島は家庭的だなぁ」の言葉。
これには俺も眉間に皺を寄せ、先生を睨み……はさすがにしないが、不満を視線を乗せて先生をじっと見つめた。今の俺は随分と恨みがましい視線を目をしているだろうが、先生はどこ吹く風だ。
「それ、男子高校生には嫌味にしか聞こえませんよ」
「いやいや、家族みんな仲が良くての元気なのは良いことじゃないか。大学も家から通える所にするんだろ?」
俺の家の賑やかさを思い出しているのか楽しそうに笑う先生に、俺は溜息を吐きながらも歩き出した。
「いえ、俺は大学にいったら一人暮らしする予定です」
「え、出るのか? あんなに良い家なのに」
「定員オーバーなんですよ。今は俺だけ一人部屋だけど、来年は弟の健弥が受験だから部屋を譲ってやりたいんです」
二番手の兄も俺の受験期にあわせて家を出た。つまり一人部屋を譲ってくれたのだ。確か長兄もそうだった気がする。
それを思えば自分も同じようにするべきだろう。家を出る機会としても悪くない。
だが何かあれば家族をサポートしたいし――主に健弥を――、一人暮らしと言ってもそう遠い場所に移る気はない。出来れば実家には自転車で行き来できる距離で、大学もそこから電車で通える距離で……。
そう希望を挙げれば、先生がより笑みを強めて「そうだな」と答えた。
なんだかその笑い方はこちらとしては恥ずかしいような気まずいような……。
そうしてしばらく先生と他愛もない会話をしながら歩けば、道の先に芝浦家が見えてきた。
「あそこが宗佐の家ですよ。……ん?」
見覚えのある家を指さし説明し、そこに停まっている一台の車に目を止めた。
手入れがされていないのか凹みや傷が遠目からでも分かり、お世辞にも見目が良いとは言えない車だ。芝浦家の車ではない。
だが芝浦家の玄関前に停めているあたり、たまたま路上駐車していたというわけでもないだろう。そもそもこのあたりは住宅街で道も細く入り組んでおり、路上駐車できる余裕はない。
「車が停まってるな。もしかして来客中かな」
「見たことない車ですね。宗佐の家のでもないし……」
なんだろう、と疑問を抱きながら様子を窺っていると、その車がおもむろにエンジンを駆けて走り出した。大きめのエンジン音と排気、細い道だろうとお構いなしなスピード、どれをとっても住宅街に似つかわしくない。
芝浦家からの見送りも無さそうで、車が去った後には誰も居らず玄関も閉じたままだ。
それにも違和感を覚えてしまう。俺が遊びに行くと、宗佐はおろかおばさんまでも見送りに出てくれるのに……。――ちなみに俺の家に宗佐が遊びに来た時は、甥達による見送りという名の襲撃が執拗に繰り出されていた。「お前の家は忍者屋敷だ」とは、最後の最後で靴箱の影から飛び出てきた双子の片割れに襲われた宗佐の一言である――
そんなことを思い出しながらも先生と共に芝浦家へと向かえば、曲がり角から見覚えのある女性が顔を出してきた。
「あら、斉藤先生」
「小松先生」
大人達が軽い挨拶を交わしあう。ちなみに斉藤先生が俺と宗佐の担任であり、小松先生は一年生を受け持っている先生である。たしかクラスは……と思い出し、なるほどと頷く。珊瑚のクラスの担任だ。
聞けば道に迷っていたらしく、地図を片手に眉尻を下げている。
……というか、なんでこんな所で迷うんだろうか。
芝浦家は目の前にあるのに。
そう尋ねるも小松先生は困惑の表情を浮かべたまま、目の前にある芝浦家と隣に立つ古い家を交互に見やった。
「芝浦さんの登録はあちらのお家なんだけど、家庭訪問のプリントに書かれている地図を見るとこちらのお家なのよ。どちらも表札は芝浦さんの名前なんだけど……。よく分からなくてお家の電話にかけてみたんだけど誰も出ないの」
「あぁ、きっと新芝浦邸の方にいるんですよ。電話番号は旧芝浦邸なんじゃないですか?」
「新? 旧? え、でも普段の連絡先は……」
キョロキョロと小松先生が二つの家を見比べる。俺の説明を聞いてもわけが分からないと言いたげでだ。
そこに教師の威厳や頼りがいはあまり感じられないが、彼女は確か今年初めて担任を受け持った教師だったはず。もしかしたら芝浦家が初の家庭訪問なのかもしれない。
初の家庭訪問で気合と緊張を綯交ぜに生徒の家へと向かえば、事前の登録と地図に書かれた家の場所が違い、確認しようにも電話も繋がらない。おまけにどちらの表札も生徒の苗字……。きっと混乱しながら二つの家の前を行き来していたのだろう。
そんな小松先生を横目に、斉藤先生が「芝浦はこっちの家になってるな」と地図と新芝浦邸を見比べてインターフォンを押した。
それを受け、新芝浦邸の玄関の扉がゆっくりと開き……、
「しまった、もう先生が来た!」
と絶望を感じさせる宗佐の悲鳴じみた声と、
「やった! 脱出妨害、私の勝ち!」
とはしゃぐ珊瑚の声と、
「ほら二人とも、ちゃんと先生をお迎えしないと」
という穏やかに子供達を窘める芝浦家母の声が聞こえてきた。
次いで扉から現れた三人が揃って不思議そうに首を傾げたのは言うまでもない。そりゃあ、このメンバーならそんな反応にもなるというもの。
というか、俺は案内だけなのだから宗佐の家が見えた時点で帰れば良かったんだ。
……そう、本当に帰れば良かった。
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